幸運を呼ぶ四つ葉のクローバー
緋原 悠
第1話
『通り魔十九人刺す』
昼休憩中、なにげなくスマートフォンを開くと、ニュースの見出しが目に飛び込んできた。スクールバスを待っていた小学生たちが、通り魔に襲われたのだという。未来ある幼い命を狙った犯行に怒りを覚えたものの、このときはそれ以外の特別な感情を抱くことはなかった。
夜、俺はその事件の詳細を知り、テレビの前で青ざめる。
小学生たちを狙った通り魔の犯人は、五十一歳の引きこもりの男性。中学校卒業後も定職につくことなく、長らく引きこもりをしていたすえの犯行だという。
「ねえ
俺がテレビを見て固まっていると、近くの丸テーブルで出席者へのメッセージを書いていた
「俺は事前に考えなくても、その場の雰囲気で話せるって」
「お願いだから、用意だけはしといてよ。当日もっといい言葉が浮かんだら、そっちを言えばいいだけなんだし。私側の主賓スピーチをお願いした足立部長、なにを話そうかすごく考えてくれているみたいなの。招く側の私たちが適当じゃだめだよ」
「……明日考える」
「達哉の明日はいったいいつ来るのよ。金曜になっても考えてなかったら、ひっぱたくからね」
真奈美は俺をひと
俺たちは次の日曜に結婚式を挙げる。午前中にホテルのチャペルで挙式し、そのまま披露宴も行う予定だ。披露宴への招待客は二百人に
真奈美は、結婚式を派手にやりたがった。俺は最初、結婚式を開くことにさえ乗り気になれなかったが、大学時代の友人に「結婚式は親と彼女のためにするもんだ。彼女のやりたいようにやらせてやれよ」と言われたことがきっかけで、腹をくくった。
招待客のテーブルに置かれる名札の裏に、真奈美は丁寧な文字で何行もメッセージを書いている。律儀にも、列席者全員に同じだけの長さのメッセージを書くのだという。ほとんど話したことのない親戚へのメッセージなんか、一言二言でいいだろ。と、本人の前で言ったら怒られた。
「人によってメッセージの長さを変えるのは失礼だよ。名札の裏に書いたメッセージが、本人以外の人に見えることだって十分あるわけでさ。そのとき、『私へのメッセージは少ないな』って少しでも嫌な思いはしてほしくないんだよ」
学生時代の親友に長いメッセージを書いていたとしても、親戚がそれを見て嫌な思いするわけないだろ、と思ったが、なにも言わなかった。真奈美のそういう変に真面目なところは嫌いじゃない。俺が招いた列席者に対しては「来てくれてありがとう」と全員に一律、短く書くだけにとどめた。
昨日透から届いたメッセージに返信していなかったことを思い出し、俺はスマートフォンを開く。
『体調悪いから、お兄ちゃんの結婚式に行けないかもしれない』
大勢の人がいる空間を、あいつが苦手に思っていることくらい、知っている。弟だから一応誘ったが、はなから来るだなんて思っていない。別に来なくてもいいよ、という思いで『無理するな。お大事に』と返信した。
こいつも、世間を恨み、無差別殺人を計画するようなことが、今後あるのだろうか。いや、透にかぎってそんなまさか。とは思うものの、完全には否定できない自分がいて、通り魔事件のニュースが俺の頭から離れなかった。
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