第111話 レーテルの緊張

それから更に1週間が経過し、ゼル達と出会ってから約1ヶ月が過ぎた。


「よし、そろそろ大丈夫だろう」


目の前でモンスター達と危なげなく戦うゼル達を見て、1人呟く。


俺たちの現在地は39層。

グレースダンジョンにはカイナミダンジョンと同様、10層ごとに階層主と呼ばれるボスモンスターが存在する。40層の階層主がどんな奴かは知らないが、彼等ならもう大丈夫だろう。


「——というわけで、明日を休みにして明後日にでも40層に行ってみようか」


「いゃったぁぁぁ!」


その日の訓練が終わった後、そう4人に伝えると真っ先にゼルが喜びの声を上げた。


「アルマ兄ちゃん!本当か!?」


「ああ、本当だ。今の君らなら問題ないだろう」


「えっと、アルマ兄さんは付いてきてくれるんですか?」


「俺も一応付き添うが、手出しするつもりはない。当日は4人だけで階層主を倒してもらう。指示出しは頼んだぞ、ライカ」


「ふん、兄様に言われなくても」


その提案にゼル、ホロウ、ライカがそれぞれの反応を示す。取り敢えず、この3人に反対意見はないようだ。


「レーテルは大丈夫か?」


「え?」


それらの会話に加わらず、1人で黙り込んでいたレーテルへ声をかける。


「え、ええっと........大丈夫、問題ないです」


「そうか」


彼女は少し考え込む素振りを見せたが、最終的に他の3人と同様に承諾を得ることができた。


この40層の攻略を終えたら、この教師の真似事は終わりになるだろう。

少し寂しい気もするが、俺がずっと近くにいても彼等の成長に繋がらないからな。どうせいつかはお別れしなければならないし、遅いか早いかの違いだけだ。こればかりは仕方ない。


「じゃあまた明後日、万全の状態を整えておくように」


「「「「はい!」」」」


それを俺は彼らには伝えずいつものように別れを告げると、4人はそう元気に返事してその日は解散となった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



さて、ゼル達が40層へ挑む当日。


「よし、集まったな。準備はいいか?」


「もちろん!とっくに出来てる!」


「ぼ、僕も大丈夫です!」


「私も勿論、行けます」


「...」

 

40層へと繋がる大きな扉の前で最後の確認を取ると、ゼル、ホロウ、ライカの3人からは元気な返事が返ってきた。

しかしその一方で、少し俯き気味なレーテルからは返答が無かった。


「レーテル?」


「!?」


その顔を少し強引に覗き込むと、明らかに元気のなさそうな表情の彼女と目があった。


「レーテルどうしたんだ?具合が悪いのか?階層主は逃げるわけじゃないし、体調がすぐれないなら今日は別に辞めても...」


「い、いえ!大丈夫です!」


若干顔色も悪そうだったため今日は辞めておくことを提案するが、レーテルは首を横に振ってそれを拒否した。


うーむ、見た目の割に意外と元気そうではあるんだが...緊張か?


あ、そう言えば、カイナミダンジョンの5層に挑む前のアーネもこんな風になっていたような。


なるほど。とはいえ、緊張をほぐす方法か。

あのときのアーネには、魔道具のブレスレットを貸すことで自信をつけさせたんだが。

こう言ってはなんだが、今の彼等に魔道具を貸したところでそれを上手く使いこなせるとは思えない。


う〜ん、どうするべきか。何かあげられる物でもあれば良かったんだが...それに何かをするにも4人平等にしてあげたいしな。

......あ、いいこと思いついた。


「あー、レーテル。緊張するのも分かるが、自分達にもう少し自信を持て。君には心強い仲間がいるし、いざという時には俺が助けに行く———こんな格好でな!変身!」


「え?」


突如淡く光る魔力に包まれた俺の体はその数秒後、完璧な三毛猫の姿になった。


どうだ。こんな超真面目なシーンで唐突に猫に変身してやった。これにはレーテルも、驚きと可笑しさで緊張なんて無くなるに違いないだろう。

あと、猫は普通に可愛いからな。その意外性と相まってきっと緊張もほどよく解けて...


「...」


そんな考えの元、期待してレーテルの方を見ると、彼女は驚くでもなく笑うでもなくただ真顔でこちらを見ていた。


あれ?おかしいな、計画と違うのだが…?

もしかして、スベった…?


「え、この猫って兄ちゃんか!?兄ちゃんがこの猫になったのか!?ええー、すご!!」


「こ、これってどうなってるんですか?前に言ってた変身っていうスキルですか?」


「あらあらお兄様、こんなに可愛い姿になってしまって。この1ヶ月間の恨み、今晴らさずしてどこで晴らすべきか...」


「!!?」


うんともすんとも言わないレーテルの様子を窺っていると、そんな喧騒と共に横から何本もの手が伸びてきた。


ちょ、お前ら、止めろ、どうしてお前らがそんなにはしゃいで、いや、どこ触ってんだ!おい、聞こえてんのか!クソ、言葉が喋れねぇ!


レーテル以外の3人に揉みくちゃにされる俺は、体のありとあらゆる場所を弄られる。


この手、絶対ライカだろ!おい、ふざけんな。それはモラル的に、クソ、今すぐにでも人間の姿に戻りたい!とはいえ、この状態で戻れば何かしらの犯罪に抵触する気がする!


とは言っても、このまま姿のままでこいつらに好きなようにされては俺の貞操が危うい。

ここは魔法を使ってでも格の違いを見せつけて———


「あははははは!」


俺が魔法を三人、特にライカに向けて打ち込もうとしたところで、突然レーテルが大きな声で笑い始めた。


「ははははははは!」


大きな声で笑い続けるレーテルに、俺だけでなくゼルやホロウ、ライカの3人もその動きを止める。


「はぁ〜、面白い」


ようやく笑いの収まったレーテルは目尻をさすりながらこちらへ歩み寄り、3人に揉みくちゃにされていた俺をそれらの手から引き取った。なんだこの子...女神か?


「アルマ兄さん、私のことを元気付けようとしてくれたんですよね?ありがとうございます。お陰で元気が出ました」


レーテルはその手に抱えた俺を真っ直ぐに見つめてそう言うと、ゆっくりと地面に降ろしてくれた。ああ、やはり女神はここにいたのか。


「でも、やっぱり...」


ん?

地面に降ろされ、元の姿へ戻ろうとした俺の耳にそんな声が届いた。


「私が真剣に悩んでいるときにふざけたことには、少し腹が立ちました。なので兄さんは私たちが階層主と戦っている間、そのままの姿で私たちを見守っててください」


......え?

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