第26話「キッド」

「武器を捨てて。両手をあげて、ゆっくりと振り向きなさい。あなたを逮捕します」

「逮捕、だぁ? 」


 レナの命令に従い、その宙賊は武器を捨て、両手を頭の上まであげてゆっくりと振り返ったものの、その口元には嘲笑(あざわら)う様な笑みを浮かべている。


「おいおい、ジョーダンだろ、若い姉ちゃんと、子供じゃねぇか」

「安心しなさい。銃はどちらも本物で、扱い方も心得ているから。妙な動きをしたら、その時は1発で心臓を撃ち抜いてあげる」


 レナが不敵に微笑み返すと、その宙賊は「ケッ」と言いながら唾を床に吐き捨てた。

 ウィルが毎日毎日、丁寧に磨き上げていた床が汚される。


「威勢はいいがな、姉ちゃん。俺を逮捕したところで、どうするって言うんだ? こんな辺鄙(へんぴ)な惑星だ、俺たちマレフィクス宙賊団に逆らえるような力は当局には無い。逆らえば、ソラからの艦砲射撃で街ごと焼き払うだけのことだ。どうせ、姉ちゃんが俺を当局に突き出したって、すぐに解放されるのがオチってもんさ」

「ふん。よくしゃべる口ね」


 レナは宙賊の言葉を鼻で笑うと、懐から手錠を取り出し、1歩、宙賊に向かって進み出た。


「どうなるかは、とりあえず、あなたを捕まえてから、じっくりと見物させてもらうわ」


 だが、宙賊は余裕の笑みを崩さない。


「ハッ! できるもんなら、やってみな! 」


 レナとウィルに向けて、いくつもの銃口が突きつけられたのは、その時だった。


 どうやら家の中に入り込んでいた宙賊は目の前の1人だけではなかったらしい。


「お、お姉さん、どうする!? 」


 レナの言いつけを守って背後を警戒していたウィルだったが、物陰から同時に5人もの宙賊たちが現れて銃口を突きつけてきたために、どうすることもできずに悲鳴のような声をあげた。


(……しくじったわ)


 レナは、こんなことなら撃っておけば良かったと後悔しつつ、ウィルに向かって「勝ち目はないわ。降参しましょ」と言うしかなかった。


「へっ、なかなか素直じゃねぇか」


 レナに銃口を突きつけられていた宙賊は、大人しく武器を捨てて両手をあげたレナに下卑(げび)た視線を送りながら、自身が捨てた銃を拾いなおすと、レナに向かって銃口を突きつけた。

 それから、実に楽しそうに口笛を吹く。


「へぇ、姉さん、大した美人じゃねぇか! こりゃ、売っちまうより、俺たちの船団で「飼って」やった方がいいかもなぁ! へへへ、かわいがり甲斐がありそうだぜ」


 宙賊たちは、一斉に下品な笑い声をあげた。


 その笑い声に囲まれながら、レナは悔しさで下唇を噛む。


「おいおい、お前ら、俺を探しにこんな辺境まで来たんじゃなかったのかよ」


 そう言いながら現れたのは、アウスだった。


 アウスは階段の上から、レナとウィル、6人の宙賊たちを見下ろしながら、リボルバータイプの拳銃を構え、不敵な笑みを浮かべている。


「じーちゃん……」


 そのアウスの姿に、ウィルは、半ば呆然としながら呟いていた。


 それは、ウィルが知るアウスの姿ではなかった。

 早撃ちの練習の際に見せた、優れたガンマンとしての顔でもない。


 冷酷な、殺人鬼の表情だった。


 アウスは、笑っている。

 それは、弾丸と弾丸が飛び交う、生と死を賭けた戦いの空気を、楽しんでいる。

 そんな顔だった。


 そこには、安楽椅子でぼんやりと、夕陽の様なサンセットの空を眺めていた老人の姿は無かった。


 アウスが現れたことで、宙賊たちは怯(ひる)んだ様だった。

 無言のまま、じりじりとアウスから距離を取り、その銃口も、レナとウィルではなく、アウスの方へと向けられている。


 その場には、6人の宙賊たちがいた。

 だが、農場に侵入してきたとき、宙賊たちは20人もいた。


 それが、たったの6人だけ。

 この騒ぎを聞きつけて誰もやって来ないということは、すでに14人の宙賊が倒されているということになる。


 レナがその内の2人を倒しているが、ウィルはまだ人を撃った様子が無かったから、アウスによって12人の宙賊が葬られたことになる。


 そこにあったのは、年老いて弱り果てた老人の姿ではなかった。

 この宇宙に伝説となって知られている無法者、無数の罪を犯した宙賊である「キッド」だった。


 だが、そのキッドの冷酷な視線の中には、まだアウスが残っている様だった。

 キッドは宙賊たちと同じ様に自分を見つめているレナに向かって目配せをし、似合わないウインクをして見せる。


「お嬢ちゃん! 」


 そしてレナは、アウスがそう叫んだ瞬間、まだ呆然としていたウィルに向かって飛びかかり、彼を押し倒していた。

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