New World-06
青紫の鱗、金色に光る瞳、口はアリゲーター科のワニのように大きく裂け、顔の横で牙が上下にはみ出ている。2本の角を除いても、頭だけでシークの背丈ほど。甲板は海面から10メーテ以上は高い。すなわち胴体はそれ以上に大きいという事だ。
「ひっ、ひいぃぃ!」
「ば、化け物だ! ば、ば、化け、化け……!」
船員達は尻もちをつき、そのまま後ずさりする。初めて見る巨大なモンスターの姿に、誰も成す術がない。シーク達も流石に足がすくむ。
「船を守らないと!」
しかし周りの者は武器を持たない。このままではゴウン達が駆け付ける前に皆が海に放り出されてしまう。シークは咄嗟にバルドルを掲げて走り出した。
「こっちだ!」
「シーク! 危ないわ!」
「どうせもう危ない!」
「グゥゥゥ、グルルル……」
シークが背中の鞘からバルドルを引き抜く。その姿を見て、ウォータードラゴンは目で追いながら甲板の中へと頭を乗り出す。その負荷で船は傾き、シークは慌てて傾いた船の縁に掴まってバルドルを掲げた。
「ええい、こうなったら相手するしかねえよ、ビアンカ、俺達も行くぞ!」
ビアンカとゼスタは頷き合い、シークとは反対方向、ウォータードラゴンが乗り出した体を狙うために駆けだす。胴体には武器が届くと判断したからだ。
「グルルル……」
ウォータードラゴンは表情を変えず、口だけを開いてシークへと威嚇をする。真っ赤な口内と白い牙は恐怖を駆り立てるに十分だ。4本の尖った牙が太陽の日差しでキラリと光ると、その恐ろしさは更に高まる。
対峙するシークの顔は引き攣り、バルドルを握る手にも汗が滲む。船は完全に停止していて、ウォータードラゴンを引き剥がすことが出来なければ、ここで沈むのを待つだけだ。
「バルドル!」
「なんだいシーク」
「ごめん、どうやって戦っていいか分かんない! 正直、勢いに任せ過ぎたって後悔してる!」
「そうだろうね。これがいわゆる若気の至りかな? 剣の『柄』も借りたい?」
「ああ、借りたいね、柄だけじゃなくてまるごと一振り借りたい!」
バルドルの緊張感を削ぐような返事をあしらい、シークはじっとウォータードラゴンの目を見つめる。
戦い方を知らないながらも、シークは船と皆を守ろうと竦みそうな足で対峙している。バルドルはため息をついてシークの力になる事を決めた。
「グルル……クアァァァァ!」
威嚇するウォータードラドンの真っ赤な口内が、シークを震え上がらせる。
「このまま膠着状態を維持できないかな……倒せる気がしない!」
「シーク、君は僕に命を預けてくれるかい」
「……死なば剣もろとも」
「あ、ごめんやっぱり荷が重い。僕は海の中でフジツボの家になりたくない」
「和ませなくていいよ、俺の命はバルドルに預ける!」
シークはウォータードラゴンの目を睨んだまま、バルドルがいつ指示を出してもいいように心の準備をしていた。
「じゃあ、この場は僕が仕切る。シーク、ファイアーソードで目を狙うんだ」
「目? 分かった!」
シークの手からバルドルに魔力が流れる。刀身には燃え盛る炎が宿り、大きな火柱となる。鞄の中に忍ばせている魔術書のおかげで、格段にその威力が増していた。
「ファイアー……ソード!」
普段目にする事がない炎に、ウォータードラゴンは一瞬嫌そうに顔を遠ざける。バルドルはその隙を見逃さない。大きな声でゼスタとビアンカに叫んだ。
「ビアンカ! ゼスタ! 僕の指示通りに! 君達は乗り出している体の鱗を全力で剥ぐんだ!」
「鱗!? 分かったわ!」
今までバルドルに助けられてきた2人は、バルドルの言う事を信じて渾身の力で鱗の隙間に武器をねじ込む。そして技を繰り出して1枚ずつ剥しだした。
紫色の掌大の鱗が宙を舞う。勇ましい戦いには程遠い作戦だが、ビアンカもゼスタも身の程というものをしっかりと把握している。カッコよく戦う事など二の次だった。
「グオォォォ!」
鱗を剥されている事に気付き、ウォータードラゴンは後方を振り向く。武器を振るっているゼスタとビアンカをギロリと睨み、大きな口を開けて顔をグンと近づけようとしている。
その行動すらも、バルドルは隙だと認識してシークに攻撃の指示を出した。
「今だシーク! 目を!」
「分かった! ファイアーソード……スラスト!」
シークは両手でバルドルを握ると左足を上げて右脚に重心を置き、一旦体を右後ろに捻る。そこから一気にバルドルを突き出して体重を左足に移し、威力を込めた一突きを喰らわせた。
「破ァァァ!」
「ギャァァァ!」
「くっ、完全には当たってない!」
シークの攻撃によってウォータードラゴンの目尻が僅かに焦げた。しかし瞬時に目を瞑ったのか、それ以上のダメージを与えられない。シークは甲板に着地してもう一度バルドルを構えた。
「シーク、掠めるだけでもいい、もう一度狙うんだ! 倒すことを考えなくていい、ビアンカとゼスタの時間稼ぎだと思って注意を逸らすんだ!」
「厳しい注文だな……うわっ!?」
炎を嫌がりながら、かみ殺そうと首を伸ばすウォータードラゴンを避け、シークは手応えのない斬撃を繰り返す。
硬い鱗に弾かれながらも、バルドルが指示した通りの状態に持っていけるようにとひたすらバルドルを振りかざし、魔力を溜める事を繰り返していた。
「グアァァァ!」
「シーク、まずい、左に避ける!」
「えっ」
ウォータードラゴンが口を大きく開け、その途端に「ピィィィ」という音が鳴り響く。
「耳が……!」
「超音波攻撃って奴だね、今は正面に立っちゃいけない」
超音波はシーク達の動きを止めるためだった。首を振り、船の縁をへし折りながら、ウォータードラゴンはシークを咬もうと首を更に伸ばす。船は一層傾き、甲板は壊れた手摺や鉄板、木片などが散乱していつ沈むか分からない状態だ。
超音波による攻撃でシークはふらつき、懸命に避けようと足を動かす。だが耳を塞いだままでは反撃できない。今にも咬みつかれて海に引き摺りこまれそうだ。
ウォータードラゴンは呻り声と超音波を交互に出してシークを怯ませ、前足まで船にかけて爪での攻撃も始める。シークはついには逃げ切れずに、その爪で防具のプレートを引っ掻かれた。
「ぐ、は……ッ」
引っ掻かれた場所に深い溝ができ、シークは近くの柱まで吹き飛ばされて背中を打ってしまう。頭も打ったのかシークのこめかみ付近から血が一筋流れた。
しかし目はじっとウォータードラゴンを見据えていて、戦意は全く失っていないようだ。
「シーク! 今助ける!」
「ゼスタ、私の槍に乗って! ぶん投げる!」
「……そうか! いいぜ、今だ! やってくれ!」
シークの危機を察し、ビアンカが咄嗟にゼスタへと槍の矛先に乗るように告げる。ゼスタも何をするつもりなのかを察してすぐに位置につく。
矛先をやや体よりも左後ろに下げたビアンカの腕に、力が込められる。槍からは溢れた力が白い湯気のように立ち上り始めていた。
「転ばないでよ! ……フルスイング!」
ビアンカが思い切り力を込めたフルスイングを繰り出し、槍を振り上げる。その力で押し出されるようにゼスタが跳躍し、ウォータードラゴンの頭上まで到達する。
ゼスタは勢いを殺さず宙返りして、その頭へと双剣を突き立てた。
ビアンカのフルスイングを利用すれば、ゼスタの跳躍距離を伸ばして更には加速も生まれる。2人の即席のコンビネーションは、この場で一番威力を出せる最大限の知恵。
その作戦は報われたようだ。
「双龍斬!」
ゼスタは器用に狙いを定め、片方の目頭に剣を突き立てる。そのままくるりと体を捻り、目頭から上の肉を切り裂いた。
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