第192話 演者勇者とワンワン大進撃19
「フシュゥ……」
突然現れた竜。漆黒のそれは圧倒的オーラで、一瞬誰もが身動きを忘れてしまう。
「マジかー……」
レナはいつもの口調でその竜を見上げるが、心に緊張を持たせる。――さて、どうやって勇者君をシンディちゃんを守ろうかな。これは厳しいぞ。
「ど……どうだ! これがお前が馬鹿にした僕の金の力だ! 高かったんだぞこれは! エンシェントジェラックドラゴン! あいつらをやれ!」
「グルゥゥゥ……」
一方呼び出した張本人のトームの指示に竜は周囲を見渡す。現状をゆっくり確認する様に首を――ごつん。
「……グゥ?」
首を回している途中で天井にぶつかった。――いくら広いとはいえ部屋の中。竜には余りにも狭かった。
「ガァァァァァ!」
そしてその狭さが気に入らなかったか、部屋に響く竜の咆哮。その勢いに誰もが今度は耳を塞ぐ。部屋にも軋みが生まれ、ビキビキ、と崩れ始めた。
「っ! 確か……確か……あった! 「勇者の階段」!」
「勇者君ナイス!」
そして直ぐに十数秒後の未来を察したライトが急ぎ勇者グッツを漁り、一つに辿り着く。「勇者の階段」。一定までの地下から緊急時、地上に出る為に特殊な階段を作るグッツである。
「レナはシンディさんを頼む! ドライブはあの二人を!」
「長、それは――」
「言いたい事はわかる、でもそれじゃ駄目だ! 俺だって許しちゃいない、終わらせるなら、俺達の手でちゃんとした決着だ!」
「――わかった」
生まれる地上への不思議な階段。先導しないとゴールが作れない為にライトが先導、レナはシンディを支えながら、更にその周囲にシルバー達。そしてドライブが、
「来い。来ないならこの場であの竜の口目掛けて投げ飛ばす」
「ひいっ!」
トームと気絶しているゼルクを引っ張り、階段を駆け上がった。
「!? 兄者、どうした、何が起きてる!?」
「離れろ、皆屋敷から離れるんだ! フロウ、レナを手伝ってくれ! ドライブ、俺も手伝う!」
一方地上で一番出口に近かったフロウが直ぐに近付きライトを迎えに来る。直ぐにライトは声を出し敵味方関係なく退避を叫び、フロウにシンディを支えるレナを手伝って貰い、自分は二人抱えるドライブの援護に動く。
何とか全員脱出し、一定距離屋敷から離れると、
「ギャオオォォォォ!」
激しい咆哮と共に、強引に竜が庭に上がって来た。屋敷は半壊した。――庭の戦況は既に落ち着いていた。三人によって傭兵達はほぼ全滅。
「こちらのならず者の皆様は、ウォーミングアップだったんでしょうか」
「だろうな。通りで弱過ぎると思った」
その竜の姿に流石に驚きを隠せない地上側。サクラとフロウは皮肉めいた冗談を言いながらも竜を直ぐに警戒。
「おい、何をどうこねくり回したらこうなる?」
「あのお金持ちのお坊ちゃんをこねくり回したらこうなりました。ああ違うよマックさん、私じゃない、私もこねくり回したかったけど今回は私じゃない。というか多分マックさんが行ってもこねくり回してたって」
「わかったわかった、何となく状況は読めた」
溜め息混じりでマクラーレンもレナの説明で大よそを察する。
「さて。――竜よ、人語は解せないか。我々としても無意味な対峙はしたくはないんだが」
そしてマクラーレンは前に出て、竜に立ちはだかる。当然このまま戦えば大小あれど被害は出る。穏便に済ませられたら越した事はないと、自分一人が一度前に出た。
「……(にっ)」
「? 笑っ――」
「ガォォォォ!」
そのマクラーレンに対し、一瞬笑みの様な物を見せると、竜は再び激しい咆哮。
「ガァァァァァ!」
そして口を大きく開き、マクラーレンに向かって突貫を開始した。――攻撃だった。
「っ! ぬうぅぅぅぅぅ!」
勿論マクラーレンもそこで素直に噛まれるわけではない。直ぐに盾に魔力を展開、全力で竜の突貫とぶつかり合う。激しい衝撃波が辺りを走り、ライトなどそのまま吹き飛ばされそうになるのを必死に堪える。
「叔父さんっ!」
「シンディちゃん駄目、今は駄目、気持ちはわかるけど大人しくしてて」
「そうじゃないんです! あれは……あれは!」
そのままレナに庇われていたシンディがその光景を目にして動こうとするのをレナが喰い止める。その様子こそ見れてもその会話は竜の咆哮と衝突の衝撃波で周囲には聞こえない。
ズバァン!――大よそ盾と攻撃のぶつかり合いとは思えない音を出し、一旦竜とマクラーレンの間合いが衝撃と共に開く。
「攻撃してくるのでしたら、致し方ありませんね」
「そうだな。この場で兄者達に何かありました、では帰って店長に会わせる顔も無い」
その竜の左右から、サクラとフロウが攻撃を開始。
「長、俺も行く。レナ、長とシンディを頼む。シルバー、あいつらの処罰は長が下す、逃がさない様にだけしておいてくれ」
「わかった、頼む」
「はいよー」
「ウォン!……ガウゥゥゥゥ」
「ひぃ!」
更にドライブが両手を光らせ直し、薙刀を手に、突貫開始。――直後、シルバー達がトームが逃げないように睨みを利かせ始める。
「グゥゥゥゥ!」
その巨体には似つかぬ速度で竜は翼、首、尾を振り回し、三対一の接近戦に応戦。一級品の三人相手にまったく引けを取らない。
「さて竜よ。この俺の盾を無視して、その三人に集中出来るか?」
そこに体制を立て直したマクラーレンが更に参戦。竜から見たら小さな存在でも、その圧倒的存在感を再び醸し出し、竜も意識を割かざるを得ない。
「レナ、レナは竜って詳しいか?」
だがその激しい戦いに、ライトは一握りの違和感を覚える。
「別に詳しくはないよ。まあ一応一般的な知識と、軍人としての戦闘経験はあるけど」
「竜って、あんなに肉弾戦だけで戦う生き物なのか? もっとこう、ほら……ブレスを吐くとか空飛んでドーンとか」
「……ふむ」
言われてレナも気付く。――竜は、各々が使う武器攻撃に対し、爪や牙で相殺、尾や翼を振りかざし鋭い反撃。咆哮での威圧はするもののその口から直接攻撃する様な波動は出していない。地を蹴り突貫は見せてもその翼で空も飛ばない。
「仮説その一、ああ見えてまだ幼い、その辺りの使い方を知らない。仮説その二、そこのお坊ちゃんの召喚だから力が上手く扱えない。そして仮説その三、勇者君は今壮大に宜しくないフラグを建てた」
「え」
「フシュゥゥゥゥ……」
「あいつ、敢えてその辺りを温存して、今解放しようとしてる。――二人共、私の後ろに隠れて! 勇者君、シンディちゃんを絶対に離さないで!」
「ガァァァァァァァ!」
「シンディさん、俺に掴まって! ごめん、抱きしめる!」
レナの言葉には何よりも早く反応する様にライトは心がけている。直ぐにシンディを引き寄せ、庇いつつレナの後ろに。レナは魔法を展開、防御壁を作る。ほぼ同時に竜は、
「っ! 魔法陣! 三人、退避しろ! 俺が盾で引き受ける!」
自らの足下に大きな魔法陣を展開。一気に魔力を放出させ、自ら体をスピンさせ、激しい魔力の衝撃波を放つ。マクラーレンの言葉とその魔法陣の精密さに気付いたサクラ、フロウ、ドライブは距離を置く為に後退するが、
(チッ……範囲と威力が大きい……!)
竜を中心とした広範囲全体攻撃、マクラーレンの盾がどれだけ強固でも魔力で広げても全てには到底行き届かず、接近戦をしていたフロウ、サクラ、ドライブはダメージと共に大きく後退、距離があったレナもライトとシンディは守り切るも大きく後退、シルバー達は自分達を守るので精一杯、トームなど勢いのまま庭の端まで転がり吹き飛ばされる。――陣形が、完全に崩れた。
(屋敷の敷地外に出すわけにはいかない……街に行ったらやばい事になる!)
直後、一番次の判断が速かったのはライト。お馴染み勇者玉、信号弾を投げ、救援依頼。――ライト騎士団の残りメンバーにこの位置を知らせ、いち早く来て貰う為である。残り全員が揃えば戦局も変わる。
「(ふっ)」
「な――」
パァン!――だがライトの手から勇者玉が離れた瞬間、竜が炎のブレスを軽く一息。勇者玉は見事に破壊され、信号は上がらない。
「勇者君っ!」
「俺は大丈夫! でも、グッツももう簡単には使わせてくれそうにないな」
ブレスは正確で速かった。あの速さでマークされていたら手の施し様がない。……って、
(なんだこの竜は……!? ブレスが吐けるなら、俺ごと燃えるような攻撃をすればいいのに……何であんな精密に勇者玉だけ壊す……!?)
ライトは最もな疑問に辿り着いた。竜のブレスなど口一杯の炎のイメージだっただけに、まるで針を飛ばして遠くの風船を割るようなブレスだった。――さっきから、というより登場から、この竜は何か変だ。
「グゥ……グルゥゥゥゥ」
そんな考察などお構いなく、竜は辺りをキョロキョロ。マクラーレンも眼中に無く、次に視界に捉えたのは、
「ひぃぃぃ!」
庭の隅まで飛ばされたトームだった。木の陰に隠れていたのを竜は見つけ、翼に魔力を込めながら一歩一歩近付いて行く。
「レナ、俺の事はいい、彼を!」
「馬鹿言わないでよ、この状況下で君とシンディちゃんを放っておけるわけないでしょ!?」
「竜、お前の相手は俺だ!」
「私もいますよ、無視は良くないですね」
「その首ごと私の太刀で斬り落としてこちらを向かせてやろうか!」
「獅子も虎も飛べないが、それでも俺はお前に馬鹿にされるつもりはない」
急いで体制を立て直し、どうにか竜を喰い止めようとする面々。――だが。
「ガァァァァ!」
魔力を込めていた翼を竜が広げた瞬間、再び激しい衝撃波。威力こそ高くないが兎に角吹き飛ばす為の攻撃らしく、先程よりも更に陣形が崩れた。
「ひっ……ひいい! ぼぼぼぼ、僕はお前を召喚した主人だぞ! 止めろ、止まれぇ!」
そしてついに竜がトームを見下ろす形に。――万事休す。誰もがそれを頭に過ぎらせたその時だった。
「駄目! 絶対に、それをやったら駄目っ!」
トームを庇ったのは他でもない。シンディだった。衝撃の隙を見て走り、竜の前に立ちはだかる。
「シンディ、止せ、死ぬ気か!」
体制を立て直したマクラーレンが直ぐにシンディの元へ向かおうとするが――
「待って叔父さん! この子と話をさせて!」
そのマクラーレンを何故かシンディは制止。――竜と、話がしたいだって……!?
「私と話をしましょ? 貴方の望みは何?」
シンディは一歩、恐れずに竜に近付き、言葉を投げかける。
「貴方は誇り高き竜でしょう? トームは召喚者、その召喚した主人に手をかけたとなれば、貴方に負のレッテルがつく。ここに居る人達だけじゃない、もっと多くの人が、貴方を討伐対象として見る、ただの害悪モンスターとして見る。貴方はこの先、偉大なる存在じゃなくなってしまう。違うでしょ、貴方は気高き存在でしょ? なら、その手を止めて。私で良ければ、貴方の話をちゃんと聞いてあげられる」
シンディの言葉にライトもハッとする。――そうか、この竜は本気を出していないのは、何か目的があるからなのか。その目的さえわかれば、戦う必要性も無くなる。
竜の動きが止まる。竜とシンディの視線がぶつかる。――シンディを助けなければいけない。それは皆がわかっているのに、その不思議な光景に足が動かなかった。
「くく……はははははっ!」
そして沈黙を破ったのは竜だった。――高らかに、笑い出した。
「小娘、いい度胸をしとるのう! 妾に説教を垂れるとは!」
ぽふん。――軽い破裂音と共に竜を煙が包んだ。そして煙が晴れると、
「なら叶えて貰おうかのう。妾の望みを」
そこには、黒いドレスを身に纏った黒髪の美女が立っていたのだった。
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