第34話 月刊癒しマッサージ2
西神田が後片付けまで終えて部室に戻ると、なんだか妙な雰囲気に包まれていた。
「あれ、何かあったんですか?」
『ナ、ナンデモナイヨー』
部員一同がぎこちなく首を横に振る。
いや、本当に何もないならいいんだけどね?
「涼葉もお疲れ様、今日もありがとう。くずはさんも来てたんだね」
「うん弟くん、ちょっとした雑用の帰りだよ」
「兄さんもお疲れ様でした。ところで涼葉は、今日はお先に失礼します」
「そうなの?」
どうしたのかと西神田が目線で問うと。
「いえ、大したことではありません。緊急で書店に寄らなければいけない用事ができましたので」
「了解。なら涼葉の癒しマッサージは、家に帰ってからでいいよね?」
「……もちろんです」
ぽっと頬を赤らめて部室を出た涼葉に、部員一同確信した。
涼葉は今日にでも、月刊癒しマッサージの内容を完璧かつ詳細に実践するつもりのようだ。
このクソッタレめ、クソ羨ましすぎるぜ。
「ねえ弟くん、今日はお姉ちゃんと一緒に帰ろうか?」
「え、でもこれから癒しマッサージが」
「いいよ、終わるまで待ってるから。……お姉ちゃん、いろいろ弟くんに聞きたいことがあるからね?」
「? うん、分かったよ」
どんなことを聞きたいのか野球部員たちには丸わかりだった。
終わったらスマホに連絡ちょうだい、と言い残してくずはも部室を出て行く。
「じゃあみなさん疲れてるし、早く癒しマッサージを──」
「あ、あのっ!」
腰を突き出すような格好で『月刊癒しマッサージ』を男子マネージャーに手渡したのは、くずは信奉者の部員の一人。
「マネージャーは、こういう癒しマッサージとか、したことありますかっ!?」
「え? ……あー、うん、まあその……ね?」
いくら西神田でも、妹を毎日お風呂で膝のせ抱っこ癒しマッサージしています、などとと言うのは恥ずかしかった。
とはいえ、上手く言葉を濁して誤魔化したつもりなのは本人だけで、それで騙される部員などこの場に一人もいない。
『…………』
「あ、あの?」
『…………』
マネージャーの反応にさっきの涼葉の反応。
それを合わせて考えれば、間違えようもなかった。
クッソ、マジお風呂膝のせ抱っこで癒しマッサージかよクッソ。
そりゃマネージャーにお風呂で癒されまくって揉まれて育てば、あたしだってあれくらい超絶美少女で乳もドチャクソでかくなるっつーの。
──部員たちの心は一つになった。嫉妬の炎で。
「え、えっと……?」
ヘンな雰囲気を察した西神田が、若干顔を引きつらせながら提案する。
「それじゃ今日は、それっぽい癒しマッサージでやってみます?」
『ええええええっ!?』
「もちろんお風呂シチュはできないけど、膝のせ抱っこ癒しマッサージくらいなら……もちろんやりたい人がいればですけどね?」
『是非ともお願いしますッッッッッ!!』
部員一同、男子マネージャーに感謝の涙を流しながら最敬礼した。
あまりの食いつきぶりに西神田がちょっと引きながら、
「じゃ、じゃあ希望者は、一列にぼくの前に並んでくださいね?」
ザザザッ、と軍隊もかくやという素早い動きで整列する。
一番の栄冠を勝ち取った部員は、雑誌を差し出したくずはの信奉者こと三年レフト猫梅若菜だった。
雑誌を渡したままの位置にいたのでポジション取りが良かったことが勝因だ。
「じゃあ、ぼくの膝の上に座ってくださ──」
「失礼しまっす!」
言い終わるまで待つこともできず、男子マネージャーに背を向けて膝上に座った瞬間、猫梅若菜の顔が盛大ににやけた。
男子特有のゴツゴツした膝の感触。
その奥にちょっと感じる、なにとは言わない突起物的なサムシング。
コレキマシタワー。
「猫梅先輩……今日も練習、お疲れ様です」
「はううんっ」
不意打ちにもほどがあった。
いきなり力強く右手で抱きしめられて、しかも左手では頭を優しくナデナデされた猫梅若菜は。
ただそれだけで、全身から力が抜けて茹で蛸みたいにフニャフニャになった。
けれど男マネは止まらない。背中越しなので様子が確認しづらいのだ。
「──らめっ。そこらめっ。気持ち良すぎてしんじゃうかりゃっ!」
「癒しマッサージで死んだ人はいませんよ、先輩」
「それ絶対に嘘らよおおっっ!」
西神田には、妹の涼葉以外への背後マッサージの経験がほぼ皆無だった。
すなわち後ろからのマッサージでは、無意識に涼葉が基準になっていた。
なので普段、野球部員相手に無意識に手加減している脳内ストッパーが、かなりの部分で外れていた。
その結果、癒しマッサージの威力はいつもの軽く数百倍に達していた。
そのうえ膝のせ抱っこシチュ、しかも予想外である頭ナデナデにプラスして、ずり落ち防止の力強い抱きしめまで加わったのだ。耐えられるはずもない。
「……あ、あれ……? みんなどうしたんですか……?」
マネージャーが気付いたときには部員全員、精神がぶっ壊れる寸前まで癒されまくっていたのだった。
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