【15】ALARM~新たなる風、春の嵐~
ALARM-01
【15】
ALARM~新たなる風、春の嵐~
春が訪れた。
3月末ともなればギリング周辺の雪は綺麗に消え、過ごし易い季節が始まる。
草原の草木は一斉に背丈を伸ばし始め、どこからともなく鳥が飛来しては鳴き声を響かせる。
色や匂いのなかった期間は終わり、町の外に出れば草の香りが風に乗る。青い空の雲は、やや高い位置に輝きながら浮かび、やがて溶けていく。
ギリングに朝8時を告げる鐘が響き渡る。シーク、ビアンカ、ゼスタの3人は、数日前に受注したミノタウロス退治のクエストを終え、北西の丘から引き揚げてきたところだった。
「あー帰って来た! 今日はゆっくりしていいよね!」
「管理所で報告を終えたら、後は自由行動かな」
「よっしゃ!」
歩き疲れたゼスタがガッツポーズを作る前を、職業校の学生達が横切っていく。シーク達に気付いた学生が、周囲にその存在を知らせてキャアキャアと声を上げている。
「3月も終わり、ってことは今日は職業校の卒業式か! 11時頃には卒業生ダッシュが見られるな」
「もう1年経つのか。あっという間だったね」
「つまりは、僕との偶然の運命的な出会いから1年が経ったって事だね」
「そうだね。あの頃は君を持って歩くのもビクビクしていたよ」
シーク達がバスターになって、今日で丸一年だ。明日にはバスター管理所に新人が押し寄せる。明日は時間をずらし、ゆっくりと管理所に集合したいところだ。
「今年は卒業生が少ないらしいけど、装備はかなり気合入った物が並ぶはずって、お父様……パパが言ってたわ。質の悪い装備を着ても強くなれないって」
「お嬢を真似して、ランスを志望する子も増えとるらしいやないの」
「あまりお勧めはしないけどね。私の場合、シークやゼスタ、それにグングニルがいなかったら……バスターを諦めてたかも」
「近接攻撃職1人で荒野に立った瞬間、ちょっと絶望感じるよな」
「分かる。あれ、私ってモンスター倒せるんだっけ? って」
ビアンカの言葉に、シークとゼスタも当時を思い出して苦笑いしながら頷く。
1年前のそれぞれの心境を話しながら、数時間後には全速力で装備屋に向かうであろう学生達を微笑ましく見つめていた。
* * * * * * * * *
3人は体の汚れを落とし、食事を摂り、午後には管理所を訪れていた。
シークは前髪を横に流し、ゼスタは整髪料を付けて髪をピンピンに立たせている。ビアンカは長い髪を結ばずに靡かせ、うっすらと化粧をしている。
「ああ、お待ちしていましたよ。勲章も届いております。しかし、大々的にセレモニーを行わなくて良かったのですか?」
「ええ」
「こんなに喜ばしい事を祝えないなんて、少々惜しいのですが」
今日は3人にとってとても大切な日だった。
今から待ちに待った勲章の授与が行われる。恰好を意識しているのはそのせいだ。
シーク達はパープルに昇格する。しかしバスターを目指す若者達の刺激になればと考えていた管理所の思惑は外れ、シーク達は式典を固辞した。
褒められる事に悪い気はしないが、本人達はまだ実力面での自信がない。英雄視されながらも、周りからの評価に追いつけなくなることが怖かった。
そのため、シーク達が
この場に偶然居合わせた者達だけが、今日シーク達が騎士になった事を真っ先に知る事になる。
「騎士号、そして3つ星バスターの勲章、これらは放棄する事が出来ません。たとえ士爵、つまり騎士の称号を辞退し、勲章を紛失、あるいは叩き潰そうと、騎士を辞める事は出来ませんし、3つ星バスターである事は変わりません」
「騎士……」
「勿論、これは国の定める栄誉称号と同じです。ジルダ共和国における
「貴族や権力者と同じ身分ってこと? え、それ大丈夫なのかな」
1年前、シークの肩書きは「村人」だった。士爵など意識した事もない。
ビアンカの父程の実力者でも、爵位を与えられてはいない。勿論、一般家庭出身のゼスタだって、貴族とは無縁の生活を送ってきた。
厳密に言えば貴族ではないとしても、バスターとしては最高位。敬意を払わない事は、すなわち騎士以下の全バスターを蔑ろにするという事になる。流石にそんな勇気のある貴族はいない。
「名誉職の身分では、バスター以外への力はありませんでした。貴族や権力者があなた達に武器の譲渡や、個人的な儲け話を持ち掛けても、私達は注意する事しか出来ませんでした。しかし……」
「貴族や権力者であっても、私達への脅迫や強要などが、バスターへの宣戦布告になるって事ですね」
「そういう事です。あなた達の行動は、これからより一層周囲に影響を与えることになります。流石に税金までは免除されませんが、鉄道や船の利用は無料となり、武器の携帯制限も全て解除となります」
「凄い、そんな特権が……! 汽車も船も、すごく高かったよね」
「バスターお断りってホテルにも、自分達で泊まれるようになるのかな」
「むしろ、是非にと言われると思いますよ」
若者に対してどれ程の身分を得たのか、その素晴らしさを説いた所であまりピンと来ない。それを察したマスターは、一番分かり易いお金や贅沢の話で関心を惹いた。
案の定、シークは鉄道無料に、ゼスタは高級ホテルという単語に反応する。
「という事は、ヴィエスで僕を持ち歩いても叱られないって事だね。天鳥の羽毛マットを買いに行けるという事だね!」
「早速行こうぜ! お祝いなんだろ? 買ってくれ!」
「騎士の称号を得る俺達に、真っ先に思い浮かぶ言葉がそれかい? バルドル」
「お祝いにって、俺達のお祝いだぞ。何でお前らにプレゼントする事になるんだよ」
大げさな式典を断ったシーク達だが、嬉しい事には違いない。そんな中、ビアンカだけは冷静だった。腕組みをして少し考え事をした後、静かに口を開いた。
「裏を返せば、私達が正しくない行動を取った場合、全バスターの在り方を揺るがす事態になるという事ですね。全ての行動には責任が伴う」
マスターは3人の顔を見ながらゆっくりと頷く。
「そういう事です。ですが、恐らく皆さんは分かっていると思います」
「俺達がそれを嫌だと言って、たとえ今ここで勲章を貰わずに騎士を辞退したとしても、ここで逃げ出したとしても……」
「既に、私達の行動は多くの人に注目されている……ってことね」
「認められて騎士になったんだ、称号が先じゃないって事だよな」
今までも何となくそのように見られている自覚はあった。シーク達はそれを認めたくはなかった。けれど、自分達が認めるか認めないかで、何が変わる訳でもない。
恐縮し、何に対しても腰が低い新人3人組。今まではそれで良かったが、場合によってはその姿勢がバスターにとって良くない影響を及ぼすかもしれない。
ただでさえ、明日からは後輩バスターも出来る。新人だからで通用した日々も、今日で終わりだ。先輩任せではなく、シーク達が胸を張り、頼れるバスターを示してやる必要がある。
「今更ながら自覚が足りていない、そう言われてる気がするよ。周りの人は俺達の事を俺達以上に見ていたのかも」
「ん~、そういう事に関してなら、僕は『感知外』だね」
「ん? いや、『勘違い』だったらそれでいいんだけど……」
「あの、えっと……そうじゃないのだけれど、生憎僕は書いて説明することが出来ないし、もうそれでいいや」
「もしかして何か上手い事言ったつもりだった?」
「おや、僕は君が上手い事を言って笑わせようとしたのかと」
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