New World-10
「治癒術士を10人雇うには金がかかる。もし骨折だけであれば手術しても3日間程と思うが、合わせると100万ゴールドはかかる。長引けばそれだけ金も必要だ。大事に取っておくといい」
「で、でも、皆さんは? 倒したのは皆さんですよね? 私達だけ貰えないです」
「いいんだ。前にも言ったけど、もう稼がなくてもいい程には稼いだよ。君達のような気持ちの良いバスターと知り合えて、ウォータードラゴンまで退治出来た。俺達は出逢いに感謝しているくらいさ」
「それはそれ、これはきちんと報酬として受け取って下さい! 私達は貰うばかりで何も返せていないんですから」
ビアンカは手術代と回復代を除けば残りは全部渡していいと思っていた。ゼスタだって、シークに必要な分さえあれば他を受け取ろうと思っていない。
そのような考えを見抜いたリディカが微笑み、首を横に振った。
「そう、ね。どうしてもと言うのなら、私はマジックハイポーション幾つか頂こうかしら。治療にも参加させて貰いたいし、魔力を補給しなくちゃ」
「俺は使った矢の代金分、2万ゴールドとエクストラポーションを1つ。釣り銭で酒も買えそうだな」
「それなら俺は1万ゴールドと、その高そうな手入れ布を貰おう。宿代と酒代、それにちょうど買い替え時だったクロスが手に入ればラッキーだ」
「みんな取ったか。俺はがめつく2万ゴールドと、エクストラポーション、それにエリクサ―も1つ!」
ゴウンがエリクサ―を1つ手に取ると、リディカ、カイトスター、レイダーが「それは駄目だ!」と声を揃えて止め、堪えきれずに笑い出す。
ゼスタとビアンカは気づいていた。何も貰わなければゼスタ達が納得しないから、それらしく選んだのだ。
「エリクサ―はシークくんに必要だ。管理所に寄ったら一度最低限のもの以外を預けよう。保管料は取られるけれど、1日1000ゴールドなら持ち運ぶよりも安上がりだろう」
レイダーがゴウンの手からエリクサ―を奪い取り、木箱の中に戻しながら提案する。
ゴウン達はゆっくり休むようにと告げ、念のためにとリディカだけを残して部屋を後にした。船医も、何かあれば起こしに来てくれと言って自分の部屋へと帰っていく。
幸いにもウォータードラゴンの襲撃以降は何事もない。
もうじきこの辺りの海域は白夜が始まる。海が凪いで揺れも然程ない。船はそんな薄暗い夜の海をゆっくりと進み、次の日の朝にはエバンの港へと無事に接岸した。
* * * * * * * * *
「はー……! 着いた! やっと陸地に立てるのね」
「地面が揺れてるみたいだ、足の力が抜けそうで怖いな」
「はっはっは! じきに慣れるさ」
船から降りるタラップが用意され、カイトスターがシークを背負い、レイダーが木箱を持って船を降りる。シークの荷物とバルドルはゼスタが持っている。
ゼスタとビアンカは荷揚げを待つバスターや商人達に「お心遣い有難うございました」と言って回る。皆が照れくさそうに、もしくは決まりが悪そうに激励の言葉を口にし、シークの回復を願ってくれた。
レイダーとゴウンはバスター管理所へ、その他の者はシークを診て貰うためにバスターの怪我に対応する病院を目指した。
「ここかしら」
「エバン町立バスター治療院って書いてあるな。ギリングの病院と同じくらいの規模か」
「エバンは財政的に余裕があって設備もいいはずだ。早く診て貰おう」
病院は大きなレンガ造りの3階建てだった。一行は申し訳程度の庭園を横切って、正面玄関の大きな木の扉を押し開く。そうすれば白く光沢がある床と、白いクロスで統一された院内が目に飛び込む。
ロビーの先には長い廊下が見え、すぐ右手には受付がある。その手前には椅子が並べられていた。
エバンを中心に活動するバスターは他の町に比べれば少ない。そのせいか、普通の町民の姿も多く目につく。例えば今受付で名前を呼ばれ、曲がった腰を叩きつつ歩きだした白髪の老婆など、絶対にバスターではない。
「俺、受付でシークの事言ってくる! ここで待っててくれ」
ゼスタが受付に駆け寄って事情を話す。受付の者は大変だと察したのか、急いでどこかへと内線をかけ、空き病室へ受け入れる準備をするように告げる。
数分と経たないうちに、2人の女性看護師が担架を転がしてやってきた。看護師はシークをゆっくりと寝かせ、そして病室へと案内してくれた。
そこは2階にある南向きの明るい個室だった。
ベッドの周りを数人で囲んでもまだ広さに余裕がある。皆は椅子やソファーに座り、鞄などを部屋の隅のクローゼットへとしまう。
バルドルは枕元に置かれると、やはりそれ以降ピクリとも動かせなくなった。傍を離れたくないという意思表示なのだろう。
「入院手続きしてきたぜ。検査が終わったら手術するかどうかの判断をするってさ。治癒専門の魔法使いをえっと、10人だっけ? 病院からバスター管理所にクエスト出してもらうところまでやってきた」
「あとは検査結果次第ね。大丈夫なのかな、もう丸1日は目覚めてないし」
「バルドルも喋らないし、2人……いや、1人と1本がどういう状況なのか全然分からないな」
皆が心配している所に看護師がやってきて、再びシークが担架に移された。検査のために1,2時間掛かると言われ、皆はゴウン達と合流するたに部屋を出た。
バスター管理所は、病院から歩いて10分程の海に面した通りにあった。他の町同様の石造りだが、油田や貿易の拠点として発展している町にしてはやや小さい。
中に入ると見慣れた光景が目に映る。やはりどこに行っても基本的な構造などは統一されているらしい。
「バルドル、今更だけど連れてきて良かったよな? 素直に俺に持ち上げられたってことはそうだと思うけど」
「……」
「喋らないと普通の聖剣ね。鞘から抜けないし意識はあるんだろうけど」
ゼスタの手にはバルドルが握られている。担架に乗せてはいけないと言われたからだ。
「やあ、皆の方が早かったか。荷物は全部預けた、マジシャンの募集についても確認をしていたところだ」
管理所のロビーにはゴウンとレイダーがいた。到着報告と荷物の預かり依頼、それに負傷者の治療相談を行っていたという。ゼスタが病院から管理所へ連絡が行くと告げるとホッとしたようだ。
暫く色々な情報を確認したが、まだ時間は30分と経っていない。シークの検査が終わるまでどうしようかと相談していると、後方から階段を駆け下りる足音が響いてきた。
「皆さーん!」
自分達の事だとは分からず、ゼスタ達は誰が誰に呼ばれているのかと辺りを見回す。もしかして自分達の事かと思った時、港で別れたばかりの商人が数人駆け寄って来た。
「皆さん、ハァ、ハァ、そろそろいらっしゃると思っていました!」
「何かありましたか」
ゴウンが商人に尋ねる。商人の1人が頷いてビアンカの目の前に立ち、ニッコリと微笑んだ。
「思い出しましたよ、ビアンカお嬢様。ユレイナス商会のビアンカお嬢様ですよね」
「え、あ~……はい。そうですけど」
「いやあやっぱり! 流石ですな、バスターになったと聞いておりましたが、こんなにも勇敢で強くなっているとは! お父様も鼻が高い事でしょう!」
商人の男はビアンカの手を両手で握り、ぶんぶんと振りながら挨拶をする。
ビアンカはあまり身元を知られたいと思っていない。どう反応して言いのか分からずに苦笑いを浮かべ、その横ではゼスタが思わず「お嬢様……ブフッ」と噴いていた。
「ちょっとゼスタ。何よ」
「ごめんごめん。ビアンカお嬢様って……いや、知ってたけどさ、いざお嬢様って呼ばれてるの聞くと笑いが止まんねえ……ククッ」
「あー酷い!」
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