第189話 演者勇者とワンワン大進撃16

「行くぞ! 必ずシンディを助け出す!」

 四頭の中のリーダーであるシルバーはそう雄叫びを上げ、先頭を走り出す。後に続く三頭と、ライト達。

「良かった。私達の意思、通じたみたいね」

 サブリーダーのレイがチラリ、と振り返りライト達の動きを確認。しっかりと自分達の後ろを付いて来ている。

 当然だが言語は通じない。この状況下、意思が通じなかったら何の意味もなかった。だが、シンディを助けたいという想いが見事に通じ、今に至った。

「でもよぅリーダー、わざわざ人間を呼ぶ必要あったのか? 俺達だけで助けに行った方が速かったんじゃねえの? こうしてる間にもシンディが」

「不吉な事言うなよシャン! 本当に何かあったらどうするんだよ!」

「だってよぅ」

「人間と僕らじゃ得意ジャンルが違うんだよ。お互いのメリットを生かして、確実に助けるんだよ」

「チルリーの言う通りだ。最悪俺達だけで動けば魔獣の暴走と受け取られてしまう可能性もある。そうならない為には、状況を理解してくれる人間、シンディの事を知っている人間が必要だ。この判断が最適だ。――集中しろ」

 リーダーであるシルバーにそう咎められ、シャンは言葉を失う。

「大丈夫、シンディが心配な事に皆違いはないわ。私達だって早く助けたいに決まってる。落ち着いて、目の前の事を頑張りましょう?」

 凹んだシャンをレイがフォロー。――何だかんだでチームワークの良い四頭である。

「それに、人間を連れてきたのにはもう一つ理由がある。――きな臭い」

「シルバー、きな臭いって……僕らにもわかるように説明してよ」

「想定外の奴と対峙しなくてはいけないかもしれない。――覚悟を決めておけ」

「!」

 そのシルバーの警告に、三人も一気に気が引き締まる。――シルバーは冗談でそんな事を言うタイプではない。何かを感じ取っているのだ。

「大丈夫だ、俺達は負けん。それに――」

「シルバー。お前達が何を喋っているか俺にはわからないが」

 割り込むように口を開いたのはドライブ。

「でも、お前達の想いはわかる。――助ける、必ず。お前達の大切な人間を傷付けさせない。お前達を悲しませたりはしない」

 そしてそう力強く、シルバーに告げる。シルバーは一瞬ドライブの方を振り返ると、

「感謝する。――シンディがお前と出会えて良かった」

 一言、お礼を言う。そして、

「わかるか。――この人間達はシンディと同じだ。信じていい。頼っていい」

 そう残りの三頭を鼓舞する。

「大丈夫、私も信じてるから」

「俺はよくわかんないけど、でも悪い匂いはしないから大丈夫だな!」

「頑張ろう!」

 こうして四頭を先頭にライト達は夜の街を突き進む。そして――



「シンディさん、君は、君だけは違う気がしてたのに」

 冷めきった目でトームがシンディを見る。そこには臆病で控え目な、シンディの知っているトームは居なかった。

「ちょっと可愛いからって直ぐそうやって僕を非難する。僕はただ、純粋に君に惹かれてたのに。これだから女は」

「トーム……貴方、一体……!?」

「ああ、もう手遅れだよ。君の本性を知ったから、もうどれだけ謝っても遅い。残念だったね、大人しく僕の物になっていれば僕名義で贅沢も何でも出来たのに。知らなかった? 僕、金持ちなんだよ。バイトで食いつないでいる底辺の君とは訳が違う。その僕の誘いを随分な言葉で断ってくれたね? もうちょっと社会勉強をした方がいいんじゃないかな」

 シンディは今まで決してトームが好きになった事は無かったが、それでもゼルク程苦手意識はなかった。どちらかと言えばゼルクに振り回されている何処か哀れなタイプとまで思っていた。

「もういいや。――ゼルク、あげるよ、この女」

「いいのか?」

「うん。僕はいらないから好きにしていいよ」

 だが実際は違った。根っ子にある力関係は寧ろ逆だった。――金の力で、ゼルクを支配していたのだ。

「へへっ、最近ご無沙汰だったんだ、まさかシンディで発散出来るとは思ってなかったぜ」

「っ」

 ニヤリ、と下品な笑顔を見せるゼルク。――何を言って、何をしようとしているのかは十分にわかった。

「トームはどうする? 見てるだけでいいのか?」

「君達二人の行為を見ても楽しくとも何ともないけど……でもそうだな、僕を馬鹿にしたんだ、シンディさんの悔しがる顔は見たいかな」

 ガタン、と椅子を持って来て、トームはシンディの表情が伺える位置に座る。シンディの目の前に、冷静に見下すトームの顔が。

「最低……!」

 手を出す、出さないの次元ではない。その行為は、その一言に尽きた。

「君に言われたくないなあ。僕を馬鹿にする最低な女の癖に。――ゼルク、最初だけは薬は使っちゃ駄目だよ。悔しいっていう想いを全面的に味わって貰わないといけないから。それが終わったら好きなだけ壊れるだけ使っていい」

 そう言うとトームはポケットから小袋を取り出し、ゼルクに投げ渡す。ゼルクが中身を取り出すと、その手には注射器が握られていた。

「そんな物にまで……!」

 どんな中身かはわからないが、この状況下、とても健全な品には見えなかった。

「そう言うなよ、気持ちいいんだぜこれ、普通にやるよりか遥かに。お前も直ぐにわかる。――夜は長い、じっくり楽しもうぜ」

 そんなシンディの想いを嘲笑う様に、ゼルクは自分の首にその注射を撃つ。撃ち終わった注射器をその辺に投げ捨てると、ベッドに縛られたままのシンディの腰の上辺りに馬乗りになり、シンディを見下げてくる。興奮を抑えきれないその表情は――恐怖。

(神様……! お助け下さい……! どうか……どうか……!)

 いつも心の中に居る「神様」に縋るように祈る。どうにもならない絶望を、その祈りだけでどうにか理性を保つ。

「何だよ、もっと嫌がれよ……泣いてもいいんだぜ……? 許して下さいって頼み込んでいいんだぜ!?」

 そしてその理性を削る様に、ゼルクの腕が動く。シンディの服の裾を掴み、ゆっくりとたくし上げていく。胸の下で一度止め、シンディの表情を確認すると、

「オラァ!」

「っ……!」

 一気に首元までたくし上げた。露わになる下着姿。恐怖が現実に染まる。

(ああ……私、頑張って来たつもりだったのにな……どうして……)

 間違って生きて来たとは思っていない。それでも、もしかしたらこれは「神の罰」なのかもしれない。自分は知らない所で何かしてしまったのかもしれない。そんなありもしない罪を受け入れて、諦めかけていた――その時だった。

「ワオオォォォーン!」

 その力強い遠吠えが、建物に響いた。



「ここ……か……!?」

 シルバーに案内され、走って辿り着いたのは大きな屋敷であった。夜も更けているが所々でまだ明かりが点いており、屋敷の大きさもしっかり見て取れた。

「うーわ、これもうちょっとした金持ち個人の家とかのレベルじゃないじゃん。うおお……の家だよ多分。ややこしくなりそう」

「貴族とかのカテゴリーを俺の口癖で表現するなよ!?」

 結果、そのレナの感想が生まれる。誘拐、拉致されたのなら隠れ家の様な所を想像していただけに、予想外のシルエットだったのだ。

 貴族。当然、それなりの地位を持つ称号。例えばこれでここにシンディが居ない場合、もしくは居ても発見出来なかった場合、ハインハウルス軍、そしてライトの地位は非常に危うい物になる。

「ですが……動く人の気配が多いです。この時間に、流石にここまで多く人が必要でしょうか」

 サクラが冷静な目で中を見る。――その姿はフラワーガーデンで見たサクラとも、ドライブとシンディの後をつけていたサクラとも別人の、「剣士」の目をしたサクラであった。

「しかも一般人の気配じゃないな。明らかに戦闘用の人間の気配の方が多い。――気配駄々洩れは見苦しいがな」

 フロウが補足する。左手でそっと鞘を握り、明らかに戦闘モードに入っていた。

「長、どうする。シルバー達を信じるなら目的地はここだ。指示をくれたらいつでも行く」

 そしてドライブの最終確認。ライトは決断を迫られる。仲間を待つべきか、それともヨゼルドに正式な許可を得るべきか。

「行こう。強引にでも踏み込む」

 でも一瞬の迷いを振り切り、その判断は直ぐに出来た。

「勇者君大丈夫? 下手に動くと勇者君のせいになっちゃうよ?」

「迷ってる時間はない、何かあってからじゃ遅い。それに――貴族だからどうとか、レナは絶対嫌だろ?」

 その言葉を告げられ、レナは苦笑。

「言ってくれるじゃん」

「何となく。俺の知ってるレナは、俺の信頼するレナは、そういう奴だから」

 肩書が嫌い。肩書に囚われない。肩書があるから許されるなんてあり得ない。――そういう信念を、今までも何度も見てきた。

「じゃあ隠さないで言うよ。――ここが相手の本丸なら、捻り潰したい」

「うん。なら、シンディさんを助けて、捻り潰そう。――あ、でも俺の護衛も頼む」

「オーケー。勇者君指示の突撃だからね、君の事もちゃんと守る」

 二人は自然と拳を出し、こつん、と軽くぶつけ合った。一瞬だけ感じるその温もりが、頼もしい。

「マクラーレンさん。俺達、行きます」

 そして、最後の一人に意思を伝える。

「元々俺達が預かった案件ですし、勿論決定的な証拠がない。なのでマクラーレンさんに無理はさせられません。城に戻って報告でも、ここで待機でも俺からは何も。……出来れば、止めないでは欲しいです」

 不参加なら兎も角、立ち塞がれたら困る。――だがそんなライトの想いを見て、マクラーレンは軽く笑う。

「お前は何か勘違いしているな」

「勘違い……ですか?」

「ああ。――この場で一番の権限があるのは俺だ。だから、責任は俺が持つ。――全員で突入だ」

 そう言うと、誰よりも前に立ち、その屋敷を見据えた。――参戦の意思、そして全責任の保持を表明。

「マックさんらしくないじゃん。もっと確実な方法選ぶと思いましたけど」

「そうでもない。全ての選択肢、可能性を吟味した上で、味方を守れる道を選んだだけだ。――俺の参戦は不満か?」

「まさか。ありがたい以外の何物でもないでしょ。責任まで持ってくれて。――勇者君まで、守ってくれて」

 ああそうか、この人は、俺の立場も守ろうとしてくれているんだ。王妃様に近い自分なら、かなりの権限があるから。――大きなその背中その存在感が、余計に頼もしくライトには見えた。

「こんな夜更けに、どちら様でしょう?」

 と、流石に異変に気付いたか、使用人らしき人物がやって来て門越しそう尋ねて来た。

「我々はハインハウルス軍。緊急の人物捜索中だ、中に入れて貰いたい」

 対するのはマクラーレン。更に一歩前に出て、ハッキリと意思表示をする。

「旦那様はあいにく留守でございます、許可なしに軍の方を入れるわけには……明日まで待って頂けますか」

「待てん。緊急と言ったはずだ」

「ですが、当屋敷な厳重なセキュリティも敷かれておりますし、部外者が入れるはずもございません。応対は致します、ですので明日改めて」

 使用人も一歩も退かない。――退けない、という立場なのかもしれない。

「成程、確かに立派なだけでなく、魔力による防御層も敷かれてる、厳重な門だ」

 だがそんな使用人の顔色を無視し、マクラーレンは確かめる様にその門の取手を握る。

「ふんっ!」

 バキッ、ガシャン!

「なっ……なあああ!?」

 驚きの余り謎の言葉を発する使用人。――マクラーレンは、そのまま取手ごと門を破壊してしまった。……って、

「なあ、フロウ、俺よくわからないんだけど、あの門が厳重ってのは嘘なのかな?」

「いや、私が感じる限りでもそれなりのセキュリティが敷かれていたな。少なくとも片手で握って破壊出来る品物じゃない。――兄者、私達が想像しているよりも、あの男は強いぞ」

 ライト、フロウ、ドライブ、サクラが呆気に取られる中、レナが楽しそうに笑う。

「あーあ、マックさんを怒らせた。大人しく応じれば良かったのに。この人は怒ると怖いぞー」

「ひ、ひいっ! おい、誰か、誰か来い!」

 使用人が逃げるように報告に走る。――入口は、出来た。

「行くぞ!」

 そしてそのマクラーレンの号令で、ライト達は屋敷の敷地内に雪崩れ込むのであった。

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