第69話 武術祭予選

時は流れ、武術祭予選当日。

俺たち一年生は、その全員が朝から武道場へと集められていた。


「予選のルールに関しては、各クラスで説明を受けている通りだ。そして予選上位4名が本戦へと進むことが出来る。予選のトーナメント表及び会場、開始時間、それらの結果は本部の方で更新していくため、逐一確認すること。連絡事項は以上だ。...では只今より、一学年の武術祭予選を開始する!」


そんな我が担任ダニエルの宣言があり、武術祭の予選が始まった。


予選では一年生全40名から上位4人が決定される。

試合形式は一対一で、勝者がトーナメントを進むことができる。各試合時間も正確に測定され、それは決勝トーナメントへ進む上で大切な指標になるのだが……俺には関係ない話か。


なぜなら、俺は3回戦で負ける予定だからだ。

3回戦まで進めば全体のベスト10辺りにランクインするので、Aクラスでの中間くらいに位置することになる。それくらいの立ち位置が丁度いいだろう。


間違っても、教員を含めた全校の人間から注目されるであろう本戦になど進む予定はない。まあ1,2回戦であっけなく負ける可能性も全然が、仮に3回戦まで進んでも俺はそこで負けるつもり、ということだ。


「次の試合の者!前へ!」


一つ前の試合が終わり、順番が回ってきた。俺は軽く準備運動をして、フィールドに上がる。

そんな訳で、取り敢えず1回戦と2回戦は本気でやる予定だ。威圧がどこまで通用するのかも試しておきたいしな。


フィールドに上がった俺の前には、丸眼鏡をかけた真面目そうな男の子が立っていた。

その体操服にはカリアスと書かれている。見たことも聞いたことないため、多分Bクラスの生徒だろう。Bクラスとはいえ、この学園の生徒だ。油断はできない。


「それでは、始め!」


「威圧」


試合開始を告げる審判の掛け声と同時、俺は威圧を発動する。先手必勝。負けるつもりは毛頭ない。


「あぁぁ?...あ、ぁぁ......」


それを受けたカリアス君は、顔を青くして立ち尽くしている。上手く発動したようだ。


「さてさて...」


俺はゆっくりと歩き、依然立ち尽くしたままである彼との距離を詰める。


「あ、ぁぁ.......」


近づいてくる俺に対し、カリアスは大きく首を振る。しかし、その体を動かすことはしない。いや、出来ないのか。


そして俺は彼の真正面に到着する。手を伸ばせばお互いに触れられる距離だ。


「お疲れ」


「あ、ぁぁ......」


そのまま軽くカリアス君の肩に手を置くと、彼は後ろに倒れ尻餅をついた。倒れた彼は俺を見上げたまま、動こうとしない。


「審判。戦意を喪失しているようです。確認をお願いします」


「ん!?わ、分かった」


そこで俺は審判を呼び、カリアスの状態を確認させる。


「カリアス、戦闘続行不可により勝者アルト!」


10秒程度の確認を終えると、審判がそう宣言した。


「ありがとうございました」


俺は一度礼をして、フィールドを降りる。

試合時間は3分も経っていない。カリアス君は自身に何が起きたのか分かっていないだろう。

悪いことをしたとは思うが、こっちも負けたくないんだ。許して欲しい。


後に行われた2回戦でも威圧は同じようにその効果を遺憾なく発揮し、俺は無事3回戦へとコマを進めた。





「やあやあアルト君。ここで当たるとはね〜」


「ああ、お手柔らかに頼む」


予選トーナメント3回戦。


フィールドへ上がった俺の前には、薄紫色の髪を靡かせたシャーロットが軽く手を振って立っている。まあ、トーナメント表を見た時点でこうなることは予想していたが。


しかし、シャーロットが相手であることは非常に都合が良い。シャーロットは1,2回戦と、対戦相手を全く寄せ付けない強さを発揮していた。ここで俺が負けても、誰も不思議には思わないだろう。


「では、始め!」


「いっくよ〜!」


「!!」


審判が試合の開始を告げてすぐ、シャーロットは俺との距離を詰めてきた。てっきり、得意の風魔法を使うと読んでいた俺は少し驚く。


「へぇ、今のを全部防ぐんだ。流石だね」


「そんな積極的に来られると困る。俺みたいな男はそういうのに慣れてないんだ」


焦った俺はつい、シャーロットの攻撃を防いでしまう。咄嗟の行動で手を抜けるはずがない。


「そっかそっか。じゃあこういうのはどうかな?——我が敬愛する風の神よ。我に力を貸し与え給え——風球ウィンドボール!!」


「!?」


シャーロットが詠唱を唱えると、俺と彼女の周りには数十個の風の球が出現した。これは風属性の上級魔法か。


「短縮詠唱だと!?」


シャーロットがこれくらいの風魔法を扱えることは知っている。しかし、その詠唱は本来の詠唱の1/3ほどの長さしか無かった。


剣で打ち合いながら上級魔法を短縮詠唱で発動させるなど、かなりの努力と集中力が必要だろう。


「あはは、驚いた?セイン君とアルト君を間近で見てて、私も努力しなきゃって思ってね!」


そう言うシャーロットの剣戟は更に激しさを増す。クッソ......これはキツい。ここに止まり続ければ、シャーロットの風魔法の餌食になってしまう。


避けようと思えば全てを避けることも可能かもしれないが、負けるのならここで避けないというのも一つの手だ。......痛いのは嫌だが、仕方ない。


俺は風魔法のすべてを受け止める意思を固め、それの衝撃に耐えるため体に力を込めた。


「———ッ」


「え?」


するとシャーロットは突然、その木刀の動きを止めた。俺を囲っていた数多の風の球もすべて消滅している。


「ど、どうした?」


俺は目の前で立ち尽くすシャーロットへ声をかける。


「......ないわよ。」


「え?」


「ふざけんじゃないわよ!」


シャーロットは大きな声でそう叫んだ。


「あんた、舐めたことしてんじゃないわよ!何を考えてんのか知らないけど、私相手に手を抜くとか舐めてんの!?本気の君と戦えることを楽しみにしてた私が馬鹿みたいじゃない!」


そう言ってこちらを強く睨みつけるシャーロットの顔は怒りで歪んでいた。


「......すまない」


俺は素直にシャーロットへ謝罪する。


そうか、彼女は俺と戦うことを楽しみにしてくれていたのか。そんな相手に対して俺は...悪いことをした。


「分かった。ここからは本気でいく」


「ふん、どうだか」


どうやら俺は、シャーロットからの信用を完全に失ってしまったようだ。

これを取り戻す為には、まずはここで本気で相手をする必要があるだろう。


「いくぞ」


一度息を吐いた後、俺は地面を蹴ってシャーロットとの距離を詰める。


「ふッ!!」


「面倒ッ...!!」


防御に回ったシャーロットは迫る木刀をすべて防いでいるものの、とてもやりにくそうにしている。


魔法と同じく、俺の剣術には威力こそないものの精度には自信がある。シャーロットのわずかな予備動作から次の行動を読み、それを考慮した上で行動している。彼女からしてみれば、とても面倒だろう。


「——ッ、一旦引いて........え!?」


一度仕切り直そうと思ったのか、シャーロットは後ろに大きく飛び退いた。しかし、それすらも読んでいた俺からは逃れられない。


後ろに飛んだシャーロットに対して、既にその後ろに風球を仕掛けておいた。シャーロットはそれに背中から突っ込む形となり、そのままは横に大きく吹き飛ばされた。


「くッ......やっぱり強い。私も切り札を出さなきゃいけないかも...」


フィールドに落ちるすんでのところで持ち堪えたシャーロットは、フラフラとしながらも立ち上がる。


今ので落ちないか。完全に不意を突いたはずだったが、咄嗟に体をずらして直撃を避けたのか。


「流石だな、シャーロット。だが、終わりにするぞ」


「やるしかない、出し惜しみ無しで!」


俺とシャーロットは互いに向き合う。次のやりとりで最後になるだろう。

その火蓋を切ったのはシャーロットだった。


「———我が敬愛する風の神よ。我に力を与え給え。火、水、土を裂き、光、闇を弾く豪風よ。今、我が元に集いて、その姿を現し給え。我が魔力をもって、その代償とせん———風舞繚乱サイクロン!!」


両腕を大きく広げてそんな長い詠唱を言い終えると、彼女の前には巨大な竜巻が発生した。


サイクロン、風属性の最上級魔法だ。あの竜巻に呑まれたら最後、体が何十個ものパーツに分解されてしまうだろう。


「ハァ...ハァ...これが、今の私のできる最高の魔法。死んじゃったら、ごめんね」


シャーロットはそう言って、横に広げていた両手を前に出す。するとその竜巻はゆっくりと前進し、俺へ迫ってくる。


避ける——ことも出来なくはないが、その巨大な竜巻はフィールド大きく占領しておりその横幅を少ししか残していない。そこを抜けようとしても、風に煽られてフィールドから落ちるのが関の山だろう。


つまり俺が勝つ為には、この竜巻をなんとかするしかないということか。

本気を出すと言ったんだ。最後まで争ってやるさ。


「火球」


着々と迫ってくる竜巻に対し、俺はバスケットボールほどの大きさの火球を3つ作ってその竜巻の中へと放った。


火球はそのまま竜巻の中へと吸い込まれていく。


「......??」


その様子を見たシャーロットは不思議そうな顔をした。竜巻は火球を放り込んだところで特に変化することはなく、いや、むしろ威力を増して俺に迫る。


「...ぬつも......のか?」


「...めた...か?」


「...れか助け......と!!」


周りから色々な声が聞こえてくるが、それらはすべて竜巻の風によって遮られる。風が大分強くなってきた。目を開けることも辛い。


あと3歩、前に出れば竜巻に呑まれるだろう。

あいつはもう助からない———その場の誰もがそう思った。そのとき、


ブォン!!!


目の前まで迫っていた竜巻は突然そんな音を上げ、次の瞬間にはそれは見る影もなく消滅した。


「え?」


「あっぶねー」


突然消えた竜巻に、シャーロットは何が起きたのか分からないといった顔をする。いや、シャーロットだけではない。観戦してる他の生徒達もそうだろう。


何をしたのかというと、簡単に言えば魔法の核を壊したのだ。


威圧のような魔法は別として、実体を持った魔法——俺の火球やアーネの水鮫など——には、魔力の濃い場所と薄い場所がある。特にあの竜巻のような巨大な魔法では、その濃淡が顕著になる。


そして、その中でも魔力が特に濃い箇所を一般に核という。核はその魔法の根幹をなしているため、これを破壊すればその魔法を破壊することができるのだ。


まあ普通に火球を放り込んだのでは、竜巻に火球の核を破壊されてしまうので意味がないのだが、俺は竜巻の魔力の薄いところを見極めてそこに火球を放った。

そうして竜巻の中へと入った3つの火球がそれ核を破壊したことで、シャーロットの魔法は消滅したのだ。


「う、嘘でしょ...?」


「ごめんな、俺の勝ちだ」


シャーロットは未だ、信じられないものでも見たかのように呆然としている。


俺は彼女の最大火力の魔法を打ち破り、まだ体力と魔力にも余裕がある。対して彼女は既に肩で息をしており、心身ともにかなり疲労しているようだ。勝負はもう見えただろう。


しかし、まだ彼女の目は死んでいなかった。


「いや、まだ!」


木刀を握りしめたシャーロットは、素早い動きで俺との距離を詰めようとする。


「威圧」


「なッ...!?」


そんな彼女へ俺は威圧を放つ。その瞬間、シャーロットはその動きを止める。


「かッ...!!な、なに、こ、れ」


「威圧をかけても喋れるのか。流石だな」


動きを止めたシャーロットは体を動かすことは出来ないようだが、喋ることは出来ていた。

今までで他に喋ることの出来ていた生徒はいなかったのだが…シャーロットの精神力が他の者より優れているということだろうか。


「だが、これで終わりだ」


俺は他のときと同じように、彼女の肩へ手を置く。


「ふぁッ......」


するとシャーロットは膝から崩れ落ち、動かなくなった。気絶してしまったようだ。


「審判。宜しくお願いします」


「あ、ああ。シャーロット=ナイラの戦闘不能により、アルト=ヨルターンの勝利!」


そんな審判の宣言を聞いた俺はフィールドから降りて、会場を後にした。

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