Misty Forest-09



 テディを休ませた後、シーク達はリディカとゼスタの目覚めを待った。2人が起きると、テディの保護と事情について説明する。


「あの、リディカさん」


「なに?」


「このテディって人、丸1日逃げてたって話ですけど、この森で1日逃げ回るのって……可能なんでしょうか」


「そう、ね。ある程度のモンスターを知った上で、自分1人だけを守り、身を潜めつつ気配に注意して行動すれば不可能ではないわ」


「身を潜めつつ……ってことは、身を潜められる場所が比較的近い場所にあるってことですよね」


 リディカは大森林のおおまかな地図を取り出す。ここまで南下して3日だ。予定ではあと1日歩けば、大森林を東西に貫く標高1000メーテ程度の山脈に到達できる計算になる。


 その山脈沿いにもし洞窟がなければ、南北に数十キロメーテ、東西に1000キロメーテある山脈を縦断しなければならない。南のシュトレイ山脈までは更に200キロメーテ以上もある。


「この子、南の山脈まで行っていたのかしら」


「距離……結構ありますよね、モンスターに遭遇しないでここまで来られるとは思わないんですけど」


「モンスターがいない空白地帯があるのかもしれないわ。もしそうであればマズいわね」


「モンスターが居ない方が楽だと思うんですけど、何が……あ、強いモンスター」


 ゼスタは最初にウォートレントに遭遇した時の事を思い出していた。


 弱いモンスターは時に強いモンスターに捕食される事がある。ネオゴブリンがウォートレントから逃げていたように、モンスターがいないという事は強いモンスターの縄張りになっている可能性もあるのだ。


「いずれにしても、注意しないといけないわ。洞窟の場所も定かではないし……」


「そうですね。もう少し追加でテディさんから事情を聴いてみないと」


 モンスターの襲撃はなく、ゼスタとリディカの見張りの時間も夜明けとともに終わった。立ち込める霧が白く姿を現す森の中で、皆が光を感じて目覚める。


 シークが皆にテディの事を話すと、皆はもう一度テディに詳しく説明を求めた。


「お、俺は5人組で旅をしていたホワイト等級のソードです。エバンから南下し、強いと判断したモンスターからは逃げつつ、レインボーストーンを求めて進んでいました。ここよりも南に行った場所で、遠くに山脈が見えたのでそこを目指していたんですが……」


「この南、低い山脈がある場所だな」


「そうです。その山脈に登る所で低い唸り声が響いて……予定通り強いモンスターだろうという事で回り道を始めたんです。そうしたら……も、モンスターの大群が山から下りて来て……俺達は逃げ切れず……!」


 テディはその時の光景を思い出してガタガタと震えはじめる。リディカが背中をさすって落ち着かせ、ゴウンは湧かしていたお湯でココアを作り、砂糖を入れてテディに渡す。それを少しずつ口にしながら落ち着いたテディは、深呼吸をしてからその続きを語りだした。


「仲間は大群にやられました。俺だけが……なんとか逃げる事が出来ました。モンスターは俺達を襲うためという訳ではなく、どこかに向かうように見えました。たまたま俺達が遭遇してしまっただけかのような」


「モンスターが、その咆哮の主から逃げていた、ということか」


「詳しくは分かりませんが……」


「でも、俺達は南に向かわないといけませんよね」


「向かいたいところだが、モンスターの正体に不安があるな」


「聞いたという咆哮の主は、他のモンスターが逃げる程の強さ……か。とても貴重な情報だ」


 ゴウンは髭を触りながら考え、テディとシークを交互に見る。進むべきか、一度戻るべきか。テディはまともに戦える状態にない。


「よし、武器もない状態で連れて行く訳にはいかない。皆、悪いがいったん戻ろう。傷ついた者を1人置いて行く訳にはいかないだろう」


「……そうね、戻りましょう。シークちゃん達も、それでいいかしら」


「元々期限がある目標ではありませんから」


「みなさん、本当にすみません、目的があってこの森に入ったのでしょう? 俺達が不用意に森に入らなければ……」


「テディさん、それは違います。俺達は1人でも救うことが出来て良かったと思います。こんな広いシュトレイ大森林で、お互いに出逢う確率なんて0に等しいんですから」


「シーク君……有難う、いつか恩返しをさせて欲しい。みなさんも、このお礼は必ず!」


 テディは頭を下げ、皆に感謝の言葉を伝えた。リディカがテディの目立った傷を癒すと、皆は歩き始める。武器を失くしたテディを守りながら、一行は睡眠を取らず時々の休憩だけで済ませ、翌日の昼間にはエバンに戻る事が出来た。


「じゃあ、俺達はテディくんを管理所に送り届けてくる。皆とりあえず今日は半日の休息、明日の朝6時にまた門に集合だ。シークくん達も少し経験を積んで、動きが良くなった。明日からは戦力として期待しているよ」


「あの、本当に有難うございました! 今は何も持っていないのですが……皆さんには、いつか必ずお礼をさせて下さい!」


「お気になさらず。もし……仲間の皆さんの装備やバスター証を見つけたらお届けします」


「有難う、君達の事は噂で知っていたんだ。本当に噂通りのいいバスターなんだね。仲間の事まで気遣ってくれる、そんな君達が今の俺の救いだよ」


 テディはシーク達に頭を下げてゴウン達と管理所へ向かう。何度感謝されても照れるもので、3人はにやけた顔を見比べている。


 このまま携帯食料などを買いに出るには格好が酷過ぎる。まだ太陽が天高いところにある時間だが、シーク達は一度宿屋に向かい、汗と土埃で汚れた体を洗うことにした。




 * * * * * * * * *




「やっぱりゼスタとビアンカも装備を更新しようよ。宿代は確保しているし、命あってこそだよ」


「でも買ったばかりなのよ? 勿体ないというか……」


「一式買い揃えるとなると、結構な出費になるんだぜ」


 普段着のままで掛けようとするゼスタとビアンカに、シークが待ったと声を掛けた。持ち金はギリギリだが、今回も下取りがあれば買えない事はない。それなら装備を更新するべきだと思ったのだ。


 万が一の際の治療費や滞在費のためと言っても、そうならないような対策を取るべきだ。そう主張するシークに、ゼスタとビアンカは根負けして再び装備に着替えた。


 海沿いの潮風が吹く通りを歩き、管理所の傍から1つ路地へと入ると、シークの防具を買った店がある。ゼスタとビアンカは店主へと挨拶をして、今日は自分達の装備を買いに来たと伝えた。


「ほう、やはり皆揃ってブルーランクか。どれ、ブルー等級装備で一番いい物を見せよう」


「あの、宜しければ僕が目利きをしても?」


「バルドル、助かるよ。ちょうど聖剣の手を借りたいと思っていたんだ」


「僕に手はないのだけれど。君は不思議なことを言うね、シーク」


 店主が店の奥から持ってきたのは、ビアンカがシークにプレゼントした防具とよく似たデザインのものだった。灰色のプレートは艶消しされ、青いラインで縁取られている。ビアンカのものはラインが赤い。


 ゾディアック合金製の鎖帷子は軽くて丈夫だ。バルドルから合格点も出て、更には武器も見せてもらい、結局武器も防具も新調することとなった。


「この槍すごく軽いわ! それに力が込めやすいの」


「この双剣も軽くて手になじむ。軽鎧も動きやすいし、大森林でもなんとかなりそうだ」


 下取りと同時にかなりの値引きをして貰い、おかげで手元にまだいくらかの金が残った。3人は店主に礼を言い、気分よく携帯食料の店などにも立ち寄った。


 本当はお金が足りず、最悪ゼスタかビアンカ、どちらかが更新を我慢しなければならないと思っていたくらいだ。


 実は下取りされた装備はこれから「あのパーティー」のものとして管理所に売られる。なぜ安く買えたのか、3人は知らない方がいいかもしれない。

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