第116話 女神...?

結論から言えば、黒い地龍は土魔法で予め作成していた落とし穴に落ちた。


なんとも古典的な罠だが、魔力を相手に悟られずに配置出来る上に土魔法を扱える俺にとってはとても相性のいい罠だった。また現在、俺の足首には茶色のアンクレットが装着されている。


みなさんはこれらの魔道具の存在を覚えているだろうか。

このアンクレットはカイナミダンジョンでゲンシからドロップした、土魔法の威力を増大させるという効果を持つ魔道具だ。今回はそれのお陰でかなり大きな落とし穴を掘る事ができた。

また、そのアンクレットの他にもスタバからドロップした赤い指輪、白夜からドロップした緑色のイヤリングも体に身につけている。


これらの魔道具はここまでの攻略を進める上で非常に役に立った。まあ、つい数ヶ月前まではカイナミダンジョンを攻略して以来、使ってなさすぎてその存在を忘れていたのだが。学園へ戻れたなら、イヴェルとかにあげてもいいかもしれない。


「威圧」


そんな事を思いつつも、姿は見えないが穴の中にいるであろう地龍へ向けて威圧を放つ。流石に一瞬しか動きを止められないだろうが、その一瞬だけで十分だ。


「土、水」


そう唱えると、ドラゴンの落ちた穴の上に大量の土と水が出現した。それらは重力に従って次々と穴の中へと吸い込まれていく。まあ詰まるところ、穴に落ちたドラゴンは生き埋めの状態となったわけだ。


多くの水を吸い重く、更には粘性を持った土はドラゴンが力ずくで逃げ出すことを許さない。また今回作成した落とし穴のコンセプトは、出来るだけ深く狭くだ。それに落ちたドラゴンの体勢は万全ではないだろう。


「自分の体重以上の重さの土を不完全な体勢で取り除けるか?」


地中のドラゴンへそう尋ねてみるが、その問いに対する返答はない。



それから10分ほど経った後、とあることが起きた。


「ぱんぱかぱーん!初の100層攻略おめでとうございます!しかもソロだということで!これを祝して、私が貴方の願いを一つだけ叶えて差し上げましょう!」


天——ここは地下だが——から、長い濃紺色の髪の毛をたなびかせた美女が現れた。


目を数回擦ってみるが、その姿が見えなくなることはない。どうやら、幻覚や幻聴の類いでは無いようだ。


「あー、あんたは何者だ?」


宙にふわふわと浮いている美女に問いかける。


「私は女神エリーナと申します。さぁ、貴方の願いをなんでもお申し付け下さい!」


その美女——女神エリーナは眩しいほどの笑みを浮かべ、俺の問いに答えた。


女神エリーナ、か。そんなのもいた気がする。どこか俺の想像していたエリーナとは異なる気がするが、願いを叶えてくれるのならば問題はない。


「そうか。俺の願いは———」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それは無理ね」


俺の願いを聞いたエリーナは、あっけらかんとそう言い放った。


「は?」


思わず聞き返す。

無理って一体どういうことだ?


「だから無理だっつってんの。私が叶えられるのは1つの願い事だけ。貴方——あんたの願いは1つとは認められない。ちゃんとどっちかに絞らなきゃ無理ね」


先程までの態度とは打って変わって、エリーナは至極冷淡に言う。


だが、彼女の主張は決して間違ったものでは無い。そう受け取られる可能性はあるとは思っていたが、まあ仕方ないな。


「そうか、分かった。ありがとう」


「分かったならいいのよ。私は心優しい女神だからね——って、ちょ、あんた何処行くの!?」


「ん?次の階層までだが」


エリーナは颯爽とその横を通り過ぎた俺の肩を焦るように掴んだ。


現在エリーナの後方には、二つの扉が新しく出現している。一つはダンジョンの入り口へ繋がる扉。そしてもう一つは次の階層、101層へ繋がる扉だろう。


「え?ね、願いは?」


「あぁ、それは次の機会に取っておいてくれ。じゃあ俺は行くから」


俺の願いは2つ同時でなければ意味がない。

それが出来ないと言うならば、俺はまだ歩みを止めるわけにはいかない。200層でも500層でも1000層でも、もう一つ願いを叶えられる地点まで進んで————


「それも駄目!」


するとなぜかエリーナは急いで扉の前へと移動し、俺の進路を塞いだ。


「は?どういうつもりだ?」


「女神が願いを叶えなかったっていう噂が広まったら困るからよ!というか、あんた本当に100層まで攻略したの?強そうに見えないし、階層主の姿もないんだけど?」


「わざわざそんな下らない事を吹聴するつもりはない。あと、あの黒い地龍なら地面の下だ」


「は?なんで地面の下に?」


「生き埋めにして殺したからだ」


頭にはてなマークを浮かべるエリーナへ、ドラゴンの最期について簡潔に答える。


「あんた、ドラゴンを生き埋めにして倒したの?心臓を突き刺すとか、首を落とすとかじゃなくて?」


「そうだ。俺の腕力じゃあんなのに傷はつけられないからな。そんなのいいから、さっさと退いてくれ」


「.........なーんだ」


「——ッ!!?」


痺れを切らし101層へ進もうとエリーナの横をすり抜けた直後、俺の体は不可視の力によって壁に強く押し付けられた。


「...何のつもりだ」


「...今日は、初めて100層へ到達した者が現れた。しかし強大な階層主を前になす術もなく殺されてしまった」


「は?」


するとエリーナは突然にそんなことを語り始めた。疑問を呈する俺のことを無視し、彼女はその話を続ける。


「未だ100層の攻略者は現れず、美しい女神は真の強者達との面会を今か今かと待ち続けているのであった......そう、今日100層を攻略した者はいなかった。ましてや、小狡い手段で卑怯に攻略しようとした者なんかはね!」


その話が終わると同時、エリーナはこちらを指差してそう言い放った。


小狡い手段だと?

もしかしてこいつは自身の所感だけで、俺のことを認めないつもりか?


「ふざっ...けんな...!!」


「ふざけてるのはあんたの方。そんなふざけた攻略で私が納得すると思ったの?まあでもありがたく思いなさい。ここまで来れたことは認めてあげる。だからそれを讃えて、私が直々にあんたを裁いてあげるわ!」


両手を大きく横に広げたエリーナは高く宙を舞い、こちらを見下して笑った。


「こッのォ!!」


「あら動けるの。いや、私の魔法を解いたのね。なら、手加減なしでやりましょうか」


エリーナの魔法を解き動けるようになった俺を見て、彼女は微笑を浮かべながらその魔力を解放する。


...まあ予想はしていたが、女神というだけあってその魔力量はエグい。実際、勝てる気は全くしない。というか、絶対に勝てないだろう。


だが、俺には引けない理由がある。ここで引いたらそれこそ、一生後悔し続けることになる。


「なぁ、ちょっといいか?」


「は?」


お互いに睨み合っている最中、俺はエリーナに尋ねる。どうせ死ぬのなら、最期に言いたいことくらい言っておこうか。


「もしかして謝罪かしら?私の圧倒的な力を目の当たりにして尻込みしちゃった?まあ、私は心優しい女神様だし、ここで『エリーナ様万歳!一生信仰します!醜く卑劣な私めをどうかお救いください!』って1000回復唱すると言うなら許してあげなくも———」


「さっきから思ってたんだが、その態度にその口調。お前、本当に女神か?俺の中の女神像と大いに異なっているし、人間に魔法を解かれるとか……正直、笑いそうになっちまったよ」


「...コロス!!」


「おいおい、女神が言っていい言葉と顔じゃないぞ?」


その言葉を皮切りに、俺と自称女神との戦いが幕を開けた。

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