Magic sword-02
「シーク、それだ、それがいい! そう、右にある、そう!」
「高級……ナイトカモシカ革クロス、1枚6000ゴールド……」
見た目はただの拭き取り用の布だ。そんなに高いのかと驚くシークに、バルドルは何も言わずに祈っている。貧乏性なシークが躊躇う値段である事は、バルドルも分かっているようだ。
「ブラッドフラワーのアシッド液? あ、洗浄液だって。バルドル、これは要らない?」
「それも『鞘から刃』が出る程欲しい。けれど今一番心惹かれるのはそのクロスなんだ。手があったら祈りたいくらい欲しい」
「鞘から刃……ああ、喉から手ってことか」
シークはとりあえずクロスを保留にし、他に必要なものを聞いていく。バルドルは自分に合うものをしばらく物色した後、その2点を希望した。
そんなバルドルの味方をしてくれたのは店主だった。
「麻や綿の布では拭き取り残しが出るし、小傷がつく場合もある。もっとも、恐らくその聖剣はアダマンタイトだろうから傷などつかんが、革クロスなら拭き取りは確実に綺麗で楽だ」
「革とアシッド液を合わせて7500ゴールド、か」
「アシッド液は希釈してあるから、革や剣が溶ける心配はない。そうだな、7000にまけてやろう」
「お願い、シーク!」
「まあクエスト1個分くらいだし、バルドルにもご褒美をって言ったのは俺だから」
「ご褒美はいるよ! いる! お金、足りるよね? 僕が頑張って稼ぐから!」
「結局頑張るのは俺だよ、バルドル」
シークはバルドルが希望したナイトカモシカ革クロスを1枚手に取り、そしてブラッドフラワーのアシッド液の瓶も1本買う事にした。
防具を拭く事も出来ると店主に言われたが、流石にバルドルの「剣権」を尊重して併用はやめたようだ。シークは防具を拭くためとしてラム革を選び、3点まとめてカウンターに置く。
細やかな気遣いを見せるシークに、バルドルからの評価は急上昇だ。じっと見つめている(であろう)バルドルの目は、きっと宝石のようにキラキラと輝いている。
「全部で9000ゴールドか。でもこれで気持ちよく戦えるのなら安いもんだよね」
シークは稼いだ分から9枚のお札を抜き出してカウンターに置いた。
バルドルはシークがお金を置く最後の最後までドキドキしていたようで、店主が代金を受け取った瞬間に「やったー!」と叫んだ。
「ああ有難う! シーク大好き! 早速拭いてみておくれ! ああ、でも先に鞘の中を一度アシッド液を使って綺麗にしてもらえると嬉しい」
「分かったよ。では、また近いうちにお邪魔します」
「ああ、いつでもおいで。クロスは洗えば擦り切れるまで繰り返し使える」
「はい!」
シークは店主に礼を言って店を後にし、少し歩いて店の前の通りにある花壇のベンチに腰掛けた。
買ったアシッド液の瓶の蓋を開けて鞘の中へと注ぎ、軽く振って排水溝へ流す。その後、水筒の水ですすぎ、バルドルを鞘へと戻してみた。
「どう?」
「うん、とても綺麗だ。汚れやカスがしっかり取れているよ。後は乾けば完璧! ここまで大切にされると気分がいいね」
「喜んでもらえて良かった。じゃあ、次はこの革で拭いてみる番だね」
「少し濡らしてからアシッドを少量かけて、それで拭いて欲しいのだけれど」
「分かった。えっと……こうかな」
シークがバルドルの刀身を優しく拭き上げる。今までも綺麗だと思っていたが、銀色よりやや黒くて、それでいて透き通るような刃の鏡面も更に鮮やかになっていく。
アダマンタイトの赤みがかった色も浮き出るように現れ、こんなにも見違えるものかと、むしろシークの方が感動していた。
鞘の外側も今まで取れていなかった汚れが綺麗に取れ、縞模様のようなものが浮き出ている。バルドルは鞘だけを見ても、分かる人には分かってしまうような高級感を取り戻していた。
……アイアンソードごっこには不釣り合いだが。
「ああ、とても気分が晴れて心地良いね! きっと切れ味も完璧に復活しているよ!」
「ご機嫌だね。刃こぼれとか、脂で切れ味が悪くなったりはしないの? 研いだりはしなかったけれど」
「アダマンタイトが使われているから、刃こぼれはしないよ。岩を何万回切り刻んでも大丈夫さ。熱にも衝撃にもめっぽう強い、それがアダマンタイトだ。成形が難しいからミスリルなんかも混ぜているけれどね」
「一応、管理所での登録はアイアンソードになっているから、もしもの時にはアイアンソードになりきってくれよ」
「屈辱的な要請だけど、仕方がない。毎日シークが寝る前に綺麗に拭いてくれるなら『柄』を打つよ。君がこんなにも才能あふれるバスターだとはね」
「え、才能?」
「バスターに最も必要な技術だと言っただろう? ロングソードを綺麗に拭ける事」
「ああ、あれ本気だったんだ」
「でも汚れても気にしないでおくれ。モンスターを斬る喜びには何事も代えがたいからね」
「次は思う存分働いて貰うよ。じゃあ……村に帰ろうか」
シークはこれから2時間かかる村までの移動を考えてため息をついた。
アスタ村までの馬車は1日3往復、片道代金1500ゴールド。けれど先程シークにとっての大金を使ってしまった事もあってか、「馬車を使って楽をする」事は選択肢にないらしい。
「自転車を買う事が出来れば、町の中の移動が楽なんだけどね。草原とか岩場とか、街道も凸凹だし行けない所もあるから……バスターとしては今更買えないな」
「自転車?」
「車輪が前後に1つずついていて、足で……ほら、あれだよ」
シークが指差す方向には、男が自転車に乗って荷車を牽きながら進んでいく姿があった。
「えっと、荷車、じゃない方だよね」
「うん。あれ高いんだよ、1台15万ゴールド」
「うわ~、それはそれは。貧乏だから僕たちは買えないね」
「あんなの乗ってる人は数えるほどしかいないよ。機械車って言って、動力がついたものもある」
「列車とは違うのかい?」
「ちょっと違うね」
シークは歩きながらバルドルに機械車やその他、この300年の間に開発された機械や娯楽の話をする。自分で操作する事は出来なくてもいつか見てみたいというバルドルに、シークは色んな経験をさせてあげると約束した。
「機械車 (この場合、この世界で唯一流通している200cc程度のバイクの事)は1台4000万ゴールドするらしい」
「うわ~、そんなにするのかい?」
「うん、すっごい豪邸を建てる事が出来るよ」
「村のシークの実家なら、家ごと走れちゃうね」
「ん~。そういう事じゃないんだけど」
シークにとってはもはや空想の世界でしかない金額だ。そんなに稼ごうとすれば、どれだけモンスターを狩らなければならないのか。途方もない指折りが始まる。
「人間が楽をしようとする思いは何にも勝る」
「バルドル、どういうこと?」
「楽に動きたい、楽して稼ぎたい、そのために全力を尽くすという矛盾した行動はとても興味深い」
「なるほど、確かに楽をするために頑張ってるよね」
「楽はタダでは出来ない。だから人はお金を稼ぐんだね」
「そのタダとはちょっと違うかな」
やや納得の仕方に間違いが見受けられるバルドルに、シークが軽いツッコミを入れる。これからの旅をどうするか、昔のバスターどうしていたのか、歩きながら話題は尽きない。
初日の他人(他剣)行儀な態度が嘘のように会話は弾み、村までの2時間などあっと言う間だ。
魔法使いが勇者ディーゴの聖剣を拾ってしまったという、世のバスターが知れば緊急事態でしかない状況。けれどそれは本人と本剣にとって、然程大したことではない日常になりつつあった。
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