第114話 精神のエスプリ

魔人だ。

そしてこの幼い見た目に、それにそぐわない今回の手口。こいつは...


「七魔仙...”精神”...」


「お、私を知ってんのか?如何にも、私は魔王イシザキが家来。七魔仙が一人、”精神”のエスプリだ。お前、私に感謝しろよ?お前を助けてやったんだからな」


七魔仙の1人である”精神”エスプリはニヤリと口角を上げて言う。


「お前が...レーテル達を...」


レーテル達4人を死に追いやったのは間違いなくこいつだろう。1ヶ月の間柄とは言え、彼らと過ごす日々は本当に弟や妹ができたようで楽しかった。


その仇を前に、俺は殺気を抑えることが出来ない。


「おいおい、私のせいにするなよ。元はと言えばお前が悪いんだぜ?」


「なんだと?」


「コネンサス、スパード、シャルム」


殺気を放つ俺へ向け、飄々とした様子のエスプリはその指を順に三つ立てる。


「私の仲間だった奴らだ。こいつらの死にお前が関与してんだろ?魔王様からはお前を連れてくるよう命令されたが、私はそれが納得できなくてな。それでここに来てみれば、お前が面白そうなことしてたからな。復讐がてら利用させてもらった」


「ゴミ野郎...」


「おいおい、そんな目で睨むなよ。てか、私はこの女しか殺してないんだぜ?他の奴らを殺したのは正真正銘、この女だ。私は頭をちょっと弄ってやっただけだよ」


この女、と言いながら、エスプリはその足元に倒れるレーテルの頭を踏みつける。


こいつ——“精神”エスプリの特殊能力は精神操作だ。こいつら七魔仙の特殊能力は魔力を媒介としないため、俺はレーテルの異常に気がつけなかった。


「あーあ!仲間同士で姿は面白かったな!特に、最後の兄妹同士で殺し合う姿は最高だったよ!本当に傑作だった!」


エスプリは口を大きく開け、わざとらしく笑い声を上げる。その不快な声は洞窟内に大きく響いた。


3人の亡骸の方を見ると、ホロウとライカの二人は心臓を一突きされて殺されていた。全く無警戒の状態で刺されたのだろう。その顔からは驚愕が見て取れる。


そしてゼル。前者の2人とは対称的に身体中に無数の傷がついており、その表情は酷く歪んでいる。最期の最期までレーテルと戦っていたのだろう。


剣士としての腕前はゼルの方が上回るとは言え、精神を操作されているレーテルに対してゼルは正気でしかも相手は実の妹だ。全力など出せるはずもない。


「何故、俺の場所が分かった?」


「あ?そりゃあ、お前には魔王様がマーキングしてるからな。見た目なんて変えてても関係ねぇよ」


俺の質問にエスプリは吐き捨てるように答える。


...よし、気になっていたことは聞けた。

もうこれ以上こいつに用はないし、我慢も続きそうにない。


「まあ、お前がそんなこと知ったところで意味ねぇけどな。お前は私の精神操作で魔王様に従い続ける傀儡になるんだ。ありがたく思えよ?私たちが丁寧に使い潰してや———」


「死ね」


次の瞬間、意気揚々と口を動かすエスプリの胸に光り輝く一本の槍が突き刺さった。

いや厳密言えば、エスプリの身体の中から直接、光の槍が浮き出てきた。


「グァッ...な、なんだ、コレェ...」


「お前はもういらない。黙って死ね」


それに戸惑うエスプリの体からは、続々と光り輝く槍が飛び出してくる。


エスプリの戦闘能力は七魔仙の中ではそれほど高くなく、むしろ低い方に位置している。

魔力の流れにもそれほど敏感ではないだろう。


だから俺はエスプリに気がつかれないようゆっくりと彼女の体内にまで魔力を浸透させ、そこで光の槍を生成させた。


「クッソォォォ.......」


まさに苦悶の表情を浮かべるエスプリはそのまま何もできず、悔しそうに呟いて地面へ倒れる。


こいつの精神操作は一見めちゃくちゃ強い能力に思えるが、それを発動させるためには二つの条件を満たす必要がある。


1つは自分の声を対象の相手に聞かせること。そしてもう1つは、対象の相手と自分の目を合わせること。その両方を満たさなければならない。


そしてこいつがエスプリだと判明した時点から、俺は彼女と目を合わせないように徹底していた。能力さえ発動できなければ、こいつはただの雑魚だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



動かなくなったエスプリを放置して、俺はレーテル達4人の亡骸を見つめる。1週間前まであんなにも騒がしく笑い、走り回っていた彼らの姿はもうそこには無い。


...この子達が死んだのは、間違いなく俺が原因だ。全員、将来を期待できる子達だった。


ゼルは国を守る騎士に、ホロウは魔術の先生になりたいと言っていた。才能に溢れるライカは俺の後輩になっていたかもしれない。手先が器用なレーテルは実家の家業を継いでいたのだろうか。


彼らの亡骸からゆっくりと目を逸らし、右手首につけられたミサンガを眺める。

ところどころ綻びがあるが、この歳にしては立派なものだ。


「間違いなく全員、こんなところで死んでいい人材じゃない」


そうだ。死んでいいわけがない。

だったら俺はどうするんだ。ここはダンジョン、そしてまだ完全制覇を成した者はいない。そして俺は現在、ソロで攻略を進めている。つまり...


「ソロで初制覇をすれば願いを叶えてもらえる、か」


これしかないだろう。


学園の入学式まであと半年ほど。

それまでに最低でも100層までの攻略。もしかしたら、このダンジョンはそれ以上続いているかもしれない。このダンジョンはA級冒険者のパーティーであっても攻略することができていない。


だが、そんなこと知ったことか。


「ごめん、少しだけ待っててくれ。俺が死んででも、お前らは生き返らせてみせるから」


眠り続ける4人へそう別れを告げ、俺は洞窟を後にした。

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