第158話 協力と謝罪
「ぐッぅ、」
「あははは!!さっきまでの余裕はどうしたのかしら!?」
フルーナとの戦闘を始めてから更に30分ほど。
俺とフルーナの形勢は最初のときと完全に逆転していた。初めこそフルーナの動きは鈍かったものの、時間が経つにつれシエルの体に慣れ始めたのかその動きと魔法の威力は次第に向上していった。
まだ、ついていけないほどではないが…これは少しまずい。
まず、フルーナをシエルから追い出すための策が尽きた。この30分間で考えうる限りのことはやってみたのだが、どれも目に見えた効果は無かった。
そして直近の10分間。俺は彼女の体に触れることすら出来ていない。フルーナをシエルから追い出すのならば、シエルの体に直接触れる、もしくは限りなく接近することは必要条件だ。策が尽きたことに加え、策を実行することすら難しくなってきている。さっさとどうにかしなければ…本当に詰んでしまう。
「本来出せる力の2割程度ってとこかしら。まあ、私くらいになるとそれでも人間には負けないけど。ほら、なに座ってるの。殺しちゃうわよ?」
フルーナに吹っ飛ばされ、少しの間動きを止めていた俺の元へ数十本の金色に輝く矢が飛来する。
「——ッ!!」
堪らず俺は後方へ大きく跳躍し、フルーナと一度距離を取った。息を切らしているこちらに対してフルーナはまだまだ余裕そう——いやむしろ、初めよりもその体力は回復しているのではないだろうか。
戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になることは明白。現在の力の差を見るに、次の攻撃がラストチャンスか。だが、フルーナをシエルの体から追い出すことについて、既に案は尽きている。
フルーナに勝利する。条件がそれだけであれば、取れる手段が一つだけある。———シエルと共に殺すことだ。だが、この手段を取ることは論外だ。
フルーナをシエルから追い出し、元々のシエルへと戻す。これが俺の勝利条件だ。
「———あ、」
1つだけ思いついた。
その条件を達成することのできるかもしれない作戦。だが、これは中々危険かつ未知の方法だ。成功するかも分からないし、成功したとしても——シエルが助かるかは確定ではない。その可能性があるといった程度。常に綱渡りを渡り続けなければならないような、そんな作戦。
「いや、迷ってる暇なんてないだろ。絶対成功させて、シエルさんを救う。これしか方法はない!そうと決まれば———アーネ!」
「!?」
その作戦を実行することに決めた俺はそれを成功させるのに不可欠な存在、アーネを呼ぶ。
彼女は屋上の端の方にルーカス達と共に避難していて、自分が呼ばれるとは思ってもいなかったのか突然向かってきた俺に驚いたような顔をした。
「ア——エルトリアさん。突然ですまないが…力を貸してくれないか?シエルさんを救うためには君の力が必要だ」
「わ、私の力が…?」
「ああ、君が俺の顔すら見たくないことは分かっている。だが…今は彼女を救うために力を貸して欲しい」
戸惑うアーネへ深く頭を下げて助力を願う。彼女からの協力を得られなければ、この作戦は実行さえできない。
「———分かりました。シエル先輩のためであれば、私も力を貸します。具体的に、何をすればいいですか?」
アーネは少しだけ考える素振りを見せた後、決意したようにそう言った。
彼女とシエルが仲良くなってくれて良かったなぁと感慨に浸りかけるが、そんなことを考えている場合ではないと瞬時に思考を切り替える。
「ああ、ありがとう。まずはシエルさんの元に向かう、俺について来てくれ。…それとルーカス。エルトリアさんが心配ならお前もついて来て構わない。だが、一つだけ条件がある。絶対に俺たちの邪魔をするな。彼女を危険に合わせるような真似は特に」
「なッ、」
「じゃあ行くから、ついてきてくれ」
不満気にこちらを見ていたルーカスへ釘を刺した後、俺はフルーナに向かい駆け出す。
それにアーネは遅れる事なく追随し、ルーカスも少し遅れてついてきた。
「は、人数が増えたところでどうにもならないでしょ。まあいいわ、背信者は排除するだけ」
そんな俺たちの様子を見て、フルーナは余裕そうにその掌をこちらへ向ける。
すると彼女の周りには無数の光の矢が出現し、それらが一斉に俺たちへ向けて放たれた。
「フォローは要らないよな?」
「当たり前です。舐めないでください」
確認を取った俺に、アーネは間髪入れずそう返した。
「ふ、」
その返答を聞いて、俺はつい笑いをこぼす。
「…何かおかしかったですか?」
「いや、なんだか久々にしっかり話した気がしてな。少し嬉しくなってしまっただけだ。…よし、ここで一旦別れてシエルさんの正面に集合だ。またな、——エルトリアさん」
笑われた事が気に食わなかったのか、不機嫌そうに突っかかってきたアーネへそう弁明する。
先程の彼女の言葉。口調こそ辛辣だったものの、その態度はこの数ヶ月間のものと比べて少しだけ軟化していたような気がした。それこそ、離別する前のアーネに少しだけ戻ったような。
「…アーネでいいです」
「え?」
「…」
微かに聞こえた言葉にアーネはそれ以降特に何も言うこと無く、迫ってくる光の矢から避けるために離れていった。
…許されたのだろうか。聞き間違いでなければ、彼女を名前で呼ぶ許可を得たような…いや、聞き間違いかもしれない。俺の言葉にキモッ、とでも言ったのかもしれない。そう言われても仕方ない台詞だったような気もする。
だが、仮に聞き間違いでないとするならば———女々しいな、俺。
「いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。まずは、シエルを救うことだ」
休む事なく降り注ぐ光の矢を避けたり打ち消しながら、俺はフルーナへと確実に距離を詰めていく。
この光の矢はあくまでも牽制。フルーナは全力を出してない。このエセ女神は惜しいところまで俺を誘導するだけして、その後に絶望へ叩き落とすことを楽しんでいる。
本当に女神なのかと疑いたくなるくらい良い性格をしているが…今回はその油断が命取りになる。
「——アーネ。君はそこで待機をしていてくれ。俺達の戦いには加わらなくて良い。あと回復魔法の準備をしていてくれ。とびっきりのな」
光の矢を全て避け切った後、同じく全ての矢を避け切ったアーネと再び落ち合った俺は、それだけを告げて彼女の反応を待たずにフルーナへと肉薄する。
「あらあら、初めに比べて勢いがなくなっちゃったわね。疲れちゃったのかしら?そうよね、人間だものね。女神である私に敵わないことは当たり前なの。だからそれを恥じることはないわ。だけど…私に楯突いたことは一生をもって、恥じて後悔して償っていくべきよ」
「うる、せぇ!!」
勢いそのままにフルーナへ向けて剣を振るが、どれも悉く彼女の剣によって弾かれる。
「まあ、わざわざ防ぐ必要もないんだけどね。ほら、当ててみなさいよ」
「ッ!!」
突然にそう言うと、フルーナはその腕を広げ胴体をこちらへ差し出した。中身がフルーナとはいえ、その体はシエル。咄嗟に剣を振り下ろす手を止めると、
「ほら当てられない。甘い、甘すぎるわね。——舐めてんの?」
「くッ!?」
フルーナは初めから狙っていたかの様に、その隙をついて持っていた剣を弾いた。弾かれた剣は手元を離れ、勢いよく後方へと飛んでいく。
「さ、何を考えてたのか知らないけど、これで勝負はついたんじゃない?」
そして前方へ視線を戻すと、俺の首筋にはフルーナの握る剣の先が突きつけらていた。
「最後に何か言いたいことはある?ここで今までのことを謝れば——楽に殺してあげるわよ?」
剣を向けるフルーナはそんなことを問う。
謝ったとしても赦されないのか。相変わらず女神と言うには心が寛容ではないらしい。
まあ、仮に謝れば赦されるとしても謝るつもりなど毛頭無いが。
「…そうだな。じゃあ最後に——魔物の女神様に言いたいことは、」
「死になさい」
直後フルーナの剣は大きく振り上げられ、俺の首を斬り落とさんと物凄い速度で迫ってきた。——この瞬間を待っていた。
「威圧」
眼前のフルーナへ向け、全力の威圧を放つ。
「ッ!?」
自らの勝利を確信していたであろうフルーナは、それに対する反応が一瞬だけ遅れその動きを止める。どうせすぐに破られてしまうだろうがこの距離だ。
フルーナの胸を突くだけの時間は余裕である。
俺は空間収納から一振りの短剣を取り出し、無防備な彼女の胸元へと飛び込む。
「カハッ、わ、私を刺すつもり!?そんなことをしたらこの器は——!!」
俺のしようとしている事をフルーナは理解したようで、体は動かせないながらも口だけをそう動かした。その口調はかなりの焦燥を含んでいた。
「関係ない。ここでお前を消す。ただそれだけだ」
そんなフルーナとは一切取り合わず、俺は短剣をそのガラ空きの胸元へと思いっきり突き刺した。
「...すみません。シエルさん」
最後にシエルへ謝罪をして。
「グァァァァァァァァァァァァ!!」
直後、教会中に凄まじい叫び声が響いた。
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