第117話 VS. 女神もどき

「がはッ!?」


不可視の力により体が強制的に吸い寄せられ、そのまま壁へと激突する。


「ぐッふ...」


「あら、まだ死んじゃ駄目よ?こっちは全然楽しめてないんだから。ほら」


間髪入れずにそれとは逆方向の力が加わり、対面の壁へと衝突する。


「ぶッ...」


その強い衝撃に意識を手放しそうになる——が


究極回復ウルトラヒール。——ねぇ、傷を治してくれた慈悲深い女神様に感謝の言葉1つないの?」


直後、俺の体は淡い光に包まれ、次の瞬間にはその身についていた大量の傷は全て完全に治癒される。


女神エリーナとの戦闘を始めてから、実に3時間が経過した。


俺はエリーナに一方的に蹂躙され続け、俺が死にそうになればエリーナが勝手に治癒をする。ずっとこれの繰り返しだ。


「ぐゥ…」


突如、大きな魔力が身体中を包むような感覚があり、それと同時に酷い目眩と耳鳴りに襲われる。


「ほら、あんたにとって大大だーい好きな回復魔法よ?——その中毒体にはよく効くでしょう?」


強く響く耳鳴りの中、俺の様子を面白がるようなエリーナの声が聞こえる。



ダンジョン内に生息し濃厚な魔力に当てられ続けた植物は、特異的な性質を持つ一方で強い中毒性を持つ。


100層に到達するまでで死にかけるたびに何度もそれらの植物を口にしていた俺は、それらの中毒症状が恒常的に出るまでになってしまっていた。

幻覚や幻聴は当たり前、酷い時には1日中頭が割れそうなくらいの激痛とそれらの植物の摂取衝動が襲ってきたときもあった。悪夢を強く見始めるようになったのもこれが一因を担っているのだろう。


それらをすでに見抜いているエリーナは、怪我が完治しているのにも関わらず回復魔法を何度もかけてくる。



何が慈悲深い女神だ。魔人でもここまでの性悪はいなかったぞ。


「...まだ、そんな目をするのね」


強い眩暈と耳鳴りに襲われながらも、俺は宙に浮くエリーナを睨みつける。


「いいわ。私は心の広い女神様だから。あんたが自分で殺してください、と言うまで私はあんたを殺さないわ。あんたが頼むまでは絶対に殺さない。ああ、なんて優しい女神様なのかしら」


未だ反抗的な目を向け続ける俺へ、エリーナは良いことでも思いついたかのようにそう言った。


優しい女神だと?笑わせてくれる。

俺が殺してくれと頼むまで俺のことを殺さないというのは本当だろう。だがそう頼んだ後、すぐにこいつが俺を殺すかはまた別の話だ。こいつの性格上、死を願った俺に対して更なる苦痛を加えてくることなど目に見えている。


しかしその一方で、それが願ってもない条件であることは確かだ。死にたいと言わない限り、俺はこいつと戦い続けることが出来るのだから。



「がぁッ!?」


「グァふッ」


「だ、はッ...」



———それからどれだけの時間が経ったのかは分からない。

俺はその間何の抵抗も許されず、エリーナの暴力にただ蹂躙され続けた。






「ねー、もう飽きた!もう敵わないって分かったでしょ?さっさと殺してくださいって言ってくんない?」


「うる、せぇ…諦めて、たまるかよ…」


軋む全身に鞭を打ち、俺は再度立ち上がる。いや、立ち上がれているだろうか?頭がクラクラしすぎて自分が今どんな状態か正確に把握できない。だがきっと、立てているはずだ。

 

幾度となくこの身を打ち付けられ、燃やされ、切り刻まれ、貫かれても、尚立ち上がり続ける俺にエリーナはうんざりとしたような様子で言った。


「あー、もういいや。取り敢えず壁打ちで」


愉んで痛ぶる策が尽きたのか、エリーナは雑に言うとその指を右に振るった。





————今だ。




パンッ



何かが弾けるような小さな音が鳴った。


それはエリーナの魔法が破壊された音だ。

不可視の攻撃とはいえ、来る方向とタイミングが分かれば防げないこともない。彼女が油断して雑な攻撃を仕掛けるこのタイミングを待っていた。


「!?」


今まで無抵抗だった相手に防がれるとは思っていなかったのか、エリーナは一瞬だけ驚いたような顔をする。その一瞬だけでいい。


「——閃!!」


力を振り絞り手を掲げて唱えると、赤、青、緑、茶、紫色のそれぞれの色の小さな槍がエリーナを取り囲むように何百本と出現した。

光以外の属性を全て掛け合わせた混和魔法。

今の俺が発動できる、最高の魔法だ。


「い、け!!」


突き出した右手の掌を握ると、それらの槍は一斉にエリーナに向かって飛び出した。


「——あらあら、可愛らしい反抗ね。シールド。ソード」


その状況を正確に理解したエリーナは柔らかい微笑をその顔に浮かべ、自身の体の周りに黄色い盾を張った。


女神が使う盾だ。きっとチートのような性能を持っているのだろう。例えば物理攻撃及び魔法をすべて弾くとか。だが、そんなチート魔法でも何か弱点くらいあるはずだ。


「うふふ、この程度で私を倒せると思いましたか?これでは私は傷一つつきませんよ?」


迫り来る槍の群れに対し、エリーナは笑いながら言う。


当初の予想通り、エリーナに迫った槍はその周りの盾に当たった瞬間に全て消滅していた。……一部の例外を除いて。


一見、エリーナは涼しい顔をしながらすべての槍をその盾で受け続けている——ように見せかけて、紫色——闇属性の槍だけは自身が片手に持つ剣で両断している。闇属性の魔法を受けると何か不都合が生じるのだろう。

やはり予想通り、あの盾では闇属性の魔法は防げないようだ。



ところで話は変わるが、ドライという少年を覚えているだろうか。学園の入学試験、それの剣術試験で禁止事項を犯しそのまま失格になった少年だ。


彼は剣術試験で暗黒閃という魔法を使用した。これは闇魔法にカテゴライズされる強力な魔法だ。しかしその一方で、ドライは闇属性に適性を持っていない。

ではなぜドライは暗黒閃を使うことができたのだろうか。


この疑問に対し、俺はある仮説を立てた。

ドライ本来の適性である火属性の魔力を、無理矢理闇属性に変換させたのではないか。

もし、この魔法属性の変換を自由自在に行うことが出来れば———特定の属性しか効果のない相手に対して非常に有利に働く。


「これで失敗したらやべぇな。———変!!」 


「!!?」


体内に残った全ての魔力を込めてそう唱えた瞬間、エリーナへ迫る槍の色がすべて紫色に変わった。


それらの槍の威力は衰えることなくエリーナへと迫り———


パリィィィィィン!!


何か、硬いものが割れるような音が辺りに響いた。

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