ごめんね、甘くないよ

二木弓いうる

第1話 一子さん

 例年通り、赤とピンクで街が染まる。

いつものスーパーにもバレンタイン特設コーナーが設置され、多くの女の子達がハートマークとチョコレートの山を見て楽しそうにしている。

逆にそんな所の前では早歩きになり、ただただ灰色の地面を見つめながら歩いている人もいた。この世界が漫画であれば、血涙を流しながら歩いている人もいるかもしれない。

残念ながら僕に恋人はいないけど、好きな人ならいる。

その僕が好きな人は今、僕の隣で別の人に渡すためのチョコレートを選んでいる。

と言っても、その相手というのは彼女にとっては兄妹達。

だから僕は安心して、ただの荷物持ち兼相談役として平然と隣に立っていられるって訳だ。これで別の男にやるもんだ、とか言われたらそれこそ血涙流して帰る。

「玲君、これどう思う?」

首を傾けながら僕の目を見た彼女。

隣の家に住んでいる、一歳年上の一子いちこさん。

今時珍しい真っ黒なロングヘアーが良く似合う美人。

彼女の手には、丸い形のチョコレートの絵が描かれた深緑色の箱。

「トリュフチョコですか。美味しそうだし、良いと思いますよ」

「じゃあ、三葉みつばはこれ」

手に持っていたチョコレートを、僕が持っていた空のカゴの中に入れる。

僕は棚の一番下にあった、子供向けの動物型チョコレートを指さした。

佳乃よしのちゃん、あーゆーの好きそうですね」

「うん。ネコちゃんの、可愛いね」

しゃがみ込んで、箱一つを手に取った。

他にもウサギとかクマの形が一緒に並んでいるけど、佳乃ちゃんもネコが一番可愛いって言いそうだ。

二依奈にいな。これ」

動物型の隣にあった、大きなハートの形した棒付きチョコレート。

それも子供向けな気がするけど、せっかく彼女が選んだものだし。そのままにさせておこう。

「可愛いですね」

ネコ型のチョコと、棒付きのチョコをカゴに入れた一子さん。少し浮かない顔をしている。

「ニ依奈、喜んでくれるかなぁ。無駄遣いしてって言われちゃうかも」

「大丈夫ですよ。喜んでくれますって」

「だと良いんだけど……」

「ニ依奈、お菓子好きですし」

「そっか……そうだね。許してくれるよね」

「はい。あ、いつき君にはチョコチップの入ったクッキーとかどうですか」

「うん、いいね。まぁ、問題は出てきてくれるかなんだけど」

「……僕が最後に見たの、一年位前な気がするんですけど。その後外に出ました?」

「一か月前には。生きてはいるんだけど、相変わらず引きこもってる」

「うーん、渡せると良いですね。手渡しは難しいかもしれませんけど」

「そうだね。とりあえず、机の上にでも置くよ」

立ち上がった一子さんは、棚からチョコチップクッキーが入った袋を手に取り、カゴに入れた。カゴの中に、四つのチョコレート。一子さんっぽいなぁ。

これで兄妹の数は揃った。

一子さん、お父さんいないし、他にあげる人なんていないはずだけど。

あともう一つ、カゴに入れてくれないかなー。

僕の分も買ってくれたりしないかなー。

ちっさいの一個で良いんだけどなー。

「玲君」

「はっ、はい!」

突然名前を呼ばれた。それだけで嬉しさと期待が込み上げてきた。

どのチョコがいい? 

なんて聞いてくれたりはしないだろうか、とか。

「持ってくれてありがと。お会計、してくるね」

一子さんは僕が持っていたカゴの取ってを掴んだ。

「……はぁい」

僕はカゴから手を離し、レジへ向かう一子さんの背中を目で追った。

隣の家に住んでいて、昔からの幼馴染ではあるが僕は彼女個人からのチョコレートを貰った事がない。とはいえ「家族から」という名目の義理チョコは貰えるので贅沢を言ってはいけない。本当は彼女からのチョコ、ものすごく欲しいけど。

せめてその義理チョコを渡してくれるの、今年は一子さんだと良いなぁ。

チョコをくれるのは毎年「行ける人が行け」システムなので、当日にならないと誰が来るか分からない。去年は、僕と同い年のニ依奈だった。

まぁ、兄妹以外の人に渡さないと分かっただけ良かったって思った方がいいのかな。



 四つのチョコレートが入ったビニール袋を持った一子さんが戻ってきた。

「お待たせ。じゃ、帰ろっか」

「はい。あ、持ちましょうか」

「ううん。大丈夫。ありがと」

ニコリと笑う一子さん。可愛らしい。

店を出て、家ある方向へと歩いた。隣にいる彼女の歩幅に合わせながら、ゆっくりと。

吐いた息が白いから、気温的には寒いはずなんだけど。寒さを感じない位、暖かさを感じていた。

「あれ……そう言えば、玲君のチョコって誰か買ったのかな」

「えっ」

なんか寒くなってきたような気がする。

「ほら、いつも皆で渡してるやつ」

「貰ってますけど、あれおばさんが買ってくれてたんじゃないんですか? 渡すのは一子さん達の誰かですけど」

「お母さんが買って来てくれる時もあるけど、今回はどうだろう。帰ったら聞いとくね」

「あ、ありがとうございます。毎年楽しみにしてるので、貰えなかったら泣く所でした」

「そんなに楽しみにしてくれてるの? まぁ、玲君甘いの好きだもんね。何だったら、今一緒に買ってあげればよかったかな」

なるほど、その手があったか。ねだれば必然的に彼女から貰える。何で今まで気付かなかったのだろう。

「はい。すごく楽しみにしてるんで、その……今年のチョコ、一子さんからもらえたりしませんか」

言ってみて分かった。すごく子供っぽい上に下心が丸見えな気がする。言わなきゃ良かった。

「えっ、えーと、そうだね。行けたら、ね」

困った表情をさせてしまった。でも今更後戻りできないし。ここは素直に、欲を吐き出してしまおう。

「それは良かった。どうしても欲しかったんで」

「別にバレンタインでなくても、チョコくらいあげるよ」

「いやチョコが欲しいんじゃなくて。まぁチョコは欲しいんですけど」

ここまで言ってれば、もう告白してるようなもんな気がする。

周囲を見渡す。

右には公園、左には学校。

昼間であれば人の多い通り沿いだけど、今は夕方という事もあってか幸い人気ひとけはない。

えぇい、いっその事言ってしまえ。

「玲君?」

顔を覗き込まれ、足を止めた僕。

バレンタイン前に告白なんて、絶対チョコ目当てだと思われそうだけど。

まぁ、それこそ今更後戻りできないものだろう。

僕にあわせて足を止めた彼女の目を見つめながら、想いを、告げた。

「一子さんが好きです。だから、一子さんからチョコ貰いたいっていうのも、そういう」

「えっ」

彼女の頬が赤く染まった。

今までも色々な人の顔を見てきたが、誰よりも可愛いと思った。

「ずっと昔から」

「嬉しい…………けど、お願いがあるの」

玉砕覚悟で告白したつもりだったんだが、嬉しいと言われてしまうと期待してしまう。

だがお願いというのも想定外だ。

「な、何でしょう」

「私の兄妹の事も好きになって」

「へ?」

「ニ依奈、三葉、佳乃、樹」

「いや、四人の事は知ってますし、好きですけど」

「全員と付き合って。四人には私から言っておくから」

「いやいや、そんな勝手に」

「いいから」

「良いんでしょうか」

「いいの」

「……一子さんが、そう言うなら」

一子さんに告白したら、ニ依奈、三葉さん、佳乃ちゃん、樹君とも付き合う事になりました。

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