Misty Forest-15
ゼスタはシークがバルドルを操っている事に対し、内心羨ましさを抱いていた。
それは狡い、卑怯だという意味ではない。自分も喋る剣を手に入れたらどんなに楽しいだろう、どれだけ成長できるだろうという憧れに近いものだ。
操られる事を心配しながら、それでもゼスタはケルベロスの柄をしっかり握る。
「シークじゃないとバルドルを持つことが出来ない、ってやつか」
「状況によるけれどね。ケルベロスのもう片方はこれさ。ゴーレムの体に埋まっていたよ」
「双剣、冥剣のケルベロス……もしかして、持っていられるって事は、俺が使ってもいいって事なのか? 俺を認めてくれたって事なのか」
ゼスタはランプの灯りの中、真っ黒な双剣を見つめていた。汚れがあるものの、どこか懐かしいと思えるような感触がある。柄を握って軽く振り、空中目がけて技を幾つか繰り出せば、自分でも驚くほど腕がよく動く。
「なんだろう、凄くいい剣なのが分かる。これが冥剣ケルベロスじゃなくても、この双剣を使いたいと思える」
「それなら君から信じるべきだと思うよ。命を預ける相手だからね」
「分かったよ、とりあえず……バルドルがシークを操ってる事、認めた訳じゃねえけど今は信じる」
「だそうだよ、ケルベロス」
シーク(バルドル)がケルベロスに話しかける。ゼスタの手に握られたケルベロスは「ん~……」とまるで背伸びでもしたように唸った。
「ん~とまあ、そういう事だ。えっと、ゼスタだったか? 宜しくな。こんな所から救い出してくれるなら喜んでついてくぜ」
どうやら武器によって口調も性格も違うらしい。ゼスタはビクリとしたものの、すぐにケルベロスへと視線を向けた。
「あ、ああ、ゼスタ・ユノーだ。宜しく、ケルベロス」
「一応言っておくと、確かに俺っちは『名剣』だけど『冥剣』ケルベロスだからな」
「知ってる。俺は見ての通りまだ新人なんだ」
「そうみてえだな。まあ、素質はあると思うぜ」
挨拶を済ませたゼスタの背後が明るくなる。リディカとビアンカがゼスタを追ってきたのだ。
「やっぱりシークだけじゃ心配だわ! 私……も、……って、あれ?」
「もしかして、本当にシークちゃんとバルドルさんでゴーレムを倒せたの?」
「詳しい話は後でゆっくりとさせて貰うよ。まずはレインボーストーンを確認しに行こう。持てるだけ持って帰らないといけないからね」
「え? その声……バルドル?」
「説明が面倒だから、ケルベロスお願いしていいかい」
「あ? 俺っちは目覚めたばっかりなんだぜ? 久しぶりに持ち主が現れた喜びに浸らせてくれ」
「……誰? 誰の声?」
事態を上手く飲み込めないビアンカとリディカに対し、シーク(バルドル)が歩きながら簡単に説明をする。
洞窟の最深部は10分も歩かずに辿り着くことが出来た。洞窟の最深部がライトボールの光に照らされる。その場所には壁一面に様々な色の鉱脈が露出していた。
「うん、間違いない。レインボーストーンの鉱脈だ」
「綺麗よね……これ、どうやって採って帰ろうかしら」
「俺っちとバルドルで削り採りゃいいじゃねえか。ほら、そっちからいくぞ」
「僕はモンスターを斬る為に存在するというのに、採掘道具になるなんて」
「あ? 持ち主の役に立つなら何だってやるもんだろ。聖剣だからってお高く留まってんじゃねえよ馬鹿」
ゼスタもビアンカも、あのバルドルが言い返せない事にビックリしている。ケルベロスは当然のように自分を使ってレインボーストーンを掘るように指示し、シーク(バルドル)は恥ずかしそうに無言で鉱脈を削り採り始めた。
「それにしても綺麗ね……」
「青い所はブルー等級以上に反応、橙色の場所はオレンジ等級以上に反応……ゴールドの部分が殆どないな」
「拳程の大きさがあれば十分だよ、4人で手分けして運べば3組くらいは運べる。ケルベロス、ゼスタ、続けてくれるかい。リディカくんは僕にヒールとケアを掛けてくれると嬉しい。シークの肩の骨が砕けているんだ」
「分かったわ。そこに座ってちょうだい」
ビアンカが落ちた鉱脈の欠片を拾って色別に仕分け、ゼスタがケルベロスを使って鉱脈から石を切り出していく。リディカがシークの治療を始めると、その場は光と音と話し声に包まれ、一時的に温かな雰囲気になった。
「僕が本体に戻ったら、色々と教えたい事があるんだ。僕がこうしてシークの体に入り込めている理由、300年前の戦いの真相、いっぱいあるからね」
「俺っちが知っている事も話してやるよ。って、今300年って言ったか!? え、おいデクス達はもう……いねえのか」
ケルベロスはガッカリしていた。封印に使用されていた事でケルベロスの時は止まり、時間経過が分からない。デクスは勇者ディーゴと共に戦った仲間であり、冥剣ケルベロスを操っていた。目覚めた時にはその主人がもう亡くなっていたのだから無理もない。
「うん、もう居ないんだ。そこで次の持ち主の紹介といこうじゃないか。君を今使っているゼスタは優秀なダブルソードだと思うけれど、どうだい」
「まあ、能力は高そうだけどよ、若すぎて強いモンスターを相手には出来ねえだろ。いつ強敵と戦えるようになるか……」
「さっきまでゴーレムと戦っていた。1カ月ほど前にはウォータードラゴンと戦った、と言ったらどうだい」
「何だって!?」
「僕はシークと旅を続けるから、君はその辺で置いて行かれるといいよ」
「待った待った! いやいや、その若さでそんな面白い事をしてたのか! 何だよ、早く言ってくれよ!」
ケルベロスはこれまた表情も目も分からない。ただその声は興奮しているようだ。声が2本から同時に聞こえて来るため、ゼスタは一体ケルベロスのどこを見ながら話しかければいいのか迷っている。
「俺を持ち主だと思って一緒にバスターとして活躍してくれるのか?」
「おう! 面白そうじゃねえか。それにバルドルが一緒にいるっつうことは、つまりこいつらはそういう事なんだろ?」
「うん、『そういう事』だよ」
採掘の音とお喋りの声はしばらく続いた。シークの怪我も1時間でほぼ治り、今回のクエストの目的は見事達成だ。
一行は洞窟を引き返し、やがて出口に到達した。シーク(バルドル)はディーゴが「何かあったらバルドルのせい」と刻んだ岩に腰掛ける。
そバルドルがシークの体から抜け出して本体へ戻ると、数秒もしないうちにシークが意識を取り戻して辺りを見回した。
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