第146話 嫌い
「流石に警戒しすぎじゃないか?俺ってそこまで信用ないかね…」
「え、逆に信用されてると思ってたんですか?自分の過去の行いを鑑みてください?」
ボソリと呟いた言葉に、真後ろに立つアーネが辛辣な返答をする。
ここは教会の応接室。
少し大きなソファーに座る俺の机を挟んで正面にはイヴェルが、真後ろにはアーネが、出入り口の前にはゾルエが、1つだけある窓の前にはルーカスがそれぞれ配置されている。
窓まで塞がれてるとか本当に信用されてないな。
因みにここへ移動する際には、この4人に加えセインとシャーロットも俺を見張るために同伴していた。セイン達は教会まで着いた後に別れた。
また、先ほどの辛辣な返答から分かるように、路地裏では感極まっていたアーネだったが、そこから時間が経過したこともあって普段通りの俺を毛嫌いしている彼女へ戻っている。
「それで話ってなんですか?」
アーネの言葉を無視し、俺は目の前のイヴェルへ尋ねる。シエルがまだいないがそこに触れる必要はないだろう。敵が増えるだけだ。
「…シエルとの約束のことだ」
「はッ」
イヴェルの切り出した内容に、つい俺は笑いを零してしまう。今更その内容について何を話すと言うのか。
「なんだその態度は!約束を破った分際で!副会長がどれだけ悲しんでいたことか!」
そんな態度に腹を立てたのか、窓際に立っていたルーカスは声を荒げてこちらへに詰め寄ってきた。
うわ、なんだこいつ。どうしてこいつはこんなに怒ってるんだ?裏切られたのはこっちだろうに。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「それはどういう意味だ!副会長を侮辱しおって…!!」
だが、こいつの様子を見るに本気で俺に怒っているらしい。
つまり、彼等も食堂へ来ていたということか?だが、俺はちゃんと時間通りに食堂へ行った。書類に記されていた通りの時間と場所に。
仮にお互いがしっかり約束を守ろうとしていたとして、なぜ俺たちは会えなかったのか。
———ああ、そういうことか。
「なんとか言え!お前はそうやって人を侮辱して…セインの一発が効いたと思っていたが、やはりお前にはまだ足りなかったようだな!」
シエル達と俺との間に食い違いがあったことを悟ったとき、かなり近くまで迫っていたルーカスはその拳をこちらへ向けて振り上げていた。
というか、なんでこいつは自分のことでもないのにここまで熱くなってんだ?アーネに良いところでも見せたいのだろうか。いや、まあどうでもいいか。ここでそれを説明をするのも面倒だ。ここは軽く一発もらって、正当防衛を理由にこいつをボコボコにしよう。そしてその混乱に乗じて逃げられるのなら逃げてしまおう。話し合いを終わらせた責任はこいつにあるし、今はセインもいない。———絶好の機会だ。
「ルーカス!やめろ!」
振り上げられたルーカスの拳が俺へ向かい急下降を始める——直前、イヴェルの射抜くような声が響いた。
「ッ!?、会長、ですが…」
「やめておけ。ここは話し合いの場だ」
「ッ!!……それでも私はこいつを!」
「お前ではアルトに敵わん。お前自身もそれはわかっているだろう。その拳を下ろせ」
ルーカスはイヴェルの警告に抵抗の意を示すが、彼女はそれを譲るつもりは毛頭ないようだった。
現在のイヴェルには、ルーカスが本気で俺を殴ろうとすればイヴェル自身がルーカスを殴り飛ばしに行きそうなくらいの剣幕がある。
「………はい。…話し合いの邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
「分かったなら良い。自分の持ち場に戻れ」
「…はい」
イヴェルの説得の甲斐あって、窘められたルーカスは多少不服そうにしながらも元の位置に戻っていった。あー、絶好の機会が。
「話し合いを中断してすまなかった。だが、ルーカスの気持ちも分かって欲しい。昨日の朝、私たちは確実に時間通り食堂へ着いていたのだ。そして、それはアルトも同じだったと信じている。しかし、我々は会うことができなかった。これは——」
「——食堂の場所、もしくは時間。またはその両方が俺たちの間で異なって伝えられていたってことですか」
俺は自らで辿り着いた結論を、確認のためにイヴェルへ問う。それに彼女は大きく頷いた。
「そうだ。厳密に言えば、私たちに伝えられたものとアルトのものでは食堂の場所が異なっていた。シエルはアルトを裏切った訳ではない。それを伝えたかった」
イヴェルはとても真剣な顔で俺へ語りかけ、そう締めくくった。その様子を見るに嘘はついていないのだろう。本当に俺とイヴェル達との間では大きな食い違いがあったようだ。
それは分かった。
「そう、ですか。分かりました。…ところで、話はそれで終わりですか?なら、俺は帰らせて貰いたいのですが」
「は?ちょっとま、」
「威圧」
急にそう席を立った俺に対し、焦ったように自らも席を立ったイヴェル、俺を牽制するため魔法を放とうとしたアーネ、俺を殴るための大義名分が出来たとこちらへ駆け出そうとしたルーカス、その全ての行動に乗り遅れたゾルエ。その全てに対して俺は威圧を使い、その動きを止めた。
「「「「———」」」」
誰も動くことも、声を発することもできない。かなり本気で威圧をかけたからな。そう簡単に破られては困る。
まあ、相手がセインであれば数秒で破られそうだが。
「...ラーシルドさん。貴方は何か勘違いをしているようですが、俺にとってあの食い違いはきっかけでしか無いんです。貴方達が俺を嫌っていることは元々勘づいていたし、その上での決定打でしかありません」
威圧により動くことのできない彼等へと、静かに語りかける。威圧により動けなくても彼らに声は届く。まあ失神などをしていれば別だが、少なくともイヴェルとアーネなら大丈夫だろう。
「俺も貴方達が———嫌い、です。お互いに嫌っているのなら、わざわざ一緒にいる意味はないでしょう。もうこれ以降、俺に関わるのはやめてください。俺もそちらへ関わるのはやめますから。これでお互いに——不快な思いをしないで済むでしょう」
嫌い。それを一度言ってしまえば、以降は大したことはなかった。
正直、今の俺がイヴェルやアーネのことをどう思っているかは自分でもよくわからない。しかしそれが本心で無かったとしても、このままではいずれ彼等のことを本気で嫌いになってしまう。であれば、今のうちに別れを告げて彼等との関係を絶ってしまった方が、お互いに悪い思いをせずに済むだろう。
悲しくないと言えば嘘にはなるが、今以上に彼等に嫌われるよりは幾分かマシだ。
「俺から言いたいことはそれだけです。では、俺は行きますね」
未だ動くことの出来ない彼らに背を向け、部屋の出口へと向かう。その前にはゾルエが立っていたが——失神していた。彼には悪いことをしたな。すまん。
罪滅ぼし程度にゾルエへかけていた威圧を解き、彼を仰向けに寝かせる。これで許してくれるだろう。…まあ許されなくても別にいいか。
そう思いながら腰を上げた、そのとき
「———!!」
「ッ!?」
急に腰の辺りへ何かが衝突し、俺は勢いそのままに地面に押し倒された。
その突進して来たものとは———
「行かせない、行かせるわけにはいかない!その言葉を撤回するまでは!絶対に!」
「イヴェ——ラーシルド…さん」
焦ったような、怒ったような、泣き出しそうな。そんな様々な感情が複雑に混ざり合ったような顔をしたイヴェルだった。
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