GO ROUND‐07

 

 バルドルとシークが用意された家に戻る際、亡くなった方を運ぶ荷車が何台も目の前を通り過ぎた。


 泣き崩れる人や、呆然として立っている人。姿が見えない家族を探す人……これはきっと、これからどこの村でも起こり得る光景だ。


 頑丈な外壁もない、バスター管理所もない、駐屯の警察官が数人しかいない。そんな村々にキマイラと対峙し、自衛する手段などない。


 村から逃げた者、足が竦み家に閉じこもっていた者、そんな村の住人達を無責任だ! などと非難は出来ない。村人が後悔していることなど分かり切っている。


 気丈に振舞う者の姿さえも痛々しい村の中を、シークはしばし悔しそうに見渡し、再び歩き出した。





 * * * * * * * * *





 夜になった。最初にビアンカ、その1時間程後にゼスタも目覚めたことで、ようやくシーク達の顔には安堵の色が窺えた。


 特に大喜びしたのはケルベロスだ。


「起きたか! 心配させやがって……!」


「わりい……ちょっと、声抑えてくれ。えっと……ここは」


「無事だった家を貸してもらったの。私もゼスタも気力切れで失神。加えてゼスタは全身打撲、リディカさんが治せる範囲で治療してくれた結果が、その包帯ぐるぐる巻き」


「包帯……痛っ」


 ゼスタはベッドの上で体を起こし、胸から腹、両腕まで包帯でぐるぐると巻かれた自分を見て驚く。骨は折れていなかったが、痛んだ神経や完全には癒えていない疲労で体は限界だ。


 そんなゼスタに、シークは申し訳なさそうに声を掛けた。


「ゼスタ、本当に有難う。俺……ゼスタが庇ってくれなかったら、あのままやられてたと思う」


「礼とか要らねえよ。それよりこの状態……キマイラを倒したってことでいいのか?」


「うん、正確に言うと、バルドルがね」


「シークが僕に敵討ちを譲ってくれたのさ」


 会話はなんとかする事が出来るが、まだ動いたり、何かを食べることが出来るような状態ではない。ほんの少しだけ野菜のスープを口に入れると、ビアンカもゼスタもまた眠りについた。


 体力はアイテムや魔法で回復できるが、気力はそうすぐには戻ってくれない。寝て回復するのが一番だ。


 一方の魔力は、尽きたとしても動き回る事に支障は出ない。時間が立てば戻るし、アイテムで増やす事も可能だ。だが気力よりも戻るのが遅い。


 魔力が減っても消耗の自覚がない分、枯渇に気付かないケースも少なくないという。


「シークくん、君も横になりなさい。気力も魔力もギリギリのはずだ」


「そう……します。色々手当して下さって、有難うございます。やっぱり皆さんについて来て貰って、本当に良かったです」


「俺達は何もしていない。ただ居合わせた程度の事しか」


「いえ、目の前の事だけに集中出来るように、他の一切を引き受けてくれました。村の事、負傷したビアンカやゼスタの事、心配しなくちゃいけない事を全部……心から信頼できる皆さん、に……」


 シークは感謝の言葉を口にしながら、そのまま寝落ちてしまった。ベッドではなく部屋の隅の木箱の上に腰掛けたまま、壁に背を預けている。カイトスターが優しく微笑みながらブランケットをかけ、そっと空いたベッドの上に運んだ。


「まだ20歳にもならない少年達だというのに、こんなにも期待してしまう。決して飛び抜けて身体能力が高い訳でも、技術が高い訳でもない。勿論、並のバスターより、素材としては格段に上だろうが……」


「何が、この子達をこんなにも駆り立てるんだろうか。怒りや悲しみを感じ、他人からの負の感情を察知しても、己の正義ではなく誰にとっての悪かを考えて行動している」


「皆きっとそんな頃があったのよ。その時にしなくちゃいけない経験や、知らなきゃいけない感情を、殆どのバスターは気にする事もなく過ごしてしまうんだと思う。今更この子達に教わっている私達もね」


「ゴウン達にも見せたかったぜ、あの戦いを。仲間を信じていないと出来ない戦いだった。俺達を心から信頼してくれている、それは本当だ」


 ベタ褒めするゴウン達に、バルドル、グングニル、ケルベロスが代わりに礼を言う。持ち主が褒められると、武器だって嬉しいものだ。


「さあ、あたしらも少し黙って、お嬢達の眠りを邪魔せんようにしとかなね。何かあったら大声で知らせるけん、あんた達もおやすみ」


「それなら俺っちを片方、あんたらの泊まる家に連れて行け。何かあればすぐに知らせてやる」


 寝顔を見ながら雑談をする理由もない。リディカはその場に残ってもう少し様子を見ると言い、他の4人は自分達が泊まる家へと移動しようとする。


「ちょっと待っておくれ。共鳴の事について、君達にはまだしっかりと話していなかった。ここで喋ってシークの眠りを邪魔する訳にもいかないから、僕もそっちに連れて行ってくれないかい」


「持ち主の傍を離れてもいいのかい? 俺が持ち運んでもいいならいいが……」


「僕にシーク以外を主にする気はないし、その気がないのだから……一緒のベッドで寝なければ、シークへの不義理にはならない」


 急にバルドルが口……いや、声にした言葉に皆が驚く。


「……バルドルさん、あなた意味を分かって……言っているのかしら」


「僕とシークは同じベッドで眠る仲だ、何かおかしいかい」


 バルドルの自信たっぷりな発言に、ゴウン達は何かを想像している。木造の家の一部屋を照らす蝋燭の揺れが、まるで皆の動揺を表しているかのようだ。


 一方のバルドルは、おかしな事を言ったという自覚は少しもない。


「えっと……それは、つまり? どういう仲なのかしら?」


「僕がシークを大好きで、シークも僕の事が大好きってことさ」


「それなら俺っちだって、ゼスタの枕元で一緒に寝てるぞ」


「あたしだって、いつも横に置いてもらっとるばい。自分だけ自慢気に言うんじゃなか」


 5人はホッとため息をつく。何らかの誤解が解けたようだ。


「ああ、一緒のベッドに置いてくれるって意味なのね。ちょっとびっくりしちゃった」


「他にどんな意味があるのか、伺っても?」


「え、えっと……」


「さあバルドルくん、ケルベロスくん……の右手剣も! 一緒に行こうじゃないか、ははっ、ははは……」


 テディの乾いた笑い声を不審に思いながらも、バルドルとケルベロスは特に心を読むこともしなかった。家に着くと、共鳴とは何かの説明に移る。


 ゴーレム、メデューサ、そして今回のキマイラ。バルドルとシークは既に3回も共鳴している事、メデューサ戦では3人揃って共鳴した事。リディカが戻ってくると、その時の戦いの様子についても詳しく話した。


「成程、君達にはそんな能力があるのか。4魔をむしろアークドラゴン退治の踏み台に利用している……いや、少し違うかな」


「んー、特に違わないかな」


「いや、何となく……引っかかる」


 共鳴が何かを把握したゴウン達は、素直に驚きを見せた。けれど、どうにも引っかかるようだ。


「4魔を例えば……残りのヒュドラを俺達やもっと多くのバスターで挑んで倒したとしたら、その間3人は鍛錬に集中出来ると思うんだが」


「ん~、それは僕としてはあまり嬉しくない展開だね」


「君が剣として、モンスターを倒す目的を持っている事は分かっている。それを邪魔されたくないという気持ち以外に、何か困る事があるのかい」


「えっと……僕が何かを隠している、つまりはそう言いたいんだね」


「4魔を封印する役目、それを解く役目、そして倒す役目。なんだかケルベロスくん達とは違う使命を持っているような気が……」


 何かを言いかけたゴウンに対し、バルドルはそれを遮った。


「おっと、そこまでにしておくれ。昔話ならいくらでもするけれど、僕自身の事は、誰よりもまずシークに知って貰いたい。シークがいない所でこれ以上はやめてくれないかい」

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