第26話 泳ぐなかで
太平洋は、名前のとおり平和だった。
生き物もたくさんいると思っていたけど、案外少ない。
仁堂くんが言うには、そもそもあまりに深いし、陸からの栄養も流れてこないからだって。
それはそうかもねー。
海水は澄んで、遠くまで見える。
生き物の群れに会わなければ、視界はどこまでも広く青い。
でも漂流物でもあれば、いきなりそこはたくさんの命が泳ぐ楽園に見える。
そして、現実は、食い合って生き延びる厳しい弱肉強食の場。
それを見上げながら、仁堂くんと私は泳ぐ。
外洋のどこまでもの広さは、私たちをとても小さいものに感じさせた。
そこで、私は初めて仁堂くん以外の同族、クラーケンを見た。
会ったと言わないのは理由がある。
感情を浮かべない目、いや、それでもその目は、酷薄さだけは持っていたかもしれない。
話しかけても返事はない。
巨大な、でも単なるイカ。
身体は同じかもしれない。でも、明らかに違う存在。
一瞬で終わってしまった、同族と会えたという喜び。
穏田先輩の孤独、私は初めて本当に理解した。
あの人も、どれほどの孤独とぬか喜びを繰り返す中で、私たちに会ったのだろう?
私を欲しいと言った切実な思い、痛いほどわかったよ。
同時に、仁堂くんと会えたということが本当に奇跡なのだということも思い知った。
神様って、本当にいるのかもしれないね。
− − − − − − − −
ハワイが近づいてきた。
海水の風味が変わる。
久しぶりに、人間の生活の匂いが混じっている。
懐かしさと同時に、自分がもう人間ではないと思い知らされた気がする。
なぜなら、その匂いを海水に交じる夾雑物と感じたからだ。
「仁堂くん……」
「ああ、着くな、あおり」
「私、おかしい。
そして怖い。自分が人でなくなっていく気がする」
「大丈夫だよ」
そう言って、仁堂くん、私をその長い腕で抱く。
「あおり、近海の重油臭い魚より、外洋の魚の方が美味しかったろ?
それは人間だった時だって、同じように感じたはずだよ」
「それはそうか……」
仁堂くん、優しい。
問題をあやふやにしてくれた。
うん、仁堂くんの言うとおりだと信じよう。
− − − − − − − −
「おい、仁堂、それが嫁さんか?」
ふいに掛けられる声。
きょろきょろする私に、仁堂くんが腕を差し伸ばしてくれた。
そこにはウミガメの姿が。
私たちに比べればちっぽけだけど、人の体よりも大きなウミガメって凄いよね。
穏田先輩もだけど、骨のある身体を持つ巨大な生き物って、独特の迫力があるよ。
「あおり、
実は、先輩にお願いしたことがあってね」
「なにを?」
「サプライズさぁ」
答えたのは長田先輩。
さぷらいず?
なんだろな、一体全体?
ちょとぉ、わくわくするよ!
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