第99話 演者勇者と学園七不思議7

「どんな先生が来るんだろうなー」

「ねー、楽しみ」

 ケン・サヴァール学園、某クラス。これからこのクラスに初めて、勇者の騎士団から臨時特別講師が授業にやって来る。勿論生徒は噂で持ち切りである。

「王女様が転入したってクラス、羨ましいよ」

「何か超絶美人の先生も来たらしい」

「え、私が聞いた話だと物凄い武闘派な先生で訓練所でしごかれたって」

「あれ? 俺が聞いた話だと聖女だったって」

「違うクラスに同時に来たのかな?」

 同じクラスで同一人物なのはご愛敬である。――と、近付く足音。

「あ、来るみたいだぞ」

 さて一体どんな先生が来るのか。期待のボルテージが高まる中、ガラッ、と引き戸を開けて入ってくるのは、

(マジか……こう来るのか……!)

(何あの仮面……!? 何者……!?)

(で、でも何だか、ああいうのってある意味勇者様の騎士団の仲間っぽいな!)

 仮面の魔導士、ニロフである。いつもの事だが、何も知らない初対面の人からすれば、ニロフの仮面はインパクト絶大である。そのままニロフは教壇に上がり、ゆっくりとクラス全員を見渡し、

「君達、何故扉に黒板消し落下の悪戯を仕込んでおかないのですか!」

 ズバン、と飛んでもない事を言い出した。――え、何、黒板消し?

「我は知っているのですぞ、新任の先生には洗礼としてそういう虐めを用意してあると! 我はそれを華麗に回避して片手で黒板消しをキャッチ、何事も無かったように元の場所に戻し、「これが君達の挨拶ですか、いいでしょう」とバチバチのライバル関係の様な火花を君達と飛ばし合う準備をして来たというのに!」

 熱弁するニロフに、呆気に取られる生徒達。――何を言ってるんだこの仮面は。何だその固定概念に捕らわれた古臭い戦い。

「まあ良いでしょう。――改めまして、皆さん初めまして。我の名はニロフと申します。勇者様の騎士団で魔導士として在籍、今回、臨時特別講師として、皆さんに魔法に関して少し授業が出来たらと思っております。どうぞ宜しく」

 真面目で落ち着いた挨拶に切り替わったので、教室の空気も普通の物になり、パチパチ、と拍手でクラスはニロフを歓迎する。

「先生ー、どうして先生は仮面を付けてるんですか?」

 と、そこでクラスのお調子者で怖いもの知らずがそんな質問を飛ばす。――基本、ニロフの仮面はやはり触れ辛い独特の雰囲気を持っている。初対面なら尚更。おい、お前早速そこ突っ込むのかよ、という空気がクラスに流れる。

「ふむ。……まあ、当然でしょうなあ。この仮面、気にするなという方が無理があるというもの。この仮面、そして仮面の奥には、我の大きな、公表出来ない過去が隠されております。この仮面を外した時、君達は我を見る目が一気に変わってしまうでしょう」

 真面目なトーンでニロフは語る。不思議な空気に、流石のお調子者もそれ以上は突っ込めなくなる。

「だがしかし、今日は教師として、君達と真摯に向き合うつもりで参りました。なので特別に、この仮面を外してお見せしたいと思います」

「!?」

 そしてクラスが一気に緊張に包まれる。何だかあの仮面の奥は見てはいけない、そんな気が生徒達はしてくる。だがニロフはゆっくりと手を仮面へと運び、躊躇いなく仮面を外した。その先には何と!

「フフフ」

 もう一枚、同じ仮面がしてあった。――えええ、というツッコミを心の中でする生徒達。

「ああ、嘘は申しておりませんぞ。公表出来ない大きな過去があるのは事実ですし、皆さんこの仮面を外して我を見る目が一気に変わったでしょう」

 そりゃある意味変わったよ、というツッコミを以下省略。

「まあ、この仮面の事はお気になさらず。我はこういう存在、そう思って下され。それでは、講義を始めていきましょう」

 こうして、色々な意味で生徒の心を掴んだニロフの授業が始まるのであった。



「昨日は昨日でやばいと思ったけど、今日は今日で、これはこれで凄いな……」

 本日もケン・サヴァール学園に出向中のライト、その護衛に付くレナ。昼休みの午後の中庭に二人の視界に入って来たのは、

「先生、上手ーい!」

「プロみたい!」

「いやいや、我のは独学ですからな、レパートリーも多くありませぬし」

 ギターで弾き語りをするニロフに、集まる十数人の生徒達。

「私の記憶が確かなら、ニロフは魔法を教えに来たと思ってたけど、音楽だったっけ?」

「俺の記憶でもそうだよ……」

 要は、わずか一日で生徒の心を掴み、慕われ、今休み時間にこうして交流を深めているのだろう。――何でも出来るとは思ってたけどギターまで弾くのかニロフは……

「おや、ライト殿にレナ殿」

 二人に気付いたニロフが声を掛けてきたので、ライト達も素直に近付いてみる事に。

「お疲れ。随分と仲良くなったみたいだな」

「生徒達が皆、素直な子達ばかりだからですぞ。我の功績ではありません。――皆、こちら勇者ライト殿と、護衛のレナ殿」

「わー、護衛のお姉さん美人!」

「勇者様も……うーんと……勇者様っぽい!」

「…………」

 ライトだけ褒め言葉が曖昧だった。勢いに流されただけだった。――俺、まだまだ演技力足りないな。本格的に勉強した方がいいのかな。

「ねえニロフ先生、先生の仮面ってもっと予備あるの? 一枚欲しいなー、研究会の部屋に飾りたいの!」

 その発言にライトはおや、と思った。彼女は昨日、エカテリスにパンフレットを渡しに来た生徒の一人――オカルト研究会の三人の内の一人だった。

「ふむ、確かに予備はまだありますが、これはこれで大事な友人に作って貰った物ですからなあ」

 ニロフの仮面はサラフォンとの合作である。流石のニロフも迷う様子。――すると。

「貴女達、いつまでそこで遊んでるのかしら! もう直ぐ次の授業よ!」

「あ、委員長」

 偶々通りかかったのか、そう厳しく注意してくる女生徒が。委員長、と呼ばれる辺り、クラスの学級委員か。

「まったく、新しい先生だからって浮かれて……」

「いいじゃん、休み時間なんだからー」

「そう言っていつも次の授業の準備に遅れるじゃない! もう直ぐ試験だと言うのに、たるんでるわ!」

 良く言えば真面目、悪く言えば堅物と言った所か、委員長の注意で若干空気が悪くなる。――肝心のニロフはどうするのかな、と思って見て見れば、

「イイっ!」

 ビシッ、と委員長を指差し、急に絶賛し出した。――え?

「ツンデレクラス委員長、我が求めていた学園物に必要な要素の一つです! 最初はいがみ合ってたツンデレも、折り合う内に次第に関係が解れ、いつしか彼女は……! そして我は……!」

 そのまま謎の空想快感に溺れるニロフ。何処で仕入れた知識かはわからないが、ニロフの学園生活は誰よりも夢一杯であった。

「と……兎に角、真面目に授業を受けて貰わないと困るわ! いいわね!」

「はい!」

 呆気に取られつつ注意を促してその場を去る委員長に嬉しそうにニロフが返事をした。――生徒じゃなくてニロフが返事をしてどうする。

「オホン。――さて、彼女の言う事も最もです。次の授業は我が受け持つわけではありませぬ故、皆さんは教室に戻って下さい」

「はーい」

 その促しに生徒達も素直に従い、その場は解散となる。教室へと戻って行くが、

「ニロフ先生、もし次の試験、点数良かったら仮面頂戴!」

 オカルト研究会の女の子が振り向いて、ニロフにもう一度おねだり。

「はは、良いでしょう、そこまで言うのなら立派な成績を残して下され。そしたら仮面を一枚、差し上げますぞ」

「やったー! 約束だからね!」

 嬉しそうな笑顔を残し、オカルト研究会の女子は改めて教室へと戻って行った。

「楽しそうで何よりだけど、仮面あげる約束なんてしちゃって良かったのか?」

「一枚程度なら。あんなに欲しがってくれると、駄目とも言えませぬ。サラフォン殿にはちゃんと説明と謝罪をしておきましょう」

 実際、孤独の時間を知るニロフとしては、大勢に慕われるというのは嬉しいのだろう。事情を知るライトとしても、そう思うとそれ以上は意見を言うのは止めた。

「にしても、試験って何するんだろうな? 普通の筆記テストかな?」

「いえ、学園の私有地を使った、実地試験ですよ」

 と、ライトの疑問に不意に明後日の方向から回答する声が。声のした方を見て見れば、

「げっ」

 いち早く反応するレナ。――シイヤだった。

「こんにちは、勇者様、レナさん、それから……ニロフさん、でしたっけ?」

「合ってますぞ」

「私ハ別人デス」

「流石にそれは無理があ……ええ……」

 無理があるだろ、と言いかけながらライトはレナの方を見て見れば、ニロフの予備の仮面を装着したレナがいたり。――いつの間に。

「ははは、レナさんは面白い。ますます興味が沸く」

 そして逆効果というか、その程度じゃ怯まないシイヤがいたり。

「ますます嫌だ……仮面女子興味深いとか……鞭とかで叩かれたいんだ……」

「そういう意味合いじゃないと思うよ俺は!?」

 多分だけど。

「えーっと、それで、私有地での実地試験とは?」

「校舎裏手に広い森林が広がっているのですが、そこが学園の私有地でして、モンスターとの戦闘を想定した試験を行うんですよ。実際に学園側で管理しているモンスターと教師管理の下、戦って貰うんです。個々の能力、チームでの連携力等、そこで生徒の色々な物を見るんです」

「成程……」

 試験を把握すると同時に、学園の更なる広さにライトは驚く。――学園の建造物がある箇所の敷地も広いのに、あの裏手の森林も学園の敷地だったのか。

「今回の試験を統治するのは自分なんですが……そうだ、勇者様もレナさんも当日一緒に見ませんか? 私の近くが一番よく把握出来ると思います」

「あ、えーと」

 普通なら(演者)勇者として承諾すべきなのだが、トン、トン、と背中をこっそりと叩かれる感覚。――当然レナである。シイヤと一緒に見学ということはそれだけずっとシイヤと一緒に居なければならないというわけで。明らかに何とかしろアピールだろう。

(回避出来るなら、多少の事は我慢してやれる?)

(仕方ないからやるよ……エッチな事は内容次第で)

(何でそれを俺が求めてるみたいな感じで聞いてくるの!?)

 以上、アイコンタクトでのライトとレナの会話である。――俺、特殊能力に目覚めたんだろうか、と思わないこともなかったり。まあそれは兎も角。

「シイヤ先生、良かったらデモンストレーションで、俺達もその試験、参加しましょうか?」

 ライトが咄嗟に思い付いた案はそれだった。――手本として、一緒に試験に参加する。そうすれば、シイヤの近くで見学する必要性はないし、何よりレナは勿論、他の仲間達の実力は生徒達にとって良い刺激になるだろう。そう思ったのだ。

「成程……面白いですね、提案してみます」

 こうして、ライト騎士団……と言うよりもレナはシイヤとの接近を回避する代わりに、学園での実地試験に手本として参加する事になるのだった。

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