第17話「朝食」
ウィルの早撃ちの練習は、それからもしばらくの間、続けられた。
レナはその様子を退屈しのぎに見物させてもらったのだが、アウスは「練習が足りない」と言うものの、ウィルの射撃の腕はすでにかなりのものだった。
アウスの様に、的の同じ場所に弾丸を連続させて命中させるといった「名人芸」には程遠いものの、少なくとも、レナに射撃を教えた講師と同レベルか、それ以上の腕前を持っている。
やがて、ウィルは、アウスの「腹が減った」という言葉で射撃の練習を止めた。
「そろそろいい時間だ。朝飯の支度、頼んだぞ」
「そうだね、準備するよ」
朝から射撃の練習を繰り返していたウィルはうなずくと、銃をホルスターにしまい、家に向かって駆けていく。
そして、家の中に入る直前、レナの目の前で立ち止まった。
「あ、お姉さん、朝ごはんはどうする? って言っても、メニューはベーコンと目玉焼きしか出せないから、焼き加減だけしか聞けないけど」
「ベーコンはカリカリになるまで焼いて、卵はサニーサイドアップで」
「えっと、ベーコンはカリカリに、卵は、多分、半熟ってことだよね? 了解」
ウィルは遠慮なく注文をつけたレナにうなずいて見せると、今度こそ家の中へと消えていった。
そんなウィルに、アウスが声を張り上げる。
「ウィル! 仕事に行く前に、ちゃんと銃の手入れをしておくんだぞ! 」
「今日は休みだよ、じーちゃん! 銃の手入れは、朝ごはん食べてからやるよ! 」
「おっと……、そうだったな」
ウィルから返って来た言葉に、アウスはしまった、という顔で肩をすくめた。
そんなアウスを、レナは少し離れた位置から見下ろしている。
アウスの手癖の悪さを警戒しているのだ。
「アウスさん、あなたは、見ているだけなんですね。そんなにお加減が悪いんですか? 」
「まぁな。もう、俺もいい年だし、機械の部分もだいぶガタが来ていやがる。ここ1、2年はボウズに頼りっぱなしさ」
「いろいろ機械を取りつけているみたいですけど……、どこまで機械になっているんですか? 」
「どうだろうな。左手は大体、元の部分は残っちゃいねぇ。手首から先がまぁ、元の部分ってだけだな。腕、肩、首の一部まではほとんど機械だ。ついでに、左の肺も、心臓も、はらわたの一部も機械だぜ」
それから、アウスはレナの方を見上げて、少しだけ笑う。
「何だ、お嬢ちゃんの生まれたところじゃ、こういうのは珍しいのか? 」
「そんなにあからさまに「機械」っていうのは、あまり。医療用として使われる例はたくさんありますけれど。アウスさんは、いったい、どうしてその身体に? 」
「ん? ……ぁあ、一度、死にかけてな。そん時、生き延びるためには他に方法がなかったのさ。ずいぶん、若いころの話だ。見ての通り、上等なもんじゃねぇから、騙し騙し、何とか生きてきたのさ」
そうレナに話すアウスの目は、どこか、感慨深そうで、悲しそうだった。
「必死で生きてきたが……、まさか、この俺がこんな年になるまで生きられるとは、思っちゃいなかったぜ」
「なるほど、そうですか」
視線を惑星サンセットの赤い空へと戻したアウスの背中を見つめた後、レナは視線を下ろし、複雑そうな、困った様な顔をした。
「なぁ、アンタ。この星をどう思う? 」
再びアウスが声をかけてきて、レナは少し驚きながら視線をあげた。
そんなレナの様子には構わず、アウス老人は言葉を続ける。
まるで、独り言の様な話し方だった。
「この、赤い空。朝でも、昼でも、夕方でも、ずぅっと、赤い。まるで夕陽の中で時間が止まっちまってるようだ。俺はな、お嬢さん。この空を見ていると、なんだか、すぅっと、自分が溶けて消えちまいそうな、そんな感覚になるんだ」
「この星の空は確かに夕焼けの様ですけど……、どうでしょう。私には、その感覚は少し、分かりませんね」
「そうかい。ま、年の差だろうな」
アウスはレナの方を振り返って笑顔を見せると、それからまた空へと視線を向け、目を閉じ、深呼吸をした。
「でもな、お嬢ちゃん。俺は、この夕陽みたいな空に、溶けることができねぇんだ。俺にはな、この世界は奇麗過ぎるし、そんな風に穏やかに消えていくってのは、それは、俺にはその資格がねぇのさ」
そんな老人の後姿を眺めながら、レナは複雑そうな表情で体の前で腕組みをした。
「2人とも、できたよ! 」
その時、エプロン姿にフライ返しを持った姿の少年が、朝食が出来上がったということを知らせてきた。
アウスとレナが、「おう、今行く」「はい、今行きます」と答えると、少年はまた家の中へと引っ込んでいく。
「さて、どっこらしょ、と。……ん? 」
アウス老人が億劫(おっくう)そうに安楽椅子から立ち上がると、その目の前に、レナが杖を差し出していた。
「どうぞ、アウスさん」
「……。おう、ありがとうな、嬢ちゃん」
まだ複雑そうな表情のままアウスにそう言ったレナに、アウスは微笑み、杖を受け取ると、家の中へと向かってゆっくりと歩き始める。
射撃訓練の時に見せた動きとは別人のような、弱弱しい歩き方だった。
おそらくは縁起でも何でもないその歩き方を、レナはしばらく見つめていたが、家の中からウィルの催促(さいそく)する声を聞いて、ようやく歩き始めた。
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