第18話「呼び出し」
朝食のメニューは、薄切りにしてフライパンで焼いたベーコン、目玉焼き、それに薄切りにしたパンと、コーヒーだった。
ウィルが言っていた通り簡単なものだったが、その焼き加減はレナが希望したとおりに出来上がっていて、文句のつけ様がないほどだった。
朝食の間、3人は楽しくおしゃべりをしながらすごした。
食事中におしゃべりするというのはマナー違反とされることもあるが、公の場でもないことだったし、そこにはテーブルマナーを注意するような人は誰もいなかった。
ウィルは、レナの「宇宙の話」を聞きたがった。
何でも、彼はアウスに拾われ、この星に移り住んで以来、宇宙に出たことが一度もないのだという。
レナは、ウィルの質問に喜んで答えた。
レナが宇宙に出たのは2年前のことだったが、その2年の間にも、賞金稼ぎとしてあちこちの星系を旅して、いろいろなものを見てきている。
話題は尽きなかった。
だが、レナは、意図的に「宙賊」についての話を避けながら話した。
レナは自分の母親の命を奪い、父親の性格が悪くなるきっかけを作り出したというだけでなく、法律の力が及ばないことをいいことに勝手気ままに振る舞う宙賊という存在が大嫌いだった。
賞金稼ぎとして旅をしているのは、その生き方がレナにとっての「自由」と結びついたものだったが、各地で跳梁(ちょうりょう)する宙賊を討伐し、世の中から「クズ」を1人でも多く減らすことが目標だった。
レナは、人類連合政府によって賞金稼ぎとしての認可を受け、それを行っている。
法的にも道徳的にもレナのやっていることは間違っていないものだったが、しかし、今のレナの口からはなぜか、宙賊について話すことがためらわれた。
宙賊についての話から、「キッド」についての話になりかねない、そう思ったからだ。
レナは、キッドについてウィルに教える、そういう約束でこの農場へとやってきている。
確かに農場の設備もサービスも一流のホテルとは比較にならない様なものだったが、レナはすでに、ウィルから一生懸命なおもてなしを受けている。
実際、農場で過ごした一晩は、悪くないものだった。
ウィルの気づかいのおかげでレナは快適に過ごすことができたし、食事も質素だが美味しく、正直、もうしばらく滞在したいというのが、レナの本音だ。
だが、今のレナは、「この契約、どうやって破棄しようかしら」と悩んでいる。
レナは、キッドについてきちんと調べているから、良く知っている。
だから、ウィルにキッドについて教えられないわけでは無い。
ただ、急に話したくなくなってしまっただけなのだ。
そんなレナにとって、唐突に鳴り響いた緊急呼び出しのピー、ピー、という音は、渡りに船だった。
それは、レナの宇宙船、ベルーガの艦船運用支援AI、デアからの通信だった。
「はい、こちらレナ。デア、どうかした? 」
≪たっ、大変なんです、ご主人様っ! ≫
話を中断して通信に出たレナに、必死そうなデアの声が浴びせられる。
その大声に、レナは思わず顔をしかめた。
「デア、AIのあなたが取り乱してどうするの。簡潔に状況を教えて? 」
≪あっ、そのっ、失礼いたしました、ご主人様。……それで、ですね。実は、今現在、私は3体のMFに包囲されておりまして。先ほどから、ご主人様に会わせろ、と要求されております≫
「3体の、MF? 」
≪はい。機体に蛇の紋章が描かれた、正規品の改造機の様です≫
レナは、その、蛇の紋章に心当たりがあった。
しかも、機数は3機。
毒蛇(ヴィーペラ)団のMFで間違いなかった。
「あいつら……」
レナは獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた後、穏やかな笑みを作り直し、ウィルとアウスと一緒に囲んでいた食卓から立ち上がった。
「ごめんなさい、アウスさん、ウィルくん。どうやら、バカ3人組が私の船にちょっかいをかけてきている様ですので、これで失礼させていただきたく思います。……申し訳ありませんが、お車、お貸しいただけませんでしょうか? 」
「それなら、車よりいいのがあるよ! 」
そう言って立ち上がったのは、ウィルだった。
「家の裏に、古いけれどMFがあるんだ。あっ、今は、武装解除済みだからWFか。でも、車よりずっと早く、宇宙港まで戻れるよ」
「あら、いいものがあるわね。2人乗り? 」
「違う、1人乗り。だけど、お姉さんの体格なら乗れると思う」
「そう。……でも、ま、お言葉に甘えさせていただきます」
レナはウィルからの申し出にうなずくと、それから、ウィルに頼ることの許可を得るためにアウスの方を見た。
「アウスさん、ウィルくんをお借りしていっても? 」
「ああ、かまわねぇさ。……ウィル、気をつけていけ。元はMFでも、あれはもう戦う用の機体じゃねぇ。厄介ごとに巻き込まれそうになったら、そのお嬢ちゃんと一緒に逃げてこい」
「分かった、気をつけるよ」
ウィルはアウスの警告にうなずくと、「お姉さん、機体はこっちにあるから」と言って、農場の裏手の方へと走って行った。
そんなウィルの姿に、レナは迷いと罪悪感の入り混じった視線を送り、それから、ウィルを追って歩き出す。
そんなレナに、アウスが口を開く。
「なぁ、お嬢ちゃん。ウィルは、いい子だろう? 俺みたいなヨボヨボな年寄りにゃもったいないボウズなんだ」
「はい、ウィルくんはいい子ですね。素直だし、よく気がきいて、真面目です」
「ああ。……だから、な、嬢ちゃん。ウィルのこと、よろしくな」
「……。はい。お約束は、できませんが」
レナはアウスの言葉に明確な返答を与えなかった。
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