第77話 ぼっちの長期休み

前期最後の大型行事である武術祭も終わり、更には期末試験を経て学園は長期休みへと突入した。


この約2ヶ月間に渡る長期休みの間、生徒達は友達と遊びに行ったり実家へ戻ったり、はたまた学園で補習を受けていたりなど思い思いの過ごし方をするようになる。


さてこの2ヶ月間という長い期間、一体俺が何をしていたのかというと———ずっと実家に引きこもっていた。




前期の終業式の翌日。

つまりは長期休みの初日、俺とセインは故郷であるヌレタ村へと帰省した。

帰省には瞬間移動を用いた送迎サービスを利用させてもらった。さすがは王都、こんなに便利なものがあるとは。


そこで俺たちは一時ゆっくりとした時間を過ごすことになったのだが、帰省してから3日後、セインは一度王都へ戻ると言った。


その理由を聞いてみると、クラスメイトとの交流会や風紀委員会との用事なんかがあるらしい。一方の俺はというと、これからの2ヶ月間もの間予定は全くの白紙だった。どうしてこうなったんだろうな。


セインはクラスメイトとの交流会に誘ってくれたが、俺はそれを丁重にお断りして王都へ戻るセインを見送った。


セインが王都へ帰った後、俺には考えることが山ほどあった。別に俺は彼ほどのカリスマ性があるわけでもないし、社交的である訳でもない。だとしても、なぜこんなにも差がついてしまったのか。


そんな答えの出ない議題について考えるためだったのか、はたまたただの現実逃避だったのか。俺はそれから長期休みが明けるまでの間、ずっと特訓に明け暮れていた。寝ても覚めても、特訓、特訓、特訓。


その内容は剣術と魔法の訓練は勿論として、空中歩行や剣術と魔法を融合させた技などについての開発なども行った。


長期休みは2ヶ月間。本来であれば、楽しい思い出や甘酸っぱい思い出の一つや二つは出来そうなものではあるが、俺にはそんな思い出はない。というか毎日特訓の繰り返しだったため、思い出どころか長期休み中の記憶があまりない。




まあ、そんなわけで、


「本日から後期が始まる。休みボケも大概にして授業に励め。」


約2ヶ月ぶりに学園へ集結した生徒達へ、ダニエルは忠告する様に告げて教室を出る。


充実した長期休みを過ごしたセインでも、同じ日々の繰り返しにより記憶の定まらない俺でも、それの終わりは皆平等に訪れ、今日から後期が始まるのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「——文化祭ねぇ」


朝のHRが終わり、1時間目の授業開始を待っている間、俺はHRでダニエルさんが言っていたことを思い出していた。


「今月末に文化祭が開催される。何か企画をしたい者は実行委員まで各自で申し込むこと。応募用紙は職員室前に置いてあるため、自由にとっていくように」


そう、今月末には文化祭があるのだ。

この学園の文化祭はクラス単位での出し物などはなく、部活動や委員会、有志での企画が主となる。そのため俺みたいな部活にも委員会にも所属していない学生は特に何もしない、という選択肢を取ることもできる。

因みに小説内でのセインは有志として、クラスメイト達とお化け屋敷みたいなものを企画していた。


「まあ、俺は何もしないでいいかな...」


小説内と同じようにセインがクラスメイトと文化祭を楽しむのであれば、俺が何かをする必要もない。むしろ、セインとクラスメイトの親交の邪魔をしないために大人しくしておくのが一番だろう。別に一緒に企画する友達がいない訳じゃな——くもない。


「はぁ」


自分で考えてて悲しくなった。

そうため息をついたのと同時、1時限目の授業の教師が教室に到着し、退屈な座学の授業が始まるのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



新学期初日の授業が終了し、俺は寮への帰路に着いた。


案の定というかなんというか、セインはクラスメイトと共に有志として文化祭に参加するそうだ。優しいセインは俺のことも誘ってくれたが、丁重にお断りしておいた。俺が混ざったところで邪魔になるだけだろう。


そんなわけでセインはクラスメイト達と文化祭の企画を考えているため、俺は今1人で寮へ帰っている。

文化祭当日はどうしようか。文化祭に客として参加してもいいがその場合、俺はぼっちで文化祭を回ることになる。......寮でおとなしくしてるのが吉か。


そんなことを考えながら寮に戻ると、部屋のポストに1通の手紙が入っていた。


「む、何だ?」


俺の部屋に手紙が届くことはそれほど珍しいことではない。イヴェルやシエルとちょくちょく手紙のやりとりをしているし、両親からもたまに手紙が届く。


だが、イヴェルとシエルには昨日に手紙を返したはずだ。流石に一日も空けずに返信ということはないだろう。両親に関しても、ついこの間までヌレタ村に帰省していたしな…


「請求金額のお知らせ?」


ポストに入っていた真っ白な封筒には、黒い文字でそう書いてあった。ん?なんのことだ?身に覚えがない。え、なんかの詐欺か?架空請求か?


俺はおそるおそる封を開け、その中身を見る。差出人は、長期休みに利用した送迎サービスの会社だった。


「なになに...この度は我々、王都労働会の運営する送迎サービスをご利用いただきありがとうございます。先日ご予約頂きました件について、日程と請求金額が確定致しましたので通知させていただきます。料金は予定日の3日前までにお支払いください......?」


その書面には、送迎サービスについての料金の支払いを促す内容が記載されていた。


え?俺、長期休みの行きと帰りの料金はもう払ったよな?いや、書面には予約って書いてあるな。予約?俺はそんなのした覚えがない。なんだこれ。本当に架空請求か?この世界にも詐欺なんてあるんだな。


そんなことを思いながら、俺は一応その予約の内容を確認する。


「えーっと、予約の内容はヌレタ村と王都の往復で、日時は......今月末?今月末は普通に学園は休みじゃないし、それに文化祭の日程とモロ被りだ。そんな時期に予約するはずない」


しかもその内容をよく見れば、文化祭の前日にヌレタ村から王都へ、文化祭の当日の夜に王都からヌレタ村へ移動するという予定になっている。これでは俺が利用できない、行きと帰りの出発地と到着地が全くの逆だ。ヌレタ村から王都に来る?そんなことをする可能性があるのは俺の両親くらいだ———あ。


ここで俺はあることを思い出した。そう、それは長期休みの初日。セインと共にヌレタ村へ帰省した日。その日俺はセインを自宅に招き、両親と合わせて4人で夕食を食べた。そのとき、



「後期に入ったら文化祭があるんだよね。楽しみだなぁ」


「ああ、あったなそんなの。再来月の末とかだっけか」


「あら、文化祭!楽しそうね!私達もアルト達の学校に行ってみたいわ。ねぇ、あなた」


「ああ、確かにな」


「あー、だったら2人とも来れば?送迎に関しては俺たちが利用したのを使えばいいし、予約しておくよ」


「え!本当!?再来月の末ね?予定空けておくわ。あなたは大丈夫?」


「俺も再来月なら調整可能だろう。問題ない」


「じゃあ決まりだね」



あー、そんな会話もあったような気がする。その後、王都に戻るセインに予約をしておいてくれるよう頼んだんだっけ。


あー、うん。したわ。そのセインが帰った後、俺は特訓モードに入っていたからすっかりそのことを忘れていた。


ん?ということは?

今月末、学園に両親が来るのか?

俺がぼっち生活を送るこの学園の文化祭に?

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