Misty Forest-08

 

 バスター達はバスターとは何か、どのようにして等級制を維持しているか、今まで何の疑いもなく受け入れきた。


 等級制は不適格者に強力な武器を渡さないため、弱いバスターが過信で強いモンスターに挑むのを防ぐため。それはもっともらしい理由で、シーク達も当然のように納得していた。


 しかしこの森で遭遇したように、等級様々なモンスターが入り乱れている場合はどうだろうか。予測できない相手に遭遇した場合、せめて防具だけでも強力なものを装備していれば、命を守れるのではないか。


 不適格者の排除が目的なら、攻撃の部分だけを制限をすればいい。バスター管理所をまとめる協会の方針は何かが隠されているように思われた。


「ブルー等級ではブルー等級までしか相手しちゃいけません! って言われてる訳でもないよね。実際オレンジ以上を倒して褒められてるし。でも今の等級制度は挑めないようにされているとしか思えない。どうしてだと思う?」


「そんなこと、考えた事もなかったわ。でも……私が10年経って、ウォートレントを1撃で突き倒せる力が付くかって考えたら、無理よね。どれだけ筋肉付けろってのよ」


「けど、見る限りではカイトスターさんはそんなにムキムキじゃない。有名な戦士でも細身の人が多い」


「管理所に認められないと強くなれないって事かしら。だとしたら本当に私達って、管理されているみたいね」


 見張りの手を抜くつもりはないが、考えだすと止まらなくなる。2人の代わりにバルドルが周囲を警戒しつつ助け舟を出した。


「君達が考えている事は、レインボーストーンが手に入れば解決すると思う。300年前と何かが違うと思っていたのだけれど、僕はシーク達の会話で分かった。今のバスターは、確かに実力を管理されている」


「え? ああ、ビアンカが言った通りだね」


「実力の管理、それは記録されているとか、身分を保証されているって事ではないんだ。バスター管理所が文字通りみんなの力を管理しているのさ」


「……はい?」


 シークは暗闇への警戒を解き、考えながら夜風に揺れる焚火の炎を眺めている。バルドルは少し説明を省き過ぎたのかと、もう一度意見を述べた。


「体に宿る気力ってものは、使えば使う程鍛えられていくものなんだ。魔力もそう。それは筋力や知力とは全く別だ」


「えっと……それはつまり?」


「うん、体内の力、つまりは能力だね。これは使えば成長していく。その速度には個人差があって、どれ程の強さがあるのかは実際に戦わないと分からない」


「まあ、そうだね」


「それが、レインボーストーンで判断できるようになったんだ。能力に反応する石で等級を分けて、己の力量がどの程度かをおおよそ掴めば、誰も無謀な事はしなくなる。という事で等級制が出来たと聞いたよ」


 当時の事を知るバルドルの話は、2人の理解を深めるのに役立つ。当初の等級制についてはバルドルの言う通りなのだろう。しかし装備の制限までは説明がつかない。


「防具は……もしかしたら強いモンスターと戦えないようにしている、って事かな」


「え!? どうして?」


「確実に力を付けるまでその等級に留めさせるため……とか。レインボーストーンが出回らなくなって実力を量る手段がない今、昔の等級制度と相応の基準は装備だから。でも、そうすると能力の説明がつかないよね」


「私達の能力の上限が、何かしら魔具のようなもので制限されているって事なら……説明も付くけど。等級が変わっても、別に私たち何か変わった訳じゃないもん」


 一応の警戒を再開したものの、シークとビアンカはお互いに近くで腰掛けている。バルドルはどこからでも全方位を見る事が出来るため、2人の反対側担当だ。


 顔や目の向きで確かめることはできないが、見張っているというのだから信用するしかない。


「武器、防具、魔術書、あとは……バスターの登録用紙?」


「登録用紙にブルーって書き直されたからって、流石に制限なんてされないわ」


「じゃあ、何かコッソリされたとか」


「私、別に触られてもないし」


「俺もそう言えばそうだね。魔法を掛けられたのなら、リディカさんの魔具で絶対分かる」


 等級制には何かカラクリがある。2人は更に踏み込んで行こうとするが、バルドルが急に待ったをかけた。その視線……目がどこにあるのかは分からないが、それはシークの右側、方角で言えば西側に向けられている。


「音が、聞こえる」


「え、音?」


「足音だね。右を向いて、数は1体」


「みんなを起こさなきゃ!」


 シークとビアンカは寝ている皆に駆け寄ろうとする。が、バルドルはそれを制止し、少し待つようにと告げた。


「普通だったら僕達を見つけた時、動き方に変化があるはずなんだ。でも、少なくとも襲い掛かる足音じゃないね」


「よく分かるね。火に近づくって事は、少なくともアンデッドじゃない。見たことあるモンスターならいいけど……」


「待って、あれ、人じゃないかしら!」


「人だって!?」


 シークとビアンカはうっすらと見えた陰に対峙する。目を凝らし次第にはっきりしてくるその姿は、二足歩行でこちらに近づいて来る。焚火の灯りに照らされて明らかになったその姿に、2人は驚いて固まった。


「たす、けて……下さい」


「えっ、え? ちょっと、こんな所で何を……」


「とりあえずこっちに座って下さい!」


 2人の前に現れたのは1人の若い男だった。茶色の髪、痩せて汚れた頬、シークよりもやや高くゼスタ程の背丈に軽鎧を着ている。その軽鎧には随分と傷がつき、革のブーツや小手は擦り切れている。転んだのか泥がこびり付いて、憔悴した表情からはどう見ても無事だとは思えない。


 男を座らせると、シークはお湯の入ったカップを渡し、事情を訊くことにした。男はしばらくすると小さく有難うと呟き、頭を下げた。


「あの、どうしたんですか? あなたは」


「俺は……テディという。ホワイトランクバスターなんだ」


「ホワイト……こんな所にどうして1人で」


「最初は、1人じゃなかった。2年間ずっと一緒だった仲間と、この森に入ったんだ」


 テディと名乗った男は何故ここにいるのかを語り始めた。聞けばこの森のモンスターの強さを知らずに足を踏み入れたという。エバンに着いた後、管理所でホワイト等級相当のモンスターのクエストを受けて森に入り、そして強敵に襲われて命からがら逃げ延びたのだ。


「ホワイト等級でくすぶっていられない、勇者ディーゴが能力を開花させたというこの大森林で、沢山経験を積もうとみんなで決めたんだ。それに……そこには眠った力を引き出す魔石があると」


「レインボーストーンの事か」


「ああ、そう呼ばれていたと聞いた。でもエバンでは情報がなくて、どこにその石があるのかも分からなかった。今考えれば無謀だったんだ、でも、俺達は大丈夫だと思ってしまった……」


 テディは拳を握りしめ、両膝の上で震わせている。俯いて焚火に照らされた両目からは、涙が溢れていた。


「あの、とても聞きづらいんですけど、その、仲間の方は……」


「……みんな、やられてしまった。俺の、俺の目の前で、でっかい虎のようなモンスターや木の化け物が……俺の仲間を」


「そんな! ま、まだ助けられないのかしら!」


「そ、そうですよ! まだ助かる人がいるかも」


 シークとビアンカが優しく声をかけるも、テディは首を振る。


「俺はもう丸1日逃げ続けているんだ。やられる所も見てしまった、もう……無理なんだ」


「……分かりました。とりあえず少し眠りませんか。大丈夫です、俺達が見張っています」

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