月の無い夜の歌声に

テーマ:月光



 深夜二時頃に聞こえてきた、囁くように響く優しい歌声。

 アパートの窓を開けると、すぐ近くから聴こえているのが分かった。

 向かいの部屋は、音大生の子が住んでるんだっけ。


 曇ってて顔は見えないけど、綺麗な歌声だ。

 けどなんでこんな時間に歌ってるんだろうか。


「ねぇ、なんで歌ってるの?」

「うわっ!? え、なんですか!?」

「叫んじゃダメだよ。さすがに近所迷惑になっちゃうからさ」

「あ……そうですね、ごめんなさい」


 謝られてしまった。素直な子だな。


「えっと……今日、歌唱のテストがあるんです。それが不安で……」

「ふぅん? 歌、上手いと思うけど」


 原曲は知らないけど、儚くて綺麗な歌声だったと思う。

 どこか艶めいていて、つい聞き惚れてしまうような、そんな歌だ。


「ありがとうございます……?」

「いや、聞かれても困るけどさ」


 何か面白いな、この子。顔もロクに見えないけど。


「ね、続き歌ってよ。聞きたいな」

「えぇと……では」


 控えめな歌声が響く。

 あぁ、綺麗な歌声だな。

 まるで弦楽器のように、心に染み入ってくる音。


 これだけ上手く歌えるのに、何が不安なんだろう。


「……ご清聴、ありがとうございました」

「こちらこそ、素敵な時間でした。また歌ってくれないかな?」

「え、あの……はい。時間が合えば」

「こっちはいつも暇だからさ。好きな時に歌ってよ」


 どうせ一日暇してるし。普段は話す相手もいないしなー。


「ふふ。分かりました」

「楽しみに待ってるよ」

「はい、ありがとうございます」


 不意に、雲が途切れ、月光が街を照らし出す。

 その拍子に見えた彼女の顔は、声に似合う美しさだった。

 あぁ、しまった。油断したな。


「……え?」


 月灯りがボクを見て、彼女は呆然と呟いた。

 違うな。正確には、、かな?


「あれ、だって、今話してたのに……?」


 うん、そうだね。珍しくボクの声が聞こえる人だったから、つい話し込んじゃった。


「また聞かせてね」


 ボクの言葉が月光の中に消えていった。

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