異星人館外伝

セイン葉山

第1話 帰還

「惑星トレド…宇宙の泉か…。今日は一段ときれいだ…」

 ライアンは思わず窓の外を見下ろした。どこまでも続く森林を抜け、万年雪をたたえた山脈を飛び越え、さらに上空に昇っていく。発見された時は、地球に非常によく似た奇跡の惑星と騒がれたものだ。しかもこの惑星の方が進化が進んでいて、さらに豊かで珍しい動植物も多い。やがて渦巻く雲、緩やかに弧を描く青い惑星の輪郭が見えてくる。そして、惑星の上空に浮かぶ、巨大な宇宙ステーションが忽然と姿を現す。

「第3ゲートまでみんな大型宇宙船が付いてるぞ。今日は大にぎわいだな」

 平和条約を結んだとはいえ、誰ひとり帝国と連邦の戦争がこのまま終わるとは思っていなかった。だが十一年ぶりの平和を無駄にしないように、たくさんの人々がこの惑星に帰ってきたのだった。特殊任務を帯びたライアンの小型シャトルは、軍部専用の第7ゲートに滑り込んだ。

 ここは開拓惑星トレドの上空に浮かぶ大型の宇宙港。惑星に帰ってきた人々は、ここから中型や小型のシャトルに乗り込み、惑星のあちこちに降り立っていくのだろう。

「わあ、すごい人出だ、こんなのは初めてだ」

 天井の高いロビーやそこに通じる通路は人であふれていた。

「あれ? ライアンじゃない?」

 思わぬところで声をかけられた。

「ライアーン、久しぶり、私よ、ジェニーよ!」、

 久しぶりの幼馴染は、すっかり美しいお嬢さんになっていた。

「え、ジェニー? きれいになって? わからなかったよ」

「ライアンはおとなしくて、やさしい感じが昔のままよ。すぐにわかったわ」

 ジェニー… 別れたころはまだ7歳くらいだったろうか、体操を習っていた活発な女の子だった。そしてその隣に、思いもよらない女の子がいた…。十一年前の大事件に巻き込まれ、遠くに行ってしまった子…一番仲のよかったサチホだ。

「…あの…?」

 確かに目が合った。だが、当時からおとなしかったせいか、シャイなのか、サチホの方は何も言わず、ただニコニコしているだけだった。ライアンは気になってさらに話しかけようとした。だが、人の波に押されて、つかの間の再会はあっけなく終わった。もうすぐ時間だ。ぐずぐずしてはいられない。あと少しすると平和条約を結んだばかりの帝国から、大型の軍の輸送機に乗って特別な乗客がやってくるのだ。

 ライアンは、人波を離れると身分証カードを取り出し、一番奥のゲートから、セキュリティの一段と高い国際ゲートへと進んで行った。政府の要人も来ているようだ。あっちこっちにSPも姿を現す。警備隊長と目が合う。

「帝国からの帰国兵士の護送担当のライアンデッカード少尉です」

「御苦労。帝国からの船は順調に航行し、予定通りにこちらに着く。20分後に第7待合室に来てくれ」

「了解」

 やがて宇宙ステーション全体に緊張が走る。つい先日まで戦火を交えていたあの帝国の重厚な宇宙船が第4ゲートに到着する。一斉に動き出す人々。一つの新しい時代が扉を開けたようだった。

 中から帝国の制服を着た数人の兵士とともに、ライアンと同じ年頃の若い兵士が2人、1人は男性、1人は女性が降りてきた。この2人はあの十一年前の大事件の後、帝国に強制的に拉致され、帝国の兵士として訓練を受けていた特別な過去を持つ。今回の平和条約締結に当たり、本人たちの希望によりついに帰国が実現したのである。マスコミが遠巻きにカメラのシャッターをきる。

 そこに数人のSPに守られながら、1人の男が近づいて来た。

「予定になかったが、ぜひ、挨拶をさせてほしい…」

 周囲がどよめいた。彼こそは、このたびの平和条約を締結させた、連邦の英雄でもある惑星トレドの大統領、カシアス・ミードその人だった。大統領は緊張する2人に握手をすると、2人を元気づけるように笑顔でこう言った。

「ルドガー君、セシル君、私がトレドの大統領のカシアス・ミードだ。もう何も心配はいらない。よく帰ってきてくれた、我々は心から君たちを歓迎する。ルドガー君、セシル君、君たちは事情によりしばらく帝国の軍隊に所属したが、それがこれからの君たちの人生のプラスになっても、差別や制限の対象になることはひとつもない。なぜなら、このゲートをくぐったからには、君たちは宇宙連邦の自由な市民だからである」

 この背の低い温和そうな男は、しかし、人を惹き付ける何か熱いものを秘めていた。2人の若い兵士はいつの間にか笑顔になった。

 やがてルドガーとセシルの2人は個室に案内され、しばらくそこで待機していた。2人はよく知った仲であったが、緊張して一言も口をきかなかった。そこに護送の任務を受けたライアンが迎えに来る。だが、ライアンの入室したドアの位置がちょうど2人の背後だったのが災いした。

「…しつれ…え?」

 後ろのドアが突然開いたので、警戒したセシルが懐から銃を取り出し、ライアンに銃口を向けたのだった。その素早さと身のこなしは女性とは思えぬ見事なものだった。

「…ぼくは敵じゃない、君たちの護送係のライアン・デッカードだ。銃をしまってくれ」

「すまない…失礼した」

 女性とは言え、帝国のエリート兵士であるセシルに死角はないようだった。一緒にいたルドガーが、何もなかったように冷静に応対した。

「ルドガー・ホークアローだ。よろしく頼む」

「…失礼した。セシル・ミルドレッドだ。非礼を許してくれ」

「…君たち2人は一般職ではなく、こちらでも軍部の仕事を希望した。それに間違いはないかな」

 2人とも静かにうなずいた。

「…では君たち2人を多島海にある連邦軍第二基地まで護送する。そこで所属などが通達されるだろう。では早速出かける」

 ライアンは自分が乗ってきた小型シャトルへと2人を案内した。だがまるでそれを見ていたかのように何かが動き出した。


 小型シャトルに乗っても2人は無口なままだった。確か2人とも年齢はライアンと同じはずだが、冷静なルドガーは頭ひとつ分、ライアンより背が高く、しかも全身ばねのようなすごい肉体をしている。セシルは背の高さはライアンと同じくらいだが、すべてを射抜くような鋭い目つき、2人ともライアンより年上にみえる。

 大気圏に突入し、青い海原が眼下に広がってきた時だった。軍の管制塔から緊急警報が発せられた。目的地の多島海に突然未確認侵入物体が確認された。場合によっては宇宙ステーションに戻るようになるかもしれない、十分注意しろとのことだった。なんと言ってもルドガーとセシルを乗せている、狙われる理由も何かあるかもしれない。だが、気のよさそうな若者、ライアンはいざとなると頼りになった。軍の管制塔と緊急連絡を取りながら、どんどん作戦を立て始めた。

「…侵入物体は、ステルス機能を持った高速艇らしい? この小型シャトルじゃどうにもならないなあ。ちょっと待てよ…多島海のそばなら、スターバザールの近くだな…」

 そこは比較的安定した気候に恵まれた小さな島の多い地帯だった。ロケットやシャトルの基地が昔から多く、最近ではスターバザールと呼ばれる宇宙開発に関わるいろいろな取引場も開設されている地帯なのだ。

 ルドガーがライアンに尋ねた。

「ライアン、いったいどうする気だ?」

「かわりに、スターバザールに来ている誰かさんに偵察してもらうのさ」

 やがてメインスクリーンには、見知らぬ宇宙船のコックピットが映った。がっしりした体格の中年のパイロットが答えた。

「はい、キャプテンシーンだ。おや、軍のパイロットさんからいったい何の依頼かな?」

「すいません、キャプテンシーン、実は…」

「オーケー、こっちはそのポイントからかなり近い、すぐに確認しよう。軍への協力行為として、きちんと報告を頼む…」

「もちろんです」

 ルドガーがちょっと心配そうな顔をした。

「民間の高速艇かい? 平気なのかい? あの男…。隣におかしなものが座っていたし…」

「ああ、腕はピカイチ、性能もかなりだ。やつの高速艇は軍の最新鋭機と互角さ。十一年前は空軍の英雄だった。ただ一度麻薬の輸送に関わったとかで、軍を追われ、今は仲間とやっている空の運び屋だ」

「でも、高いんじゃないのか?」

「災害救助や正規の軍の仕事はやつは無料でやる。その代わり、一度失った信頼を取り戻したいのさ。キャプテンシーンは最近けっこう頑張っていて、軍の仕事を一部請け負うようにもなって来たんだ。今、あの人の隣に、緑色の不思議な生物が乗っていただろ? しゃべる昆虫人間だよ」

 画面をもう一度確かめたセシルが驚いて、目をまん丸くした。それは人間と同じくらいの大きさの、芋虫に似た高等生物らしかった。これがしゃべるとはとても思えないが…。するとそれに気づいたキャプテンシーンがつぶやいた。

「おい、ルイーズ、あのお嬢さんが見てるぞ、挨拶してやりな」

 すると、ルイーズと呼ばれたその生き物は、複眼をこちらに向けて確かにしゃべった。

「ハロー、お元気?」

 子どものような、女性のような可愛い声だった。言われてみると賢そうな、可愛らしい感じもするが、でもちょっと待て、口はまったく動いていなかったぞ。いったいどこから声を出したんだ?

 あまりのショックで言葉を失ったセシルはしばらくしてライアンに言った。

「…失礼だけど…あんな生物をコクピットに乗せるなんて、帝国ではありえない、聞いたこともないわ」

「惑星トレドには、進化したしゃべる生物がたくさんいる。近年彼らとの協力や交流を促進する法律が整備されてきてね。あの芋虫は昆虫型人類の幼虫だ。人権も認められている。麻薬犬の数百倍の精度で麻薬を嗅ぎあてる能力を持ち、宇宙空港で引っ張りだこになっている。異星人館という政府機関の所属でね、その移送業務を海千山千のキャプテンシーンがまとめて引き受けてるってわけだ…」

 セシルは説明を聞いてもぜんぜんピンとこなかった。昆虫型人類? どう見てもファンタジーの世界の登場人物みたいなものが、高速艇のコクピットに乗ってるなんて理解できなかった。

 少しずつ高度を落とし、多島海に降りて行く小型シャトル、だが、そこに警報音が入ってきた。どうやらキャプテンが侵入物体を見つけたようだった。敵の正体は何なのか? しばらく緊張の時間が流れて行った。

 やがてキャプテンの高速艇から画像が送られてきた。シルバーに光るステルス機が、エメラルドグリーンの海岸線を逃げ去り、双子火山の先に消えて行く画像だった。

「…すまん、まんまと逃げられちまった。だが、これであんたらも安心して着陸できるだろう。しかし、俺でも見たことのない機体だ。連邦のものじゃねえな。あとでこの画像を軍で分析してくれれば助かるんだけれどな」

「ありがとうキャプテン、いろいろ助かったよ」

 ライアンは礼を言うと、管制塔に連絡をとり、ルドガーたち2人の若い兵士を、第二基地へと導いた。セシルは初めて見る惑星トレドの海の青さに、ただ、ただ、心をわくわくさせていた…。

 基地にはセシルとルドガーの家族がサプライズで待っていた。風光明媚な海、白い浜辺で十一年ぶりに家族と感動の再会を果たした2人。でも休んでいるひまはなかった。

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