New World-11


 ビアンカは商人に愛想笑いをした後、頬をムッと膨らませてゼスタを睨む。商人は立ち去る訳でもなく、まだ他に何か言いたいことがあるようだ。


商人はビアンカの手を放すと、鞄から1つの紙きれを取り出した。運搬証明書と書かれ、商人の会社、氏名、運搬する会社、そして品物のリストが小さな文字で印字されていた。


「私、ジルダ共和国のヴィエスで商売をしている、ノモス社のマイオットと申します。お嬢様のお父様とは、古くから親交がありましてね。まだ幼かった頃のお嬢様にも何度かお会いしているんですよ」


「え、そうなんですか!?」


「はい、ユレイナス商会の運送は確実で早いですからね。積荷の紛失がなく、壊れも殆どない。生憎便があるのはカインズまでで、船便までは手配頂けませんが、道中も、あなたのお父様の会社にお願いしていたのです」


「そうですか。いつもご贔屓に有難うございます」


 ビアンカは頭を深々と下げて礼を言う。マイオットはまたニッコリと笑うと、鞄から1つ、布にくるまれた手のひらに収まるサイズの塊を差し出した。


「差し上げます」


「え、何でしょうか」


「私にも分からないのですが、バスターの役に立つものだと聞いております。まだバスターという職業が定着していなかった時代に、資質ある者を選別する為に使われたものだと」


「え、それって……ちょっと見せて下さい!」


 ビアンカが包み布を開くと、そこには青みがかった石があった。


「これは! これをどこで……」


「宝石商から、宝石としての価値がないからと、捨て値で押し付けられたものです。古い鑑定書には南に広がる広大な森、通称『シュトレイ大森林』の山肌近い所だと」


「間違いないわ!」


 予想が正しければ、これこそがレインボーストーンだ。


「昔は宝石の採掘技術も未熟でしたから、このような色のついた石も宝石として扱われていたようですよ」


「そうか、そういう所から広まった石なのか!」


 元々は宝石として広まった変わった色の石に過ぎなかった。それをたまたま等級相当の力を持ったバスターが手にしたところ、色が変わったのだ。


 色が変わる条件を研究するうち、バスターの強さによって反応する石の色と、変化する色が変わる事が判明。魔石の類としてバスターの資質を計るため、使用されはじめた。


 しかし、大森林にモンスターが溢れ、危険を冒してまで取りに行く者はいなくなった。そもそもエメラルド、ルビー、ダイヤモンド、もっと綺麗で輝く宝石は他にある。


採掘地を知る者がいなくなると流通は止まる。そのうち使用している石が欠けたり割れたりして数を減らしていった。


「ついには公に使われなくなると、いざ見つかった時に『この石、変な色だね』程度の扱いをされてしまい、その価値を分かって貰えなくなって……」


「そうして今や『知っている人しか知らない石』となってしまった、というのがおおよその流れかな」


「その流れの中で等級制だけが残って、今では基準が貢献度やクエスト数などになったって事よ!」


 ビアンカは石をそっと手に取り、つついたり握ったり、反対の手に持ち換えたりして感触を確かめる。


「これ、石がブルーだから……あれ?」


「おい、なんか青と言うより黄緑? 変な色になってねえか?」


「何言って……そうね、黄、緑ね」


「ちょっと待ってくれ、触った石の色が変わったよな?」


「そう……ね」


 ビアンカが握っている石は、青ではなく黄緑と言う方が相応しい。それを見てゼスタは確信したようだ。


「お前、それの色が変わったって事は、ブルー等級相当、ってことじゃねえの」


「わ、私が!?」


 ビアンカは自分の持っている石を見つめ、色が青から変わった意味をようやく理解した。青い石はブルー等級が持てば色が変わる。ビアンカは既にブルー等級相当という事だ。


「え、やっ、まだ、まだ管理所が認めてないから、ホワイト等級だけど! でも、えっ、うそ、やだ私もう上のランク!?」


 ヒャッホーイなどとお嬢様らしからぬ喜び方で、ビアンカがその場でくるくると回転して見せる。商人も満足げだ。


「お父様にも、これで少しは恩を返せているといいのですが。それではお嬢様、少年、それに強者の皆さん。私はこれにて」


「あ、有難うございました!」


 皆がマイオットに頭を下げて見送る。管理所の扉が閉まると、ゴウンがビアンカの手から石を受け取り、そしてゼスタにも調べるように告げた。


「君もやってみるといい。なに、試しだ」


「あ、はい。どうしよう、俺のは色が変わらなかったら」


「いいから握ってみなさいよ。ほら」


 ゼスタは目を瞑ってゴクリと唾を飲み込む。そして石を握り、薄目を開いた。


「色は……み、どり? って事は、俺もブルー等級相当か! やったー!」


 ゼスタは両手の拳を高く上げ、天井を仰ぎ見るような姿勢で喜ぶ。周りにいるバスターは怪訝そうに見ているが、ゼスタは全く気にしていない。


 レインボーストーンが示す通り、ゼスタもビアンカも、バスターとしての規程上の等級ではなく、実力はブルー等級という事。もしかしたら測る方法がなかっただけで、その前からブルー等級相当だったのかもしれない。


 念の為と言い、ゴウン達も石を握ってみる。ゴウン、カイトスター、レイダーは燃え盛るような赤に、リディカが握ると墨よりも黒く変わった。


「ちょっと待っていてくれ」


 レイダーが石を持って管理所のカウンターに行き、何やら話をしている。受付の女性に身振り手振りで何かを伝えている様子を暫く見ていると、管理所のマスターが出てきた。


 マスターは年齢はゴウン達よりも上に見えた。それにゼスタが頭1つ分見上げなければならないほど、背が高い。ギリングのマスターとは違ってスーツの上着を脱ぎ、シャツに黒いベストを着ている。


 どこか執事のような上品さの中にも、凛とした魂を持ち合わせているような威厳がある。


「あなた方が先刻入港した船でウォータードラゴンを退治したバスターですね」


「ああ、そうだ」


「1時間程前に数十人が押し寄せて、船をバスター達に救われたのだと口々に言っておりました。写真も何枚か頂いておりますので、それであなた達だと分かりました。当管理所としてはその功績に疑いの余地なし、と判断しております」


 管理所のマスターは優しく微笑んで一礼し、ゴウンを握手をする。それからゼスタとビアンカへ顔を向けたが、一瞬眉間に皺を寄た。


「もう1人……ソードの少年がいた、と報告を受けておりますが」


「ああ、シークはまだ病院です。意識が戻っていなくて」


「え、シーク? まさかシーク……イグニスタさんですか」


「あ、そうですけど」


「では、ビアンカ・ユレイナスさんと、ゼスタ・ユノーさん、ですね」


「はい、そうです」


 マスターが「それは大変だ」と言って受付へと走り、そして何やら指示を出している。受付の中が慌ただしくなっていくのを見ながら、残された者達は何かあったのかと首を傾げていた。


 数分して戻ってきた彼の手には折り畳まれた1枚の紙がある。マスターはそれを皆に見せ、頷いた。


「治癒専門の魔法使いを募っていたのは、あなた達ですね。そしてそれはイグニスタさんの為と」


「は、はい! そうです!」


 手にしていたのは管理所が受け付けたばかりのクエストだ。治癒術を専門に扱う魔法使い職を募集、報酬は1日3万ゴールドと書かれている。ゼスタが返事をすると、マスターは再び頷き、ニッコリと笑った。


「募集に関しては管理所が全面的に協力いたします。皆さん受付で記帳を済ませていらっしゃるなら、後は私が」

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