陛下!攻撃してください!

 良く晴れた空。風はない。細長く高い岩が乱立するエリアで大乱闘が始まった。


 皇帝コレカラキメルノとエイクはお互い巧みな剣術で競り合っている。

 右、左、右と相手に合わせ、しっかりと剣先を動かしていく。

 ただ、お互いに相手の様子を伺っているようで、全くその剣先が相手の方に進んでいく気配はない。右に左に動いているだけだ。

 目は真剣だ。迷いはない。だが剣先は動いている。迷いがあるようだ。


 臣下ボールはそれなりに踏ん張っている。こう見えても剣術は得意としている。かつてこども剣術全国大会に出場したこともある。本人はたまたまだと謙遜しているが。

 とはいえ、さきほども岩から飛び出てきた兵士を返り討ちにしてきたところだ。

 8の字に剣を振り回し、相手をけん制し、相手の足を引っ掛けて転ばし、刺す。

 なんとかなった。運がよかっただけだろうが。本人は実力だと自負しているが。


 総督ゴルボルも負けじと腕を振り回す。鋼鉄の肉体から放たれるアッパーはとてつもない衝撃だ。一発で相手のあごを粉砕してしまう。周りの兵士たちは恐れおののいて後ずさりする。彼はそんな兵士の一人に大きな足音を立てながら近づいていく。

 相手の剣をもぎ取りどっかに投げてしまうと、おもむろに相手につかみかかり、持ち上げる。そのままその場で回転を始めると今度は周りからやってきた兵士たちにむかって持ち上げた兵士を投げつけるのだ。兵士たちはボウリングのピンのようにバタバタと倒れていく。


 皇帝とエイクは競り合っている。

「なかなかやるじゃないか」

「そちらこそ」

 皇帝は汗を拭った。まだ一回も攻撃していない。

 エイクは髪をかき上げた。まだ一回も攻撃していない。

「それにしてもおたくのところにまだ留まっている者たちは随分無理な戦いを

 しているようで」

 ちょうどボールが岩の間を駆けていくところだった。後ろから大量の兵士が追いかけていく。

「やられるのも時間の問題だろうね?皇帝くん」

 エイクが剣を振り上げようとした瞬間、皇帝の視線がこちらに戻った。

 慌てて剣を降ろす。

「ほっほっほほ……。そんな子供だましに引っかかるとでも思っていたのかね?

 余はただ肩書が皇帝になっただけではないぞ」

 剣を持つ手を震わせながら皇帝が歯を見せる。

「うぬぬ……。なら正々堂々蹴散らしてくれよう!」

 エイクが横から剣を繰り出そうとした、皇帝も横から繰り出そうとした。

 両者剣を引っ込める――。

「まさか皇帝くん。ビビってるんじゃないだろうね?」

「そんな訳はない。そんな訳はない。策略じゃ。策略。」

 皇帝は汗を拭った。エイクはさっきよりもくしゃくしゃっと髪をかき上げた。


 岩場の合間合間から注ぐ日差しが弱くなってきた。夕暮れが近づいているのかもしれない。風も吹いてきた。

「見ろ、あれを」

 ゴルボルが大量のアリに食われる甘いものみたいになっていた。兵士10人ぐらいで体を岩と岩の間に押さえつけられてめった刺しにされている。見ていられない。

「フハハハハハ、無様な姿だなあ。君もまもなくあんな哀れな姿になるんだなあ」

 エイクが笑顔のまま剣を振りかぶった。皇帝はノールックで左手に剣を持ち替え、剣を受け止めた。

「それはどうかな?あれを見てみなさい。」

 皇帝が空いていた右手で指を指した。ボールが後ろに敵の追っ手がいるままゴルボルの元にやってきた。だがゴルボルにまとわりつく兵士たちはその存在に気付かない。ボールはそっと忍び寄り――。

「えいやっ」

 次々と兵士の首を跳ねていく。重しがなくなったことでゴルボルは起き上がった。

 あんなめった刺しにされていたのに生きている。そのまままとわりついている兵士たちを両手につかんで投げつけた。投げつけた先はさっきボールを追いかけていた兵士たちだ!ストライク!

「なに!ボクの優秀な兵士たちが!」

「すきやり!」

 再び二人の剣がぶつかり合った。そしてまた引っ込める。全然戦いが進まない。


 少しづつ陽が落ちてきている。ここは岩だけでなく木々も生えそろっているので、かなり薄暗くなってきている。風も強くなってきた。木々が風に吹かれて揺れている。

 ふとエイクが笑いだした。いつでも微笑んでいるのだが。

「何がおかしい?」

「そろそろ来るかな?」

「お待たせ―」どこからともなく声がした。どちらかというと上の方からだろうか?皇帝が空を見上げると暴風が吹き荒れた。立っていられない。思わず剣を地面につき刺して握りしめる。

 遠くの空から黒い物体が現れた。いや、人影か?まさか?

 その人影らしきものは空を飛んでいるというよりは流されているような感じだった。なぜならその人影から甲高い悲鳴が聞こえてきたからである。

「キャー、イヤー、キャー」

 甲高い人影は徐々にこちらに近づいてきた。その場の兵士たちは身構える。

 エイクだけが笑っている。

 それにしても物凄い強風だ。人影が近づくたび風が強まっている。人影がだいぶ近づいた。皇帝は目を丸くした。女だ。ぶつかる!


 その瞬間、皇帝は吹き飛ばされた。遠く遠く吹き飛ばされた。天高く吹き飛ばされた。地面が相当遠いところにあるのがわかった。高いところが苦手な皇帝は目をつぶった。

 余は死ぬのだろうか――。ここまでか……。

 今までの戦いが頭をよぎった。

 キメルノの民よ。すまぬな……。


 皇帝は意識を失った。

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