GO ROUND‐14

 


 馬車は時々休憩をはさみながらも、その日の夜更けにマイムの町に着いた。


「それじゃ皆さん。ご活躍をお祈りしております。追加の運賃までいただいて申し訳ない」


「いえ、こちらこそ助かりました。村の皆さんに美味しいものでも買って帰って下さい」


「聖剣バルドルの伝説を語り継いできて良かった、村の自慢です」


「それはどうもね」


 3人は馬を厩舎に預けに行く男に深々と頭を下げた。町の時計塔を見れば、既に夜中の2時。宿屋も今から泊まる客にまでは対応していない。


 シーク達は管理所近くの公園の木の幹にもたれかかって朝を待ち、管理所が開くと共に受付で数枚の写真を提出した。シロ村の事、ギタカムア山の状況、キマイラ討伐の報告、そして魔王教徒への警戒のためだ。


 最初はキマイラが何か分からなかった職員も、やがて目の前にいるのが「あのシーク・イグニスタ」だと気付く。すぐにマスターが飛んできた。


「クエスト……ですか。ええ、確かにギタカムア山周辺でのモンスター討伐の依頼はありました。4組が合同受注、1週間前に完了となっております」


「やっぱり。魔王教徒の件、こちらにも話は届いていますか?」


「ええ。この付近でも土葬の墓が荒されるなどの被害が出ているのです。モンスター退治のクエストも、すぐに精査させましょう」


「もう動いて下さっているのですね、有難うございます」


 小柄なマスターの女性は、そのふくよかな体格も相まってとても朗らかな印象を受ける。色黒の肌、真っ黒でウェーブのかかった長い髪を後ろで束ね、眉はきつそうだが目は垂れ目。不思議な安心感を与える風貌だ。


 実力者として知られており、優しく美人でいつも頼りになると人気の人物だ。


 マスターがひと声掛ければ、役人だろうが商人だろうが、皆が協力してくれる。数日もすれば管理所からの案内や、警戒の連絡が国中に広まるはずだ。


「こちらとして出来る事……たとえばクエストを受理する際、目的などを申請書に記入する事を徹底させましょう。抜き打ちの現場確認も」


「モンスターの死骸は出来る限りその場に残さずに、破壊、焼却して欲しいです」


「分かりました。あなた方が言う、アンデッドの材料にされてはいけませんね」


 マスターはニッコリと笑い、あとは任せなさいと言って自身の腹をポンッと叩く。シーク達はキマイラ退治の祝勝会を丁重にお断りし、このまま便があればすぐにでも船に乗るつもりだと伝えた。


  マイムの町は物流の基幹港として、航路も船便も充実している。だが便に合わせて行動した訳ではない。とにかく一番近い所まで戻ろうと考えていた。


 そんなシーク達の気持ちを察したのか、マスターはシークの肩をポンと叩いて提案した。


「このバスター管理所の警戒艇を一隻用意しましょう。海でモンスター被害などに対応する、最新鋭の船です。小さいけれど速度はお墨付き」


「え、管理所の船ですか」


「石油燃料を燃やした際の爆発力を利用し、機械車よりも出力の高い動力機関を4つも備えています。工業が盛んなライカ大陸製なんですよ。一流の金型師と鍛冶師が共同で作り上げた船で、水中でプロペラを高速で回すんです。時速で言えば……」


「……?」


 機械というものを殆ど理解していないシーク達に気付いたマスターは、すまなそうに笑い、分かり易く言い直した。


「機械車のエンジン、見た事あるわね? あれのもっと凄いものを4つ付けて、凄いプロペラを回すことで思いきり速度を上げたの。汽車程じゃないけど、馬が全力疾走するより速いかしら」


「その速度ならえっと一番近い所までどれくらいで帰れますか?」


「そうね、順調にいって2週間かかるか掛からないか……」


 ゼスタが指折りで魔王教徒の動きとどちらが早いかを数える。魔王教徒が順調に動いているのなら、もうそろそろ船に乗り込んでいてもおかしくない。


「ジルダ共和国まで帰ってからが勝負……か。相手がどんな船かわからねえし」


「テレストで船から降りたら、モンスターを無視して不眠不休で走り続けなくちゃいけないわね」


「ええっ!? モンスターを、無視だって!?」


「倒す時間もねえのか!? 一瞬だぜ、一瞬! その……3体に2体、ええい、3体に1体まで譲ってやらあ!」


「バルドル坊や、ケルベロスちゃん、ここは我慢たい。緊急事態なんやけ、あたしらが我儘言う訳には……いかんのよ。仕方がないんよ、仕方が……ないんよ」


 ビアンカの言葉に、武器達が驚愕の反応を見せる。戦いを前にした時、武器にとっての選択肢は「はい」か「うん」しかない。避けたいと思った事など1度たりとてない。


「……俺達が不眠不休で走らないと……って部分は全然気にならないんだね」


「うん」


「『うん』じゃないし」


 マスターは時間の心配をするシーク達に、船以外の移動手段も確保を約束した。


「テレストの管理所に電話で連絡して、緊急入国の手続きを依頼しておきます。ジルダ国境には馬車も待機させましょう」


「いいんですか!?」


「勿論よ。出発は燃料を補給して、食料と水と、それに補充用の燃料も詰み込んだら……そうね、4時間後、いいかしら」


「有難うございます! 何とお礼を言ったらいいか……」


 ゼスタがマスターに感謝の意を示すと、マスターはまたニッコリと笑った。


「事態収束に命懸けの戦いをしてくれるあなた達を、マイムの管理所としてではなく、バスター協会としてバックアップします。お礼なんて言わなくていいの、これは任務です。他の事は私達に任せなさい」


「はい!」


 マスターがシーク達への協力を約束し、そして手をパンパンと2回叩いてその場の職員に大声で伝える。


「さあ皆! この3人に全面協力するよ! 警戒艇の準備! テレスト王国のマーカー町の北の浅瀬まで最短の航路を出しなさい! 食料も燃料もあと4時間で用意! あなた達は職員用の休憩室に。シャワーもあるから少し休みなさい」


 慌ただしくなった館内に、何事かとバスター達もざわつき始める。シーク達は汚れた体を綺麗にし、軽食を用意された後で仮眠を取ることにした。





 * * * * * * * * *





「元気でね、機会があれば土産話でも聞かせてちょうだい。魔王教徒からの防衛の件は、各町や村すべてにバスターを募っています。アークドラゴンの討伐を果たすまでは厳戒態勢を敷くと協会本部も約束しています」


「有難うございます。心置きなく魔王教徒やヒュドラ、そしてアークドラゴンに専念できます」


「先程、大統領からも皆さんへの感謝を伝えたいと連絡がありました。シロ村の件、本当に有難う」


 10数メーテ程の全長に、4メーテ程の全幅。仮眠室まで備えた白い警戒艇は、バンガの港で見かけた金持ちのクルーズ船のような格好をしていた。


 交代で運転する操縦士は2名。意外と小さなその船体に、ゼスタとビアンカは船酔いを覚悟出来ない。最後にシークが笑顔で手を振りながら乗り込んだ。


「有難うございました! 行ってきます!」


「お気をつけて! 宜しく頼みましたよ!」


 エンジンがかかり、船がゆっくりと港を離れていく。


 見送りのマスターや職員、それにバスター達の声援もすぐに聞こえなくなり、やがて手を振る人の姿すら見えなくなっていく。


 快晴の空の下、海は驚くほど綺麗なブルーで、船の後ろには白く泡立ったラインが引かれる。海面を引き裂く音とエンジンの音は、シーク達の耳を詰まらせる。


「なんだか慌ただしかったね。年越しも実感なかったし、ギタには1週間くらいしかいられなかった」


 バルドルが騒音にかき消されないよう、やや大き目の声でシークへと返事をする。


「シロ村は復活するよね」


 シークはバルドルの願望ともいえる問いに頷く。


「うん、必ず」


 ゼスタとビアンカは、もう船酔いを恐れて船室で横になっている。起き上がったとしてもこの綺麗な景色を見る余裕はないだろう。


「ところでシーク」


「なんだい、バルドル」


「モンスターを無視するって話、やっぱり全部というのは横暴過ぎる。協議を申し入れたいのだけれど」

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