New World-07
「グァァァ!」
ゼスタの与えた傷から生じる痛みに、ウォータードラゴンはたまらず超音波の攻撃を中断する。
「やった!」
ゼスタはいけると確信していた。短剣を引き抜き、頭から飛び降りようとする。ウォータードラゴンは首を左右に振り、そんなゼスタの体を思いきり弾き飛ばした。
「ゼスタ!」
「ぐっ……はっ」
ゼスタの体は甲板中央の柵に激突し、その場で動かなくなった。
「ゼスタ! クソッ、こっちだ!」
シークは荒い息をしながら立ち上がり、再びバルドルに魔力を流し込む。今度は風魔法の派生、雷球を生む魔法「サンダーボール」で挑むつもりだ。
水棲のモンスターには雷の魔法がよく効く。感電に注意が必要だが、炎で目を潰せないのなら、直接ダメージを与えられる攻撃に移るしかない。
「バルドル、初めてだけどいくよ、サンダーソードだ!」
「ビリッとくるね。いいかい、ミノタウロスと違って歯の間隔が狭い。手を差し込むような真似は絶対できない」
「分かってる!」
シークはバルドルを低い位置で構え、ビアンカのようにフルスイングを繰り出そうとしている。
「やれやれ。剣術を知らない人は、時々恐ろしい攻撃を思いつくんだから」
「サンダーソード!」
シークのフルスイングは、噛み殺そうと襲い掛かるウォータードラゴンの首元に命中した。その部分が帯電したバルドルによって黒く焦げていく。
「ギャアアアア!」
ウォータードラゴンが痛みで一瞬のけ反った。重みがなくなり、船は少し傾きを持ち直す。シークは手応えに自信を持ち、更に気合を入れる。
「効き目がある! バルドル、この調子だ!」
「駄目だシーク、避けて!」
「えっ……!?」
シークがバルドルを正面に構えた時、バルドルがすぐに叫んだ……が、既に遅かった。
ウォータードラゴンはただ痛みでのけ反っただけではなく、反動をつけて顎をシークに打ち付けるつもりだったのだ。
木や鉄の板が割れる音と共に、ウォータードラゴンの顎がシークに命中し、シークは柱に背を打ち付けた。ウォータードラゴンは鼻先でシークの体を押し潰そうとしている。
「シーク!」
「この……シークを放して! チャージ!」
ビアンカが槍を構え突進する。だが矛先は鱗を傷つけるだけで精いっぱいだ。その直後にはビアンカもウォータードラゴンの左前足によって、甲板へと叩きつけられてしまった。
「きゃっ!」
「お、おい、大変だ……あの子達やられちまう!」
「ほ、他のバスターは、他のバスターを呼んで……」
「エアースラスト!」
「!?」
船員の間に動揺が走り、もう駄目だという空気が流れ始めた刹那。甲板の一角から鋭い風の刃がウォータードラゴン目がけて何枚も襲い掛かった。
「ギャアァァ!」
「済まない! ここまでたどり着くのに時間がかかってしまった!」
「リディカ、全員にプロテクトを!」
「あいつらいい仕事してやがる、鱗が完全に剥がれた場所があるぜ! 有難い!」
「プロテクト・オール! 連続魔ヒール・オール! けが人はこちらへ!」
もう駄目だと思われた中、ようやくゴウン達が駆けつけてきた。
客室内にいた数組のバスターは怖気付き、パニックを起こしてしまい戦力にならない。通路も人や物で塞がれ、上がれる状態になかった。
彼らは船尾の倉庫まで回り込み、縄梯子からようやく這い上がって来たのだ。
「あ、あんた達、け、剣を持った兄チャンが、あの顎の下敷きになってんだ!」
「なんだと?」
ゴウンの視線の先には、かろうじてシークの足だけが見えた。ゴウンはすかさず駆け寄り、突進と共に盾で思い切りウォータードラゴンの頬を打ち付けた。
「シールドバッシュ! ……一文字斬! シークくん、大丈夫か!」
ゴウンが呼びかけるも、シークは返事をしない。
ゴウンはシークを守るように立ちはだかる。そしてカイトスター、レイダー、そしてリディカに総攻撃を指示した。
気絶したゼスタと立ち上がる事が出来ないビアンカを、船員達がすぐに抱えて船尾に運ぶ。その間、ビアンカとゼスタが鱗を剥し取った場所に、レイダーが毒矢を打ち込む。
「グゥ……グオォォォ!」
痛みと全身を回り始める毒に、ウォータードラゴンはやられまいと全力を出し始める。体当たりの度に船は大きく揺れ、甲板の者達は尻もちをつく。それでもゴウン達は攻撃の手を緩めなかった。
「ポイズン……アロー! 連射! パラライズアロー!」
「フルスイング! 剣閃!」
「離れて! サンダーボルト!」
猛攻撃を仕掛けるゴウン達の前に、ウォータードラゴンは次第に押され始める。バルドルは交戦中のゴウンにシークの奮闘を話してきかせた。
「君達が来るまでシーク達が持ちこたえた。さっきシークは僕を庇うために自分を犠牲にした。どうか絶対に勝っておくれ」
バルドルの言葉にゴウンは力強く頷く。
「勿論だ」
ゴウンは常にウォータードラゴンの真正面に立ち続けた。超音波攻撃は、リディカが防御魔法を唱えて無効化する。
カイトスターは頭部をオリハルコン製のロングソードで鱗ごと斬り付け、レイダーは鱗がない腹部へと的確で強力な矢を放つ。ウォータードラゴンからは、名前に似合わないドス黒い血が流れ出していた。
戦況が明るくなるにつれ、段々と甲板の反対側の縁には野次馬が集まりだす。その中には怖気付きオロオロとしていたバスターや、積荷の心配をしていた商人の姿も見えた。
「グルルルル……」
「リディカ、レイダー! カイトスターの斬撃に合わせろ!」
「いつでもいけるぜ!」
ゴウン達は見事なコンビネーションを見せる。揺れる足元をものともせず、剣で、弓で、時には風の刃でウォータードラゴンをあっという間に瀕死に追い込んでいく。
シーク達もかなり善戦したが、やはり致命的な程に力不足だったという事だ。
新人としては恐ろしい程に成長したという域を出ておらず、戦ったモンスターの種類も限定的。シルバーランクが挑むようなモンスター、それもドラゴンと名のつくものを相手に出来る程の経験とスキルは、まだ流石に育っていなかった。
ただ、3人は自分達でも倒せるという慢心で立ち向かったのではない。その場を凌ぐため、戦える自分達が時間稼ぎをしなければと咄嗟に判断しただけだ。
「竜刃斬!」
「無双乱射!」
「退いて! サンダー…ブラスト!」
「お前ら、ありがとよ……一刀両断!」
カイトスターとレイダーが高難易度の技を連携して繰り出し、ウォータードラゴンに致命傷を与えていく。ウォータードラゴンの攻撃はゴウンが盾で防ぎ、カウンターを浴びせて更にダメージを与えていく。
そんな中シークはふと意識を取り戻し、自身が床の上にうつ伏せで倒れている事に気が付いた。
激痛が走る背中に何が起こったのかを思い出し、そして戦況を確認するために僅かに目を開ける。視界に入るのは海水とウォータードラゴンの鱗や血でべっとりとした床だけだ。
「くっ……」
シークは激痛に耐え、歯を食い縛ってそのまま顔を右に向けた。その視線の先では、バスターとしての可能性だけでなく、才能と経験、そして実力を兼ね備えたゴウン達が、ウォータードラゴンを追い込んでいる。
ウォータードラゴンは苦しそうに暴れ、首や体から大量の血を流している。体を海面から出す力も尽きたのか、その体はとうとう船の縁からも見えなくなった。
船よりも高い波しぶきが立ち、船が大きく揺れる。ウォータードラゴンの体はゆっくりと海中に沈んでいった。
「シーク、終わったよ。君は頑張った。少し休むといい」
返事をしようとするも声が出ず、シークは代わりにバルドルの柄を探り当て、握る手に力を込めた。バルドルの声の向こう側では、船員達勝利の歓声を上げている。
その姿を焦点を合わせる気力さえない目に映しながら、シークは船員の数人が駆け寄る足音を子守唄とするように目を閉じた。
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