第112話 巣立ち

「ゼル!あまり出過ぎない!一度退いて!」


「分かった!」


「ホロウとレーテルは引き続き遠距離から援護!ゼルの攻撃できる隙を作って!」


「了解!」


「分かった!」


なんやかんやありながらも普段通りに戻った四人と共に、40層へと足を踏み入れてから一時間弱が経過した。


ライカの指示の元、ゼル達は40層の階層主である巨大な蛇のようなモンスターと懸命に戦っている。


ゼルは剣を武器に接近戦を仕掛け、そんなゼルが戦いやすくなるようホロウとレーテルが遠くから魔法でフォローをする。

ライカは全員への指示出しから接近戦、魔法での援護までを器用にこなしていた。


そんな教え子達の戦いを遠くから見守る猫が一匹...やはりおかしい気がするな。


「どぉりゃっ!」


階層主が硬直した一瞬の隙を突き、ゼルの剣がその首元に突き刺さった。その隙を作ったのは——レーテルの炎魔法か。巨大蛇の動きが大きくふらつく。


「ゼル流石!ホロウとレーテルも攻撃に参加して!ここで一気に沈める!」


「「了解!」」


その隙を易々と見逃すライカではない。


ホロウとレーテルへ素早く指示を出し、自身も剣をとって攻撃を仕掛けにいく。



ズッ.......ズドンッ!!!



結果的にはゼルの一撃から押し切る形となり、蛇のモンスターはそのまま地面へと突っ伏して動かなくなった。


時間は少し掛かったが、全然余裕そうだったな。


「いよっしゃぁぁぁ!」


巨大蛇を倒すきっかけを作ったゼルは、大きくガッツポーズをしてそう叫ぶ。


そのゼルの後ろではホロウ、ライカ、レーテルの3人がハイタッチをして勝利を喜びあっている。


「お疲れ様」


階層主の亡骸が宙に消えた後、変身を解いた俺は喜ぶ四人に声をかけた。


「兄ちゃん!どうだった!?凄かった!?」


「ああ、凄かったぞ。よくやったな」


するとすぐに目を輝かせたゼルがこちらへ駆け寄ってきた。


「アルマ兄さんのお陰です!本当に、ありがとうございます!」


普段は控えめなホロウも今は興奮しているのかその頬は少しだけ赤く、今までで最も大きな声で礼を言った。


「いいやホロウ、別に俺のおかげじゃないぞ。君らの努力の結果だ。特に、ライカはな」


「あらあら、お兄様。誰のせいで気の狂うような努力をしなきゃいけなくなったのでしょうか?そういえば猫の姿はやめたのですか?飼い主のレーテルは戻っていいと言ってませんよ?」


「ははは、それは間違いなくライカのせいだろう。まさか地獄入りを自ら志願するとか、本当に努力家だよなぁ。すごいすごい。あの姿だと喋れないからな。最後に喋れないのは悲しいだろ」


先程までの戦いの疲れを全く感じさせず、ライカはいつも通り口撃を仕掛けてくる。

こいつ多分性格は元々悪かったが、特訓を経て更に歪んだ気がするな。


「最後......やっぱり、兄さんはここでお別れっていうこと、ですか?」


「ああ、その通りだ。これからも頑張れよ、レーテル」


そして階層主を倒したにも関わらず少し寂しそうな表情をしたレーテルは、静かにそんな確認を取る。


後で言おうと思ってたのだが、彼女には察しがついていたようだ。否定したとこで仕方ないので、俺は素直にそれを認める。


「ちょ、ちょっと待てよ!アルマ兄ちゃんとお別れ?どういうことだよ!」


「ああ、俺はこの40層以降、ゼル達と一緒には行けない」


「ど、どうしてですか!」


「俺がずっと付いていてはホロウ達の力にならないからだ。これからは君たちが自分で考えて、自分達でダンジョンの攻略を進めていくんだ」


「......どうしても、ですか」


「ああ、どうしても、だ。それにライカ達の実力なら手順を追って進めば50層までは余裕で到達できる。君たちの健闘を祈っている」


お別れ、という言葉を聞いて他の3人もそれぞれの反応を示す。悲しそうな顔を見ると少し心が揺らぐが、彼等の成長のためには必要だろう。


「...アルマ兄さん。手を、出してくれませんか?」


「ん?」


そうレーテルに言われた俺は、適当に手を差し出す。すると彼女はポケットから何かを取り出し、それを差し出した手首に巻き付けた。


「これは...ミサンガか?」


手首に付けられたのは、多種多様な糸で編まれた色鮮やかなミサンガだった。


「はい、私の家は編み物を扱っているので...ゼルと一緒に作りました。素材はライカが取り寄せて、デザインはホロウが考えました。良かったら、受け取ってください」


「そ、そうか......ありがとう」


ふむ...なるほど。少し泣きそうだ。

きっと俺との別れを悟ったレーテルが深い事情は話さずに、ゼル達と協力して作ったのだろう。


なんだろう、教育実習の最後の日に実習生が生徒達からプレゼントを貰って泣いていた理由が分かったような気がする。


「...まあ、兄ちゃんが決めたことならしょうがないか!俺は絶対、兄ちゃんを超える騎士になるからな!今度会ったら、また色々と教えてくれよ!」


「おう、期待してるぞ。ゼル」


「ぼ、僕も、兄さんを超える魔法使いになります!無詠唱も出来るようになります!」


「そうか、これからも頑張れよ。ホロウ」


「私は取り敢えず、お兄様にふくしゅ——いえ、これまでの恩を返せるくらいにはなりたいですね。ええ、本当にたくさんの恩を」


「ライカ、お前はこえーよ」


「アルマ兄さん、本当に今まで有難うございました。兄さんの教えは絶対に忘れません」


「ああ、こちらこそありがとう。俺も君達のことは忘れないよ。これからも頑張ってな。レーテル」


そんな別れの挨拶の後、手を振った4人は41層へと移動していった。


彼らの姿が40層から消えた後、無駄に広い部屋で1人になった俺は少しの寂寥感に駆られる。



たった1ヶ月間だけの弟と妹達。


「…1人には慣れていたはずだったんだけどな。」


心の奥から湧き上がってくるなんとも言えない感情に漏れた言葉は、その静かすぎる空間に溶けて消えていった。

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