第4話


「その金の指輪はどこに? おまえの指には見えないが」


 アクシャイが話し終えると、商人は飛びかからんばかりに訊ねた。なるほどアクシャイの華奢な指にはどんな装飾品もなかった。聖火ドゥニを焚いて、そこに心を定めていくというのが、アクシャイの宗派の大切な修行のひとつであったから、この夜も、小さな炎がちらつくのをじっと二人は見つめていた。


「指輪は、師匠が貧しい人々の毛布と食べ物に替えてしまわれました」


「なんだと! 馬鹿げたことを」自分のものでもあるまいに恨めしそうにドゥルーブは舌打ちした。アクシャイは枯れ枝を足して、ほっそりとした火を守っている。


「師は呪文や何かを唱えられたのか?」

「いいえ、ただ眠っておられました」

「では、それは特別な術ではないのだな。師の糞便そのものに物を金に変える力があるということになる」


「おそらくは――」アクシャイは首を振る。


「なぁ、小僧。師の聖なる糞便をどうにかして手に入れられぬだろうか?」


「そうくると思ってました」少年は赤々と火に照らされた、うんざり顔を上げた。


「礼はしよう」声をひそめて、上目遣いになって商人は囁く。


「物を黄金に変えられるものがあるなら、いまさらあなたから、どんな見返りを求めることがありましょうか。その気になれば、どんな富も思いのまま。ならば、富しか持たないあなたが我々に与えられるモノなどない」 


 師の世話をしているうちにどんどん歳に似合わない大人びた口調を身に着けてしまったアクシャイだった。ここでもぐうの音もでない正論で商人をひとたび黙らせた。


 じゃあ、じゃあ、と商人は舌に鞭打って、ふたたび提案する。


「我が家に滞在願えないだろうか。聖者を招けば、類まれなる恩恵を授かることができよう」

「それは信仰においてのことです」


 聖者をたらふく食わせて、便所からその排泄物をかすめ取ろうというのだろう。見え透いた目論みだった。明敏な少年には通用しない。何より師はひとつの場所に留まることをひどく嫌う。行者サドゥは水や雲のように流れるべきである。 


「一度の晩餐に与るならともかく、大地を褥とする師があなたの家に逗留することはありません」

「おまえでは話にならん。明日になったら聖者に頼もう」


 この機を逃してなるものかとドゥルーブは食い下がった。一度眼を離せば、見失って再びまみえることのない金ヅルを逃がすまい。そんな決死の意気込みである。


「ご勝手に」アクシャイは呆れて、商人を突き放す。

 

「今日は儂もここで夜を明かそう」


 風もないのに聖なる炎が揺らめいた。

 天の河は「天のガンジス」と呼ばれるがごとく、ふたつの大流は鏡写しとなった天地の番いである。こんな澄み渡った夜には星々が虚空の風に吹かれて砂のごとくにさらさらと鳴る音が聞こえてきそうだ。幾筋かの流れ星が中天を駆ける。ぼんやりと炎を眺めているうちに商人はあっという間に眠り込んで、ガチョウになる夢を見た。

 朝になり眼を覚ますと、聖者とその弟子はすっかりと姿を消していた。



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