『九頭龍一鬼(誰)の語彙ノオト』創作用辞書

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)

はじめに

 プロの小説家の語彙が壊滅的です。

 輓近の芥川賞受賞作を漁撈していると、どうにも、此方が破家にされている感慨に憑依されざるをえません。幼稚園児でも読めそうな言葉だけで、初歩的な修辞法をこねくりまわせば、名文と鑽仰されるようです。積木の楼閣で饗宴をもよおしているようなものです。曩時、斉藤美奈子か豊崎由美か失念いたしましたが、某評論家が『巷間でお客様を破家にして成立している職業は小説家くらいだ』抔とおっしゃっていました。さもありなんです。幼稚園のお遊戯を鑑賞するのに数千円をはらっているようなものです。積木の楼閣ばかりではなく、たまには、巍峨たる宮殿もみてみたいのです。


 数年前、超有名文藝雑誌の新人賞選評において、自称IQ160という芥川賞作家である銓衡委員が、アマチュア作家による一篇の最終候補作にたいして、『難読語がおおすぎる。「鞠躬如」なんてだれが読めるんだ』というように悲憤慷慨し、結句、くだんの作品が落選するという事態が発生しました。読者諸賢。喫驚しないでください。現代の芥川賞作家は『きっきゅうじょ』が読めないのです。亦、某文章読本で、例文にしようとした文章に、『羸弱』という言葉があったために、『「えいじゃく」などという言葉は辞書にのっていないので例文にするのをあきらめた』と説明した小説家の存在も記憶しております。此方は『るいじゃく』が読めないのです。『輸羸』の『羸』に『弱』なので『えいじゃく』だと勘違いしたのでしょう。


『1984年』のなかに『ニュースピークは世界中で唯一、毎年語彙が減っている言語だと識っているか。最終的には、ひとつの言葉だけが残るようになる。党を崇拝するための言葉だけがだ』というような意味合いの台詞があったはずです。逆説的にですが、『1984年』からは嚮後、『ニュースピーク』や『ダブルシンク』抔の造語が新語として英英辞典に記載されることになりました。畢竟、『1984年』という小説そのものが、英語のニュースピーク化を壅塞阻止するかたちになったのです。


 曩時、某評論家が『現代においてニュースピークのような単純な洗脳方法は通用しない』というように標榜していたと記憶しておりますが、残念ながら、輓近の日本語の語彙体系はニュースピーク化しているといわざるをえません。


 今回は、各語に語義を添付するのが難儀なので、愚生の語彙ノートから二十分の一程度の重要単語を品隲して収録いたしました。判断基準は、汎用性のたかいことです。基本的に、『広辞苑 第五版』だけを出典とし、『日本国語大辞典』級の難読語は黜陟いたしませんでした。理由は、愚生の匱乏のために、いまだに『広辞苑 第五版』を片手に文章を書いているからです。亦、『瀲灔』『巍峨』『靉靆』『鬱勃』抔、明治文學から昭和文學で一般的につかわれていた語彙は、此処に臚列するまでもないと判断し、擯斥いたしました。そのうえで、読者諸賢の御作にすぐさま援用できるような言葉をえらんだつもりです。


 もし、未知の単語がございましたら、諸賢の文章に挿入すると、表現が華やかになるようにぞんじあげます。前述した物理的な問題から、愚生の語彙ノート全文を引用することはできませんでしたが、これを好機に、日本語の豊饒さに蠱惑された読者様がいらっしゃいましたら、どうか、御自身でも浩瀚の辞書をひもといて、オリジナルな語彙ノートをつくる愉楽に耽溺していただけたらとぞんじあげます。


 とまれかくまれ、現代の日本語の状況は、前述のとおり壊滅的です。日本語を読めないプロが日本語を書けないプロを任免黜陟しつづけてできあがったのが現代の文壇です。最早、我我アマチュア作家のちからで、ネット文藝の世界から日本語を復興しなければならないくらいに澆季混濁の様相をていしています。恁麼のためにも、愚生の寡少な語彙ノートが御役にたてればとぞんじあげます。


 愚生と志をともにして、アマチュア文藝から日本語の復興に尽力せんというかたを冀求します。犹、斯様な範疇の語彙は幼稚園レベルだという読者諸賢は、『所詮アマチュアのなかのアマチュアにすぎないな』と愚生を破家にする氣氛で御笑覧ください。

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