第11話 演者勇者と聖戦士3
「来る……来るぜ、獲物共が……! さあ、とっとと姿を見せなぁ! 叩き潰してやるよ!」
笑い声の後、響き渡る怒声。ライトに一気に緊張が走る。突然坑道に響き渡る声、勿論普通ではない。
(もしかして……レベルの高い魔族がいるのか……!?)
魔族は普通のモンスターと違い、レベルも高くなると人語を使ってくるという話をライトは聞いたことがあった。確かに、そんなものが住み着いていたとなれば、今までとは違う坑道になってしまうのも頷けるかもしれない。
周囲を見渡しても、今の所モンスターの姿はない。左右を見れば、マークは冷静な面持ちのままで、
「ふー、始まっちゃったかー」
レナは特に緊張してなかった。――って緊張しないのかよこれでも!
「レナ、これ大丈夫なのか!? というか剣すら抜いてない!」
よく見れば腕を腰に当てて立っているだけ。
「レナさん、ライトさんの緊張が高まるから剣位は抜いておいて下さいよ……」
「だって大丈夫でしょ」
「いや念の為ですから」
その会話からするに、マークもそこまで緊張していない。――何でだ!? 喋る坑道ってもしかして珍しくないのか!? 俺も話しかけた方がいいのか!?
「っ、そうだソフィは!?」
ハッとしてソフィを見ると、前方で身構えたまま。少しだけ肩をプルプル震わせているように見えた。そしてそのソフィの背中越しに、
「グオォォォ……」
ついにモンスターの集団が見え始めた。ゆっくりと確実にこちらに近付いてくる。そして、
「っしゃああ! ぶった切るぜぇ!」
その怒声と共に、ソフィがモンスターに切り掛かって行った。――って、
「大変だ、ソフィから例の謎の声が出てる!」
その怒声は、最初の笑い声、次の挑発の声と同じ物だった。
「これやばいんじゃないのか!? ソフィが何かに憑りつかれてたりしたら!」
「大丈夫だよ勇者君、あれソフィの声だから」
「えっ?」
「最初の笑い声も、次の挑発も、全部ソフィの声。だから問題ないよ」
「……どういうこと?」
「ソフィは戦闘狂なの。戦闘になると、性格変わっちゃうんだよねー」
「そうだったのか……」
だったら、今までの流れにも納得――
「出来るかい! 変わり過ぎだよあれ! 別人じゃん!」
視線の先では、ソフィが恍惚とした表情で両刃斧を振り回し、敵を縦横無尽に切り伏せる姿が。合間合間に「ハッハッハァ!」とか「オラオラァ!」といった怒声も聞こえてくる。――最後の確認で、ライトはチラッとマークを見ると、
「まあその……はい」
否定してくれなかった。ライトはついその場でガックリと膝をついてしまう。出会って数日で積み上げたソフィの清楚なイメージが、音を立てて崩れていった。――おかしい。俺が出会ったソフィは女神や天使と見間違えるオーラだったのに、今や蛮族の戦闘兵のオーラしか見えない。
「わーお、勇者君ショック受けてるぅ。ピュアだねえ」
「いやでも、気持ちはわかりますよ……あれは最初はショックですって」
そんな間にも、圧倒的速度でソフィはモンスターを撃破。あっと言う間に視界にモンスターはゼロとなった。
「お疲れー」
「ああ? もう終わりかよ、疲れるかこんなんでよ! まさかこの程度の為に呼ばれたんじゃねえだろうな」
「いえ、ソフィさんの狂人化(バーサーク)が解けていないので、まだ奥にいると思いますよ」
「あー成程ね、本能で感じちゃってるわけだ」
「アタシが基準だか何だか知らねえけど、まだいるんなら何で出てこねえんだよ?」
「それはあれだよ、ソフィの気迫に怯えてるんでしょ。モンスターだって今のソフィ見たら怯えるっての」
「チッ、面倒臭えな、チマチマ戦うのは好きじゃねえんだよ……あ」
と、そこでソフィの視線がライト――未だ現実と認められず、膝をついてボーっとしていた――を捉える。そして、
「え? え、え、ちょ、え!?」
ガシッ、と首根っこを掴むと、ライトを引きずりながら前進し始めた。
「待って待って何々、痛い痛い! 何が起きてる!?」
「アタシの気迫で出てこないなら、一番弱い奴でおびき寄せればいいだけだろ。お前囮になれ」
「そんな無情な!? 危ないって、俺戦えないって!」
「お前がやられる前にアタシが倒せば問題ないだろ」
「普通に! 普通にやればいいだけでは!? 想定外の事も起きるかもしれないし!」
「そん時はそん時な。その防具なら死にはしないだろ」
「逆に言えば痛い目を見る可能性は大いにあるパターン! ソフィ聞いてくれ、俺も止むを得ない場合は頑張るけど、普通に避けられる事案なら避けて通りたいわけで!」
「ああもうゴチャゴチャ五月蠅えな、兎に角行くぞ」
ズルズルズル。
「いやあああ! レナ、助けてくれ! 君は俺の護衛だろ!?」
「いやー、味方から守ってくれって頼まれてもねぇ」
それからの事は、簡単に説明すると以下の通り。
「ぎゃああああ!」
ソフィに放り投げられて響き渡るライトの悲鳴!
「オラァ! ぶった切れられたい奴からかかってきな!」
そのライトを餌にモンスターをおびき寄せ戦うソフィの怒声!
「頑張れー」
声も心にも響かないレナの声援!
「ひいいいいい!」
「温い温い! もっとだ、もっと来なよ! アタシは全然本気じゃないよ!」
「ファイトー」
それが坑道内の奥地に進むまで繰り返されたのだった。そして……
「これで恐らく全ての道を通ったと思います」
ちゃんと調査という仕事を全うしていたマークの一言。
「確かにソフィさんが戦う様子を見る限りでは、若干強めのモンスターだった気もしますが、坑道自体に異変らしい異変はないですね。原因はもっと調べてみないとわかりませんが、ひとまずここまで撃退すれば生き残っているモンスターがいたとしても当分の間外に出る余裕はないでしょう」
「それでは、今日の所は帰還して、今後の事を宿で話し合いましょうか」
「お、ソフィの狂人化(バーサーク)が切れたってことは、モンスターは確かにいなさそうだね」
レナの指摘通り、ソフィの口調は元に戻っており、即ち戦闘の気配がなくなったということでもあった。――ソフィとしても、指摘されて初めて元に戻ったことに気付いた。
「やっぱり性格変わってたんですね、私……普通に倒していたつもりだったんですけど……」
「大丈夫よ今更驚かないから。寧ろ私は楽が出来て有難い」
レナの正直な言葉もあまり届いておらず、ソフィは何か考え込む姿を見せる。
「何にせよ、一旦帰ろうよ。ここであれこれ話してても仕方ないし」
「そうですね、帰還しましょう。――あれ? ライトさんは?」
と、そこでソフィは先程からライトの気配が見当たらない事に気付いた。――レナとマークは溜め息。
「勇者君なら、ソフィの足下にいるよ」
「え?」
視線を動かしてみると、そこにはライトの抜け殻――ではなく、散々ソフィに投げられ囮にされ、魂が抜けてしまったライトが横たわっていた。
「きゃあっ! ライトさん、どうしたんですか!? 一体何が!?」
「うーわ……ソフィさ、そこの記憶はないの……?」
「誰がこんな事を!? もしかして、これが今回の騒動の原因の一因に繋がっている……!? ライトさん、しっかりして下さい! どうして、私がついていながらこんな事に……! ライトさーん!」
「本当に、申し訳ありませんでした!」
宿に戻り、ライトの意識が戻り――土下座の勢いでライトに謝罪するソフィがいた。
当初こそソフィは思い出せなかったものの、まったく記憶が途切れるわけではなく、一生懸命記憶を掘り起こした結果、自分のやった事全てを思い出し、ライトへの謝罪に到っていた。
「いや……もういい、大丈夫です……気にしないで……」
意識が戻ったライトとしても最早どうしていいかわからなかった。今目の前にいるソフィは、確かに最初に出会った清楚なソフィ。しかし今目の前のソフィが何処までソフィでソフィじゃなくてでもあれもソフィであって――と、思考はぐるぐる混乱。
「大丈夫じゃないです! いくら狂人化(バーサーク)の私だったとはいえ、私が酷い事をしたということに違いはないです……何でも言ってください、お詫びに何でもしますから!」
「な、何でも」
バシッ!
「痛っ!」
「弱みに付け込むのは感心しないぞー」
「まだ何も考える暇もない間に君に叩かれたよ!」
ちなみに部屋には、ライトとソフィの他にレナが。今のソフィが何を言い出すかわからない心配があるのかもしれない。
「まあでも、驚いたよ……前からなの?」
「はい……説明した、武器を持つ切欠の出来事から」
最初からか。
「最初は私も気付きませんでした。でも、戦いが終わる度に周囲の様子が余所余所しくて、思い切って訊ねてみたら。――どれだけ頑張っても、コントロールも出来なくて。記憶は残るみたいで、先程みたいに意識して思い出そうと思えば何をしていたかは思い出せるんですけど、でもそれ以上は」
「そっか……」
チラリと表情を確認すると、悲しそうな悔しそうな表情。実際にコントロールする為に苦労して、でも未だにコントロール出来なくて……という想いが汲み取れた。
「私は気にしなくていいと思うんだけどねー。敵を倒すのポジションなんだから、戦闘向けにチェンジするのは悪くないでしょ。しかも効果は抜群ときてるし。その調子でバンバン倒してくれた方が何かと私は楽だしさ」
「お前を楽させる為に戦ってるんじゃねえんだよ! アタシだって悩んでるんだ。確かに戦ってる瞬間は楽しくて仕方ないさ。でも戻った時に考えちまうんだよ、どっちがホントのアタシなのかとか」
「どっちが本当のソフィか、ね……狂人化(バーサーク)のあんたでも悩んでるんだねえ」
「人を能無しみたいに言いやがって……平気で言ってくんのお前位だぞ」
「媚び売られるよりいいでしょ。……ってあれ?」
「? 何かアタシの事でまだあんのか?」
「ちょっと待った。ねえソフィ、あんた何で今、ここで狂人化(バーサーク)してる?」
「あ?」「え?」
ライトもそしてソフィ本人もレナの指摘で気付いた。ソフィの口調が、変わっている。確かにあの坑道での口調と声にいつの間にかなっていた。――ガタッ!
「ああもうめんどいなぁ!」「チッ!」
「え? ちょ、二人とも!?」
そしてその指摘に気付いた直後、レナとソフィは各々の武器を持ち、部屋を飛び出す。ライトは急いで追いかける。
「二人とも、どうしたんだよ!? 急に――」
「わからないの? おかしいんだよ」
「え?」
「いい? ソフィが狂人化(バーサーク)するって事は、一定範囲内に一定以上の戦いの気配を感じたから。その気配が大きければ大きい程、距離が離れていてもソフィは狂人化(バーサーク)し易い。私達がこの町に帰る道中、この町に入ってから宿に入るまでの間、そんな気配は少なくとも感じなかったのに。それはつまり」
「今この町に、何かが起きようとしている……?」
「そう。――流石に確認しないと」
「うわあああああ!」
レナのその言葉と、外から男の悲鳴が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。そして――
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