第10話「少年」
入って来たのは、1人の少年だった。
長くのびたボサボサの黒髪に、前髪に隠れるようにチラチラと見える濃い茶色の瞳。
ポンチョと呼ばれる簡単な構造の外套を身にまとった少年はまだ、10代の半ばほどにしか見えず、身長も、女性としては背が高いレナよりも少し低いくらいだった。
「ケンカなんて、やめておきなよ、お姉さん」
少年は前髪の奥からまっすぐにレナの方を見すえ、しん、と静まり返った様になっていた店内によく通る声で言った。
「武器ってのは、簡単に使っちゃいけないもんだって、僕のじーちゃんが言ってた。お姉さん、こんなことでイチイチ武器を使っていたら、宙賊と何にも変わらないよ」
少年の声は淡々としていて、冷静なものだったが、レナは思わずその少年の忠告に聞き入ってしまっていた。
何というか、少年がレナへと向けてくる目があまりにもまっすぐで、レナはその少年から他に意識を向けることができなかった。
「そ、そうね。キミの言うとおりだわ」
やがて、レナはそう言うと、銃のグリップに伸ばしていた手を引っ込め、呆気に取られていた毒蛇(ヴィーペラ)団へと背中を向けた。
「毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組、悪いけど、今の話はナシにしてちょうだい。キッドは別々に探して、早い者勝ち、鉢合わせしたら決着はその時につけましょう。……あの子の言うとおり、こんなことでイチイチ武器を使っていたんじゃ、宙賊と何も変わらないもの。私たちは、賞金稼ぎ。無法者じゃない。そうでしょ? 」
「はっ、まぁ、仕方ねぇ。あまり店にも迷惑はかけられねぇし、興も冷めちまったしな」
アヴィドは肩をすくめて見せると、武器を元の場所にしまった。
「お前ら、今日のところは引き上げるぜ。決着はまた後日だ。……マスター、お代はここに置いておくぜ」
それからアヴィドはそう言って、迷惑料のつもりなのか飲食代としてはかなり多めの額をテーブルの上へと残し、席を立って出口へと向かう。
その後を、子分2人が慌てて追っていった。
「ケッ! 今日のところは見逃してやるが、次に会ったときは、分からせてやるぜ! 」
そして、毒蛇(どくへび)団の3人組は、プシャルドの捨て台詞を残して店を出ていった。
一色触発の状況が何事もなく収まって、店内にまた、穏やかな雰囲気が戻ってくる。
事の成り行きを見守っていた客たちは中断していた食事を再開し、マスターは警察に連絡するために手を伸ばしていた受話器を元の場所に置いた。
「お姉さん、短気は、あまり良くないよ」
「ふふっ、そうね、キミの言うとおりね」
毒蛇(ヴィーペラ)団とすれ違いながらレナの隣のカウンターまでやって来た少年の言葉に、レナは苦笑するしかなかった。
「キミにお礼を言わなくちゃね。ケンカを止めてくれて、ありがとう」
「……別に、僕は大したことはしていないよ。マスターに用があったから、もめごとになって欲しくなかっただけだし」
首をかしげながら笑顔を見せたレナから、少年は顔をそらした。
(あら? 恥ずかしがっているのかしらね? )
レナは、そんな少年を微笑ましく思う。
「ねぇ、キミ。お礼と言っては何だけど、何かおごってあげましょうか? こう見えて私、けっこう稼いでいるのよ。今日だって、宙賊の密輸団を捕まえたんだから」
「いらないよ。おごってもらう様なことは、何もしていないんだし」
「あら? でも、私たちのケンカを止めてくれたでしょ? 」
「だから、それは、マスターに用事があったからだし。それに、僕だって、お金はちゃんと持ってるんだから。働いているからね」
「働いているの? キミ、ずいぶん若く見えるけど……、いくつ? 」
「15だよ」
レナは自分の方に顔を向けないまま受け答えする少年の横顔を興味深そうに眺めながら、感心して小さく口笛を吹いた。
15歳と言えば、レナはまだ、学校に通っていた年齢だった。
しかも、父親のおかげで、何不自由のない暮らしを送っていた。
15歳で働いているというのは、少年がレナの様に恵まれた境遇ではないということでもあったが、それでも、彼はすでに自立して生きようとしているということでもあった。
レナは、そういう、誠実に頑張っている人は手助けしたくなる様な性格だった。
「ねぇ、マスター。キッドについて、新しい情報は入ってる? 」
感心しているレナには構わず、少年はマスターへと声をかけた。
マスターは、ちらりとレナの方へ視線を送り、それから少しかがんで少年の耳元に口を寄せ、少年にしか聞こえない様な声で何やら耳打ちをする。
「何よ、マスター。先約って、この子のことだったの? いったい、いくら払えばキッドの情報を独り占めできるのかしら? 」
レナは、少しムッとして、唇を尖らせながらマスターの方を見て、それから、きょとんとしている少年を軽くねめつけた。
「申し訳ありません、お客様。お金の問題ではないのです。事情があるのですよ、事情が」
「事情って? 何よ? 」
それくらい教えなさいよ、とレナが不機嫌な顔で見つめると、マスターは困った様に、少年とレナとの間で視線を行ったり来たりさせた。
「仇なんだ。僕の両親の」
困っているマスターを見かねたのか、少年はあっさりと事情を明かしてくれた。
「14年ちょっと前くらいかな。僕の両親は、キッドに殺されたんだ。だから、マスターに頼んで、何かキッドの情報がないかを探してもらっているんだ」
(なるほど……。大した「事情」ね)
レナは、マスターが少年以外にキッドの情報を渡そうとしない理由に、納得せざるを得なかった。
「そういうことなら、仕方ないわね。キッドの情報は、諦めることにするわ」
レナは肩をすくめると、アヴィドと同じ様に迷惑料として多めの飲食代をカウンターの上に置きながら、席を立った。
「いいの? お姉さんも、キッドを探していたんでしょう? 」
「そうだけど、でも、キミほど深刻な理由じゃないもの。賞金稼ぎでも、順番ってのは守るものなのよ」
少年にそう言って、「キッド、見つかるといいわね」とウインクをして見せると、レナは店の出口へと向かった。
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