第148話 怪しい雰囲気
「では寵愛者様。行きましょうか」
「はい」
イヴェルの説得を終えた俺はレイスに連れられて応接室を出る。
もうこの時点で俺に彼女から逃げるという選択肢はない。
会議が終わればシエルと共にイヴェルの元へ戻り、3人で話し合おう。それから、出来ればアーネとも。今まで通りとまでは行かないだろうが、せめて普通に話せるくらいには仲直りをしたい。
ゴンッ
そんなことを考えていると、前方から鈍い音が届いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、ええ。少しフラついてしまっただけ、です」
俺を先導する為に前を歩いていたレイスが、廊下の壁にその頭をぶつけた音だ。
「本当に大丈夫ですか?誰か別の人に代わってもらった方が…」
「…いえ、大丈夫です。寵愛者様を案内すれば私の役目は終わりますので…」
そう言ってフラフラと立ち上がるレイスはそのまま通路を進もうとするが、その足取りはおぼつかなく目も焦点があっていない。
「分かりました!俺が支えますので、道だけを案内してください!」
「あ…はい。ありがとう、ございます。では、その前の角を右に曲がって…」
またいつ倒れてもおかしくない様子のレイスを見ていられなくなった俺は、彼女の肩を取りその体を支える。
教会のシスターってこんなに疲労するものなのか?労働環境はどうなっているのだろうか。
「…こちらが、会議室になります」
「ここが…」
そんな形で教会内を進むこと10分弱。
俺たちは教会の最奥、巨大な扉が聳え立つ1つの部屋の前へと辿り着いた。
「…失礼します」
レイスから腕を解き、1つ深呼吸をしてからその部屋へと足を踏み入れる。
「「「「——」」」」
その瞬間、会議室内からいくつかの眼光が一斉に俺へと向いた。
会議室の中には大きな長方形型の机が1つだけ置かれており、その側面には白いフードを被った怪しげな大人が数人座っている。
「来ましたか…」
そして部屋へ入室した俺のちょうど真正面——議長席のような、大きな椅子に座っている大司教が小さく呟いた。
「——」
それらの行動を確認した後、俺は大司教達への警戒度を一気にMAXへと引き上げた。
この部屋に入る前から気になってはいたが、無駄にでかい部屋の扉。無駄に薄暗い廊下、そして部屋の照明。机に肘をついてその指を組む数人の大人。その全員が大きく振り向かずとも部屋への入室者を確認できるような座席配置。
流石にこれは……あまりにも、らしすぎる。
更に言えば、見たところシエルはこの場にはいない。彼女が話し合いに参加しているという話は嘘なのだろう。
この部屋に入った時点でバレるような、隠す気の全くない嘘。つまり彼等にとっては、俺をここまで連れて来ることができれば十分。
こいつらがここで何かしらを、直接的に仕掛けてくる可能性は非常に高い。
「…どうしたのかね?」
「いえ、特に何も。ところでシエルさんは…」
俺は辺りを警戒しつつ、大司教と取り合う。
ここにいる者はイヴェルやオリアに比べれば全く強くない。倒す、とまではいかなくとも逃げるくらであれば余裕だろう。
彼らは教会の従者だ。きっと魔法で何かしらを仕掛けてくるに違いない。取り敢えず、辺りの魔力の流れには注意して——
「———??」
そう周りに一層強く意識を向けた瞬間、急に体に力が入らなくなった。いや、入らなくなったというより、勝手に力が抜けていくような…
「どうかされましたか?」
「…ッ、いえ、特に何も——」
上手く力の入らない足をなんとか踏ん張り、大司教へ何事もないと返答をしようとしたそのとき、
バタン!!
「!?」
部屋の出入り口に控えていたレイスが、急に勢いよく倒れた。
「おやおや、こんなところで眠ってしまうとは。度重なる業務で疲労が溜まっていたのでしょう。ほら、休息室へ連れていってあげなさい」
その倒れたレイスを見て、大司教はすぐに周りへそう指示を出した。その後すぐ、近くに控えていた数人のシスター達がレイスを丁寧に抱えて会議室を出ていく。
その一連の様子を見て、俺はいくつかの違和感を感じた。
まず、レイスは本当に寝てしまっただけなのか?いや、仮に立ったまま居眠りをしたとしても、倒れてまで目を覚まさないなんてことはありえるのか?それはもう眠ってしまったと言うより、気絶に近いだろう。
それに、大司教や他のシスターにしてみても対応が的確かつ迅速すぎる。まるで初めから分かってたかのような…
「———ッ!!」
そんなことを考えていた最中、またもや体から力が抜けそうになる。
いや、たった今それの原因が分かった。
これは——眠気だ。恐ろしい程の睡魔が俺を襲って来ている。
しかし一体なぜ?大司教達の仕業であることは間違いないが、俺はここへ来てから魔法にかけられていないし、勿論何も口に含んでいない。運ばれていったレイスと俺以外に眠そうなやつもいないし…
いや、もしかして———
「ここに来るまでの道中…催眠ガス、か」
「はて、なんのことですかね」
呟いた言葉に、大司教はすっとぼける。
俺は自分に催眠系の魔法がかけられればそれを察知することができるし、それ以外の方法となると薬を盛るしかない。薬を盛る機会としては——俺が本気で警戒をする前の、ここまでの道中しかないだろう。
「くっそ…覚えてろよ…」
徐々に薄れゆく意識の中、大司教の顔を睨みつけ小さく呟く。意識が闇に落ちる直前。
最後に見えたのは、その顔に薄く笑みを浮かべた大司教の姿だった。
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