第68話 武術祭

「どーーん。」


軽く前方に突き出した手から火球が1つ出現し、的へ向けて一直線に飛んでいく。火属性の中級魔法だ。


ドンッという音と共に的へ命中した火球は消え、少し焦げ付いた的だけがそこに残った。


今は魔法の実技の授業中である。

俺たちが学園に入学してから既に3ヶ月が経過し、学園での生活にはもう大分慣れた。


「?」


火球を放ってから数秒後、肩を軽く叩かれた。


「お疲れ様。相変わらずアルトの魔法はすごいね」


耳栓を外して振り返ると、そこには肩を叩いた張本人であるセインの姿があった。


「ああ、ありがとう。だが、セインからそう言われると嫌味にしか聞こえないんだが...」


「え?いやいや、確かに魔法の威力は僕の方があるけど、魔法の精巧さとかはアルトの方が段違いに上手いよ!」


セインからの賛辞を素直に受け取れないでいると、彼は少し焦ったようにフォローを入れる。

うーん、現時点ではそうかもしれないが、いずれ魔力操作の点でも追い抜かれることは分かりきっているからな…


「確かに、セイン君の言う通りだよ。しかもアルト君、無詠唱でしょ?無詠唱であんなに魔法が安定してるっておかしいよ?まあ、わざわざ耳栓を付けてるってことは、余程集中しなきゃいけないってことなんだろうけど。」


そんな風に横から会話に混ざってきたのは、紫色の髪の毛の少女、シャーロットだ。

まさか彼女からもそう言われるとは。


シャーロットは好奇心の塊みたいな女の子で、入学当初クラスメイトの誰もが俺やセインに話しかけようとしない中、唯一話しかけてきた人物だ。

白黒はっきりとした性格で身分を理由に人を差別しない彼女とは、この3ヶ月間でよく喋るようになっていた。


「ははは...魔法の実力トップの2人にそこまで褒められるとは。その賛辞は素直に受け取っておくよ」


ここで謙遜するのは野暮だろうと思い、俺は素直にそれらの言葉を受け取っておく。


え?耳栓?勿論、俺は耳栓なんてなくても無詠唱で魔法を使うことができる。だが、魔法の授業に耳栓は必須だろう。羞恥心で死なないために。


「改めてだけど、アルト君がここまで強いは思わなかったよ。人を見る目は自信あったんだけどな〜」


「俺は君らの強さとは種類が違うからね。俺は魔力の操作には自信があるけど、威力がないことに変わりはない。あと、君らならすぐにでも魔法の操作においても俺を追い抜けるよ。」


俺は幼少期から鍛えてきた魔力操作やダンジョンで培った観察眼などにはある程度の自信を持っているが、それ以外の分野に関してはセインやシャーロット達に遠く及ばない。


更に言えば、彼らは魔法の操作などに慣れていないだけであと一年もすれば、十数年かけて手に入れた技術を易々と習得し、俺のことも飛び越えていくだろう。


「それこそ、嫌味にしか聞こえないんだけど...」


「え?」


それを彼らに伝えると、シャーロットはジト目でこちらを見つめてきた。うん?どうしたんだこの娘は。思っていることを言っただけなんだが。


「そ、そんなことより!武術祭ももう来週だね!予選は明後日にあるんだっけ」


俺とシャーロットの間に剣呑な空気が流れたことを悟ったのか、セインが話題を変える。


武術祭、前期の最後にグレース剣魔学園内で行われる全校生徒が参加する大会で、日本で言う体育祭のような位置づけとなる。


「ああそうだな。まあ善処するよ」


「本戦に進めるのは予選の上位4人だっけ。予選でセイン君とは当たりたくないな〜」


武術祭は簡単に言えば、学園内で1番強い奴を決める大会だ。流れとしてはまず学年内で予選を行い、上位4人を決定する。予選を勝ち上がった一年生から四年生までの計16名は本戦であるトーナメント戦へ進み、それによって優勝者が決定する。


「上位4人か...入試の成績でいうとセイン、俺、オスカー、シャーロットなんだが...」


そう言って俺は成績上位者残りの1人であるオスカーの方を見る。そのオスカーは、こちらには目もくれず魔法の練習をしていた。


「大人しくなったよね〜、彼。入学当初なんて、セイン君達に敵意剥き出しだったのに」


「あはは...」


シャーロットの言葉にセインは苦笑いを返す。


実際彼女の言う通り、最初こそセインと俺へ敵意剥き出しだったオスカーだが、例の剣術の授業での立ち合い以降大人しくなっている。これで本当に改心してくれていたらいいんだが。


「でも入試の結果からは予想できないよね。筆記はないし、トーナメントの運もあるし。まあ、入試の成績を元にトーナメントを組むみたいだから、すぐに私達が当たるってことは無いみたいだけど」


シャーロットの言うように、必ずしも入試の成績=戦闘能力ではない。特に入学試験において筆記試験が得点源だった俺なんかは、それが顕著だろう。


また武術祭のルールは至ってシンプルで相手を戦闘不能にする、もしくはフィールド上から出すことで勝敗が決まる。

ここまでは入学試験の剣術試験なんかと同じだが、魔法の使用が禁じられていたそれとは異なり、武術祭では基本的に何をしてもOKだ。魔法は勿論のこと、武器についても持ち込みを許可されている。


自分の持てるすべてを尽くして戦うことが武術祭のポリシーで、教員は基本的に戦闘に干渉しない。まあ、流石に命の危険があるときは助けに行くだろうが、その場合は助けられた側が敗北となる。


「武術祭で大切なのはなんといっても剣術と魔法の併用だよね〜。その点で言えば、私はアルト君が羨ましいよ。剣で打ち合ってる最中に無詠唱で魔法を発動されちゃったらどう対応していいか分からないからね」


これもまたシャーロットの言う通りで、武術祭では剣術と魔法の個々の能力というよりは、それらをどう組み合わせて使うことが出来るか、という能力の方が重要になってくる。

それこそ剣を交えている間に魔法を発動する技術は、武術祭で上位に入るためには必須の技術だろう。


「うぅ、剣術と魔法の併用...やったことないから心配だよ...」


「セインなら大丈夫だろ」


「セイン君なら大丈夫だよ〜」


そう心配するセインへ俺とシャーロットが声を揃えて言うのと同時、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。今日の授業はこれで最後だ。


立ち話もほどほどにし、俺達はそれぞれ寮へ帰ったのであった。

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