これまでのこと、これからのこと。

サクヤ

短編 これまでのこと、これからのこと。

 俺はタクマ。歳は20代中盤、顔や仕事、あらゆるものが普通だった。いや、精神に至ってはむしろ悪そのものだ。


 なにせ高校卒業まで妹のユキへDVを行っていたからだ。


 今でこそ後悔しているが、あの時はそれが当たり前だと思ってたんだ。


 いつ頃始まったとかもわからない。親からは「年上には絶対服従だ」と言われて育ってきた。

 その言葉には言葉以上の意味が込めてあった。それは一族の歴史であり、風習だった。


 妹を叩いたり、お菓子を奪ったり、それはもう酷いことをしてきたものだ。妹には反抗の意思や表情さえも許されなかった。


 本家はそこそこお金持ちで、盆休みに親族で集まったら数え切れないほどの人間が集まる。

 うちの家は分家だけど、本家のしきたりを忠実に守って生きてきた。


 その結果、妹を何度泣かしたことだろうか。


 だけど、大きくなるにつれてそれが過ちだとわかるようになった。過ちに気付いて実際にそれを正したのは高校3年……あまりにも遅すぎた。


 妹に将来の夢を聞くと「大学に行って、キャリアウーマンになりたいです」と答えた。


 初めて兄らしいことをしようと思った。


 敬語をやめさせて、出来る限りタメ口で話すように頼んだ。時間はかかったが、少しずつ打ち解けてきた。


 親に妹の進学のことを相談した。かつては金持ちだった我が家も、今はカードローンの返済に追われる日々だからだ。


「ごめん、そんな余裕無いわ。あの子には就職してもらわないと……」


「じゃあ、俺が就職して給料のほとんどを使ったらどうにかならないか?」


「それならなんとかなるけど、ゲームクリエイターの夢はどうするの?」


「諦めるよ、どうせ才能なかったし」


「あんた、変わったわね……」


 こうして夢を諦めることで、妹の夢を叶える架け橋となった。


 一足先に社会人となった俺は、ある事件により絶望した。


 高校3年から付き合い始めた初めての彼女が、男と腕を組んで歩いていたのだ。お互いに就職して、それでもずっと大好きでいようねって誓い合ったのに……。


 まだ初任給ももらってない俺では、高校生のようなデートしかできない。隣の男は服も高そうだし、髪だって高いヘアサロンでカットしたに違いない。


 その日の彼女は"歓迎会"とやらに行くと言っていた。恐らくそこで先輩に口説かれたのだろう……。


 大人に魅力に落ちてしまったというわけだ。


 絶望した。涙が溢れないように上を向いて走って帰った。


「あ……たっくん! どうかしたんですか?」


 家に帰った俺を待っていたのは、妹のユキだった。風呂上がりで髪を乾かしている最中のようだ。ちなみにユキは俺のことを"たっくん"と呼ぶ。これだけは過去にどれだけ"命令"しても直らなかった。


 結局その一点においては一族も折れてしまったのだ。




 顔を見られたくなかった俺は2階に逃げようとする。


 ──ガシッ!


 ユキに腕を掴まれていた。


「たっくん、辛いことあった? 良かったら話してください」


 優しい言葉をかけられて、俺は決壊した。年上なのにみっともなく妹の胸で泣いた。

 俺の泣いた数百倍も彼女は泣いたのに、それでも抱き締めてくれた。


 気付くと、妹の部屋で抱き合って寝ていた。


 隣で眠る彼女の顔を見て俺は驚く。ユキ自身も涙を流していたのだ。


 起こさないようにそっと出て、布団をかけ直す。


「ユキ、ありがとう。そしてごめんな」


 感謝と謝罪を口にして部屋をあとにした。



 それからの俺はとにかく妹に尽くした。ユキが大学を卒業するまでひたすら働いた。

 ユキも少しずつ心を開いてくれて、たまにイタズラされることもある。


 そんなユキだったが、就職した辺りから元気がなくなってきた。ユキの部屋から泣き声が聞こえてくる……。


 俺は妹の部屋に突撃した。


 スーツ姿で座り込み、ローテーブルに突っ伏して泣いていたのだ。

 理由を問い質すと、どうやら会社でイジメに近いことをされているとのことだった。


 ユキは大学時代、グループで提出する論文を1人で書いていた。他の面子は合コンやら飲み会で全てユキに任せていた。


 家での影響で他人の言いなりだったのだ。だけど俺が変わるのを見て、ユキも会社では不正を許さない委員長タイプで仕事をしていた。


 だけどそれは会社においては悪手だ。どんな会社にも職務怠慢は少なからずあるもので、それを徹底追求していたユキは出る杭を打たれることとなった。


 恩返し、罪滅ぼし、とにかく色んな感情がごちゃ混ぜとなって、気付いたらユキを慰めていた。

 はだけた服にお互い頬を染めつつも、温かさを求めて更に抱き合った。


「お兄様、明日休みだから遊びに行きませんか?」


 ユキは頼み事がある時は"お兄様"と呼ぶようになった。


「ああ、構わないよ。なんだったら、好きな物を買ってやろう」


 やっと普通の兄妹になれた。ユキも買い物で元気になった。だけどやっぱり普通じゃなかった。


 ユキは相変わらず委員長のまま、俺はブラック企業でひたすら働く。どちらかが傷付いたら慰める。そんな共依存関係が確立してしまった。


「俺のこと、恨んでないのか?」


「……わかりません。辛かったし、泣いたけど、それでもたっくんを恨めなかったよ」


「あんなことはもうしないよ」


「ありがとうございます。えへへ、感謝するのも変でしたね。でも……どちらかというと、社会に出てからのが辛かったかな」


 それについては同感だ。社会は学生時代と違って強力な圧力を加えられる。価値観を押し付けられる、馴染めなければ淘汰される、学生時代とはストレスの度合いが違いすぎる。


 誰にでも自分を癒す術の1つくらいある。それがたまたま"共依存"だっただけだ。


 お互いに好きな人ができるかもしれない、その時にようやく俺達は、それぞれの足で進むことができることだろう。


 これから先のことなんてわからない。


「たっくん、DM着てますよ?」


「知ってる、後で返すよ」


 だけど今はこのままの関係でいたい、そう思うんだ。



 end.

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