第37話 塵街+二人
光をベッドに寝かせた猛は大天使ミカエルの姿へと変わった。
「まだ起きないわね」
光の隣に腰掛ける可憐。彼女もまた、魔力の使いすぎで睡魔に襲われていた。
「Aランクと比べ、ここは魔力の量が多い。そろそろ目覚めてもいい頃だが」
部屋に入った途端、再び天使の格好と変わった猛。彼も翼を羽ばたかせながらベッドに腰掛けた。足元から魔力が入ってくるのを感じた。
「なぜ光はあそこまで悪魔に執着するのかしら」
「戦争が無ければ、ラファエルは転生をしなければならない運命にならなかった。悪魔を恨むのは当然の事だろう」
「違う。ガブリエルは、悪魔を恨んでなんかいないわ。あれは、光明光としての感情よ」
猛は何か隠している。そう可憐は確信した。悪魔を異常に恨むのは、光が転生する前に起こった事と関係があるのではないか。そう考えた。これを猛に尋ねようと口を開いたが、直ぐに閉じた。自分でもそれは理解出来なかった。
それを悟った猛は、視線をずらしながら言葉を考えながらゆっくりと口を開いた。
「規則で転生前の光明光を話す事は出来ない。しかし、これだけは言える。こいつは、逃れられない輪廻に閉じ込められている。無論、お前もだ」
「意味が分からないわ。あなたたちの考えだと、人は生と死を魂を通じて繰り返す。それが輪廻だとは理解できたわ。でも、一色君はそれをまるで私たちだけがやっているように言った。そこの説明を付け加えて欲しいの」
それは違反なので言えない。そう猛が言おうとしたら、二人の間で眠っていた光がゆっくり目を覚ました。気付いた二人は会話を中断した。
「起きた?」
「光、魔力はもう大丈夫なのか?」
まだ意識がはっきりとしない頭を必死で回転させながら光は今の状況を理解しようと努力した。
「確か、ぼくは……。そうだ、あの悪魔は!?」
完全に自分が眠る前の状況を思い出した光は慌てて飛び起きた。しかし、軽い立ちくらみがして、すぐに腰掛けてしまった。
「あなたが眠った後、ジンの体から私たちが相殺出来ない程の魔痕が現れたの。それを吸収してジンの命を救ったのは、彼女よ」
可憐の話を聞いた光は目を見開いた。
「嘘だ! 悪魔が人間の命を助けるなんて!」
「それが本当だから言ってるのよ」
動揺する光に対し、可憐は異様に冷静だった。以前、弘孝が言った事を思い出したからだ。悪魔の中でも、善意がある悪魔がいるかもしれない。それは、スズが悪魔だと知っていて言ったのか、それとも、そのような出会いをスズ以前から経験していたのか、光が動揺する内容より、そちらの方が可憐にとって興味深かった。
「弘孝君を助けるならまだ分かる。恩を売って契約を促せるからね。でも、ジン君は普通の人間だよ。奴らにとって何も利益は無いはずなんだ」
可憐の冷静さにつられ、光も落ち着きを取り戻した。一度深呼吸し、自分の考えをまとめた。
「嫌、弘孝にとってジンは親友だ。親友を救った恩として契約を要求する可能性もある」
二人の会話に猛が口を挟んだ。既に魔力を回復した猛は可憐にも魔力を吸収するように促し、可憐は地面から魔力を吸収した。
「でもね、猛君。逆にその場所でジン君を死なせて悲しむ弘孝君の心に付け込む方が簡単だし、奴ららしいんじゃないかな。それに悪魔だと知っているのは、ぼくたちだけ。みんなの前で自分の魔力を見せるなんてどうしてそんなハイリスクな事を……」
右手を顎に触れさせ、考える素振りを見せる光。
「どちらにしても、今弘孝が一人になるのは危険って事よね。あの子があそこまで動き出すなんて」
魔力を吸収し終えた可憐は視線を猛に移した。それを察した猛は頷いた。
「俺が弘孝から離れないようにする。あいつも、俺との契約を望んでいる。明日中には契約を完了させる」
猛の提案に二人は頷いた。光の回復を確認した猛は、立ち上がり、二人に背中を向けた。
「そうだね。それが一番効率的で安全だね」
猛の体を彼の魔力が包み込んだ。それは、彼なりの覚悟の表現だった。
弘孝自身も契約を求めていて、猛も契約する準備は出来ている。大天使ウリエルの誕生まであと少しというのに、可憐は胸騒ぎがした。心臓の動きが速い。それがなぜなのか、可憐には分からなかった。
「弘孝はまだ動いていないらしい。事情を説明してくる」
それだけ言うと、猛は人間の姿に戻り、ドアを開け、部屋を後にした。
残されたのは光と可憐。二人きりになったのは天界以来だったので少し違和感があった。
「天界以来ね。あなたと二人きりになるのは」
数秒の沈黙の後、可憐が口を開いた。
「覚えていてくれたんだ。嬉しいな」
相変わらずの笑顔を浮かべる光。可憐はそんな光にため息をついた。
「でも、ぼくとしてでは初めてじゃないかな? 大天使ガブリエルとしてではなく、
光明光としての儚い笑みを浮かべる光。振り返ればそうだった。初めて光と会ったのは学校だった。その後は優美と下校中に。それ以降は吹雪や猛がいた。天界の時は光の背中には六枚の翼があった。人間の光と二人きりになるのは初めてだった。意識した途端、急に恥ずかしくなった可憐。しかし、それを顔に出す事は無かった。
「言われてみたらそうね。よかったわ。今が初めてで。あなた初めて会った時に二人きりになったら、今頃あなたの頬は腫れていたわよ」
無表情のまま答える可憐。そんな彼女に光は苦笑していた。
「それは、今の可憐はぼくを認めてくれたって事かな?」
可憐が座っている方へ歩み寄る光。可憐の隣にさりげなく座ったが、可憐は光と距離をとるように移動した。
「私はあなたを認めてはいないわ。私はただ、優美とまた笑い合いたいの。そのための手段として契約者となる。それだけだわ。故に、あなたには、契約者という立場であり、それ以上でも、それ以下でもないわ」
光の相手をしている暇は無い。可憐の妙な胸騒ぎは次第に大きくなった。心臓の音が光に伝わるのではないかというくらい大きくなった。弘孝が心配だった。弘孝の事を考えると、妙な胸騒ぎが強くなるのだ。自分の胸に手を置き、鼓動し鎮めるよう努力するが、逆効果のように鼓動が止まらなかった。可憐の異常に気付いた光は、立ち上がり、可憐に右手を差し出した。
「大丈夫、弘孝君は悪魔に負けないよ。猛君が傍にいるからね」
自分の不安材料が簡単に伝わったと思うと、可憐は自分が態度に出てしまう事を後悔した。
「その手は何?」
差し出された手をじっと見る可憐。光はうっすら微笑した。
「君の不安を少しでも消せないかなってね」
そのまま光はゆっくりと跪いた。それはまるで、どこかの国王に忠誠を誓う騎士のようだった。
「ぼくと踊ってくれませんか?」
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