第九話 何者なんだ

 翌朝、村の集会所にて、世話役衆の緊急会合が行われた。ドーズにもたらされた、国境警備隊壊滅の報を受けてのことである。

 ドーズも同席してのその会議に並んだ世話役や面々は、いずれも苦虫を噛み潰したような顔つきである。国境警備隊が全滅したということは、国境より2日の距離しかない、この村に敵襲があるのも時間の問題と考えるのが自然だろう。王都には知らせを出したが、救援が間に合うかどうか。

 そして、この村にはいま、1人しか武人はいない。言わずと知れた、ドーズだ。それは、救援が来るまでの間、この村の難局を乗り切る術は、ドーズ1人の肩に託された、ということでもあった。


「しかし、ドーズ大尉。その報は本当に、事実なのかね」

「隊員が命を賭けてまで届けた報です。間違いはありますまい」

 ドーズは答えた。というか、そうとしか答えようが無かった。全滅の報が信じられないのは、ドーズとて同じである。寧ろ、ともに訓練をし、日々国境警備に当たっていた同僚全てが死に絶えた、ということを1番信じたくないのは、ドーズその人であった。


「しかし、水攻めで全滅するとは……」

「昔からの言い伝えにも、あの荒地に、そのような水量を有する水脈があるという記録はないぞ」

「いったい、どういうことなのだ」

 そう口々に呟く村人の困惑は頂点に達していた。そのなかでただひとり、ドーズは冷静さを保ってその場にあったが、内心のところはドーズとて動揺は同じである。軍人として長年訓練された、感情の制御がかろうじて効いているだけのことである。


「とにかく、ドーズ大尉。こうなって仕舞えば、君はもう部隊に帰ることもできない」

「はい、この村に留まって、善処を尽くすのが私の仕事かと存じております」

 ドーズは淡々とした口調で自らの決意を述べた。

「善処か……。しかし、大尉、君ひとりで何ができるかだな……」

「最善を尽くします」


 ドーズには最早それしか答えようがない。とりあえず、村の要所にある見張り台に人をたやさぬこと、女子どもを一か所に纏める準備を進めること、村の成人男性とドーズは常に臨戦体制でいることなどを決めて、ひとまず一同は解散した。


 グャーシャは小さな村である。村人たちにも国境の異変についての噂が駆け回るにさほど時間は掛からず、その日の昼過ぎには、既に村全体に不穏な雰囲気が漂っていた。フナーラの宿屋も、例外ではない。ドーズが村の会合から帰ってくるのを認めるや、フナーラの子どもたちが外に飛び出し、ドーズの周りに集まってくる。

「ドーズのおじさん、ハエラの奴らが攻めてくるって本当?」

「ねえ、奴らはすぐに来るの?」

「ハエラ軍って強いの?」

 今にも泣き出さんばかりの子どもたちに、ドーズは些か不自然ながらも、精一杯の笑顔で微笑んでみせた。

「大丈夫。いずれ都から援軍が来る。それまでは、おじさんがお前たちのことを守るよ」

 自分すら信じていないことを、大っぴらに子どもたちに告げるドーズの胸中は複雑極まりない。だが、子どもたちの目から、不安の色がわずかながら消えたのを見て、ドーズはひとまずほっとした。そして、自室に置いてきた剣を取りに行かねばと思い立ち、宿屋のなかに入ったドーズを迎えたのは、ザキナであった。


 ドーズはザキナに声をかけようと、その顔に視線を移した。が、意外にも、その表情は笑ってこそいなかったが穏やかな顔つきだ。緑色の瞳にも、不安の影は澱んでいない。

「おかえりなさいませ、ドーズ大尉」

「……ああ、ザキナ、よく眠れたか?」

「はい、おかげさまで」

 まったく不自然なく、日常の会話を交わすザキナに、ドーズはかえって違和感を覚え、つい、こう問いたださずにはいられなかった。

「……敵襲があるやもしれぬ話は聞いているんだろう?」

「はい、聞きました」

「……お前は怖くはないのか?」

 すると、ザキナは素気なく、短く答えてみせる。

「ええ」

 ドーズには、ザキナが虚勢を張っているようには見えなかったが、畳み掛けるように再び問うた。

「……死ぬかもしれないんだぞ」

「だから?」

 ドーズは確信した。この娘は心底から今回の敵襲を恐れていない。彼の心中では急激に、目前に立っている、緑色の瞳と栗色の髪の娘への恐れが、湧き上がりつつあった。

 ……この娘は、いったい?


 そして、渦巻く恐れから、何も口に出せずに宿屋の入り口に立ち尽くすドーズに向けて、ザキナは最後の一打を言い放った。

「……!」

 しばしの沈黙の後、ザキナが何を告げようとしてるかを悟った彼は、いつのまにか震えつつある唇を広げ、ゆっくりと、目の前の娘を質す。

「ザキナ……お前はいったい何者だ?」

 だが、ドーズはその答えを耳にすることはできなかった。その語尾に重なるように、突如激しく打ち鳴らされた鐘の音と、村人の叫び声がドーズの耳をつんざいたのだ。

「敵襲だ!!」

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