【1】encounter~魔法使いと喋る剣の邂逅~

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【1】encounter~魔法使いと喋る剣との出会い~




「ああ、暇だ。僕がこんなにも待ち焦がれているというのに、いったいいつまで待たせる気なのか。錆びついてしまったらどうしてくれるんだい」


 とある世界……武器や魔法を使える者が多くいる世界の、ジルダ共和国。


 国内では中規模の町「ギリング」から、近隣の「アスタ村」へと続く細い道沿いの森の中。今日も誰にも聞こえない呟きが虚しく消える。


「この先には町も村もあるのに誰も来ない。ああ、でも出来れば強くて頼りになって、僕をうんと大切にしてくれないと。そこだけは譲れない」


 若そうな男の声がするも、姿は見当たらない。


 一方、そこから歩いて数分の位置では、1人の少年が町から村に戻るため、森に差し掛かっていた。


 彼の名はシーク・イグニスタ。片道2時間を歩いて「職業校」に通う、17歳の苦学生だ。


 キリッとした眉毛に優しそうな目、小さめのスッキリとした輪郭で顔立ちが良い。やや細身な体型、耳が隠れない程度の僅かにウェーブがかかった黒髪も、サラサラと清潔感がある。


 そんなシークは明日、職業校……いわゆる公立の専門学校の卒業式を迎える。そしてモンスターと呼ばれる凶暴性の高い生き物を討伐する職業、「バスター」になるのだ。


「どうしよ、卒業式終わって装備屋まで全速力で走るなら、やっぱりこっちのルートかな……でも、道が狭いから馬車が前から来たら……」


 装備選びは卒業後に最初に行う重要で特別なイベントだ。装備は卒業によって所持が許可される。


 もちろん入手は早い者勝ち。バスター以外は原則装備屋への入店不可。実際に触れて確認することが出来ないため予約もできない。


 となれば、とにかく卒業後に急ぎ、商品があるうちに選ぶしかない。旅立ちで躓かないよう、シークは何としてでも「安くて」良い装備を選びたかった。


「魔術書を先に買うか……でも、8万ゴールドで買える魔術書なんて気休めだし。教科書、貸与じゃなくて払い下げてくれないかなあ」


 武器や防具は実績に応じてランクが決められている。


 素人や悪意を持った者が簡単に高性能なものを持てるようになると、凶悪事件にも繋がりかねない。金さえあれば良いなら、高性能な剣、銃、爆薬の類が野放しになってしまう。


 バスターになり、実績を積み上げるからこそ性能が良い武器、防具の使用素材制限がバスター管理所によって解除される。


 一方、魔法は才能次第で自然に習得する事も出来る。ただし、理由もなくむやみやたらと発動させたなら捕まることもある。


「魔術書買ったら普段着でバスターに、装備買ったら魔術書無しでバスターに……ハァ、バスターになるためのお金がないや」


 シークは悩みながらトボトボと歩く。


 この世界ではモンスターの襲来に備え、基本的に家々は集まって1つのコミュニティーを形成している。草原や森の中に1軒だけポツンとある……といった建て方はまずしない。


 鉄道が延びている地区もあるが、シークが住んでいるアスタ村まではせいぜい馬車 (※厳密には飼いならされた馬に似たモンスター)が通るくらいだ。


 アスタ村は裕福な村ではない。シークの実家はそんな馬車で毎日通学させる、下宿させるといった金すら無かった。


 となれば、必然的に徒歩しかなくなる。シークが自力で魔法を習得したからこそ、両親は心配ながらも徒歩通学を認めたのだ。


 自分の身を守る手段を持っている事は必須条件。学校から借りているモンスター避けの魔具のおかげもあって、幸い危ない目に遭う事は殆どなかった。




 * * * * * * * * *




 シークは薄暗い森の道を歩きながら、明日の卒業式の事が記された紙を鞄から取り出して確認しはじめた。


 卒業生が一気に町中の装備屋に押し寄せたなら、流石にそれぞれが気に入った装備を手に入れられる保証はない。シークの頭の中は卒業式の事より、如何にして装備を確実に手に入れるかでいっぱいだ。


「席の配置がこれなら、出来るだけ講堂の後ろの席に座って、それから……あっ!」


 森の中を風が吹き抜け、卒業式の案内が載った紙がシークの手元から飛ばされてしいく。そしてそのまま森の暗がりへと消えてしまった。


「うわ~……」


 シークは数秒ほど紙が飛んでいった方を面倒臭そうに見つめる。拾うか拾うまいか考えているのだ。


 紙には武器屋の簡単な地図もメモしている。


「あ~もう! 何でこんなに飛ぶかなあ! 痛っ! 枝が刺さるし最悪!」


 無くてもいいと思う気持ちと、取りに行こうという気持ちは、どうやら後者が勝ったらしい。


 シークが道を外れ、しばらく暗い森の中を用心しつつ歩いていると、ようやく紙が木の根元に落ちているのを見つけた。乾いた落ち葉の上にあるおかげで、さほど汚れなどもついていない。


 シークはやれやれと拾い上げ、道がない森の中を来た通りに戻ろうとした……のだが。


「あれ?」


 拾い上げた紙についた土を払い、鞄の中にしまっていると、視界の左端に何かが光ったような気がした。こんな森の中で一体何なのか、シークはそれを確認しようと近づく。


 森の中でも一際大きな木の根元までたどり着くと、その光の正体はすぐに分かった。


「……剣?」


 それは鞘に入ったロングソードだった。黒い鞘から出た柄の部分は赤みがかっている。おそらく鍔の部分に木漏れ日が当たって光ったのだろう。


 シークは黒い鞘から刀身をゆっくり引き抜く。柄や鞘は風雨や埃のせいで随分とくすんでいたものの、刀身は見事な銀色に輝いていた。珍しくも片刃となっているそのロングソードは、今すぐにでも使えそうな状態だ。


「え~……こんな所に誰か忘れて帰るかな、どうしよう」


 シークは剣をそのまま鞘に戻して一度木の幹に立てかける。こんな場所にわざわざ置かれているのも不思議だが、見たところもうずいぶんと長い期間放置されているようだ。


 辺りに誰かがいる気配もない。


「町に戻って警察に届けるのは面倒だし、帰りが夜になってしまう。でもこのまま村に戻ってもなあ……」


 シークが悩むのには理由がある。先述の通り、まだ卒業していないシークは、非常時でもない限り武器防具を持つ事が出来ない。たとえこれが卒業後だったとしても、未経験の駆け出しが所持できる物かの判断もつかない。


 事情を話せば分かって貰えるだろうが、それを出会う人にそれぞれ説明するのも面倒だ。出来ればそんなものを手に取りたくない。


「俺がソード志望だったら絶対にこのままにはしないけど……魔法使いに剣なんてどうしようもないし。いっそ古物商に売っちゃうか……でも盗品だったらどうしよう、お金は欲しいけど捕まるのは御免だ」


 シークは悩み続ける。


 ここで見つけてしまったのは何かの縁。そう思う気持ちもあった。こんな町からも村からも離れた森に入っていくような人はまずいない。


 シークが何処にも届けることなく放置すれば、この剣を次に誰かが見つけるのは何年、何十年後になるのか。


 シークはもう一度ロングソードを手に取り、今度は両手で持って素振りをしてみた。片刃のやや細身のロングソードは、魔法使いを目指すシークでも扱える大きさで、全く重くない。


 剣術など基礎しか習っておらず、シークの素振りはぎこちない。それでも何度か「やー!」などと言いながら適当に振り回した後、シークは満足したように再び鞘に戻すと、元の場所へと置いた。


「よし、見なかった事にしよう、俺にはどうしようもない」


「はい!? ちょっと、ちょっと、まさか置いていくつもりかい?」


「……えっ?」

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