第59話 推薦者達
<<side セイン>>
アルト君と別れた後、学園長の元へ向かうとそこでは学園長の他に4人の男女が僕を待っていた。皆んな、高級そうな衣服を身につけている。
「全員来たか。では、行くとしよう」
学園長はそう言うと、校舎内へと歩き出した。それについて行こうとしたとき、僕の肩が何者かによって掴まれた。
「え?」
咄嗟に後ろを振り向くと、そこには背の高い赤髪の少年が立っていた。
「お前、貴族か?」
僕の肩を掴んだことには言及せず、その少年はいきなりそう聞いてきた。
「え?いや、僕は平民だけど...」
「チッ」
そう返事をすると、その少年は早足で離れていった。その様子はどこか不機嫌そうだ。
学園長へ付いていった先、僕たち推薦者が案内されたのは校舎内の応接室だった。
「取り敢えず、この机の周りに適当に座ってくれ」
学園長はそう言い、自身も近くの椅子に座る。その机の周り残り5つの椅子が並んでいる。僕たち5人はそれぞれ、無言で席に着いた。
「そう固くなるな。選定試験が終わるまでの暇つぶしだ。推薦者達での座談会。悪くないだろう?」
「...まぁ、僕なら選定試験など余裕で突破できたでしょうが、このように強者同士での話し合いも悪くないでしょう。...1人部外者もいるようですが」
金髪で青い目をした少年がそう返事をする。
“部外者”の部分で僕の方を見た気がするけど…気のせいではないだろう。
「そう言うなオスカー王子。ここにいる者は皆、私が認めた素晴らしい能力を持った者達だ」
「平民が、か?」
フォローする学園長の言葉を遮るようにし、真っ赤な髪と紅い瞳をもつ少年が声を上げた。僕の肩を掴み、舌打ちをして離れていった少年だ。
「確かに、こいつは平民にしては剣術も魔法もできるのかもしれない。だが、それだけだろ?所詮平民だ。そいつが貴族や王族である俺やオスカーに敵うはずがない」
「エリオット、俺は王子だぞ?様をつけろ」
「はいはい、申し訳ありませんでした。お、う、じ、さ、ま?」
「貴様ッ...」
金髪の少年——オスカー君と、赤髪の少年——エリオット君が睨み合う。
「ここの学園って実力さえあれば、身分とか関係ないって聞いてたんだけど違ったの?それとも、この人達がお馬鹿さんなだけ?」
まさに一触即発——そんな雰囲気の中、薄い紫色の髪を腰のあたりまで伸ばした少女があっけらかんとした口調で言った。
そしてその言葉は、まさしく一触を与えるものだった。
「なんだと?口の聞き方に気をつけろよ?女風情が」
エリオット君は鋭い眼光でその少女を睨みつける。
「あ、身分差別の次は男女差別?へぇ、グレース王国ってこんなに遅れてるんだ」
「それは、我々王族への批判だと捉えてもいいのか?貴様の国を滅ぼすぞ?」
「王族がそんな軽率に国を滅ぼすとか言っちゃダメでしょ。もっと冷静でいないと。うちの国はどちらかと言うと実力主義の国だからね。グレース王国において名門の学園がどんなものかと思ってきてみれば、推薦組でこれだから少し残念かな」
「好きに言わせておけばッ...」
「少しお灸を据える必要がありそうだな...」
「へぇ?やるの?」
オスカー君とエリオット君が静かに立ち上がり、それに対する少女は目を細める。
「オスカー、エリオット。どちらとも落ち着け。そしてシャーロット、お前も挑発しすぎだ」
いつ乱闘が起こってもおかしくないその状況に、学園長が注意を促す。
「えー、挑発なんてしてないよ。ただ本当のことを言っただけじゃん」
「ほう...」
「こいつッ...」
「み、みなさん!落ち着いてください!折角の推薦者同士なんですから、仲良くしましょうよ!」
「ああ?」
「ヒッ...」
どんどん悪くなる部屋の雰囲気に、淡い桃色の髪の毛を肩のあたりまで伸ばした少女が声を上げた。その瞳は左右で色が異なる——左目が赤色、右目が青色——オッドアイだ。
しかし、彼女はエリオット君の威圧的な声に萎縮してしまう。
「えっと、貴方は?」
萎縮し沈黙してしまった少女に、シャーロットさんが声をかけた。
「わ、私はエマ=ホワードと言います...。ホワード男爵家の長女です...」
「あ?男爵如きが出しゃばってんじゃねぇよ!」
「ヒッ...」
「だから、身分は関係ないって言ってるでしょ?脅すことしか能がない奴はうるさいだけだから黙ってて」
「なんだと...!!」
エリオット君の額にいくつもの青筋が浮かぶ。かなり苛立っているようだ。いつ手が出てもおかしくない。
「エリオット=ラーシルド」
すると、学園長がそう名前を呼んだ。
ラーシルド家、確か剣聖の家系だったはずだ。名前を呼ばれたエリオット君は学園長の方を向くと、一瞬だけ硬直し悔しそうに体の力を抜いた。
「そうだ、それでいい」
「...いつまでも自分が上にいると思ってんなよ。いつか、俺がお前を殺してやる」
「それは楽しみだ。期待している」
「チッ...」
未だ苛立った様子のエリオット君は席を立ち、部屋を出て行こうとする。
「どこに行くんだい?トイレなら扉を出て右だが」
「こんなところにいるくらいなら、走り込みでもしてた方がマシだ」
「そうか。では、左手の玄関から外に出てくれ。校舎内は筆記試験の関係上、本来は立ち入り禁止になっている。私の管轄外で校舎内を移動すれば、それはカンニング行為と見做されるので注意してくれ。選定試験はあと3時間程度で終わるだろう。それまでには校舎の前に集まっておくことを勧める。では、また本試験でな」
「...」
学園長の言葉を聞くと、エリオット君は無言で部屋を出て行った。
部屋の中を静寂が満たす。それを破ったのは、
「では、僕も失礼します。ここにいても、僕にとって利益はなさそうですから」
そう言って立ち上がったのは、オスカー君だった。
「オスカーもか。先ほども言ったが、校舎内は——」
「立ち入り禁止になっているから外に出てろ、3時間後には校舎前に集合しろ。ですよね?僕は馬鹿ではないので、2度も説明して頂かなくて結構ですよ。では」
そう言うと、オスカー君はそのまま部屋を出て行った。
「はぁ...」
空席となった二脚の椅子を見て、学園長がため息をつく。
「すみません。僕のせいで...」
「いや、君は何も悪くない」
「そうだよ。悪いのはあのアホ2人でしょ」
僕の謝罪には学園長がフォローをし、シャーロットさんもそれに同調してくれた。
「彼らが出て行った原因には、君がかなり関わっていると思うが」
「えー?思い当たる節がありすぎて、どれが原因か分からないですね」
学園長はシャーロットさんに目を向けるが、彼女は飄々と答える。
「まあいい。少し数は減ってしまったが、この4人で少し話そうか。まずは自己紹介といこう。私はアーレット=ホウロウ。ここの学園長をしている。よろしくな。では、次はセイン、君だ」
自己紹介というには少々短すぎる内容を言い終えた学園長は、次に僕を指名した。
「え、えっと、セインといいます。ヌレタ村という遠く離れた村から来ました。孤児なので苗字はありません。よろしくお願いします」
かくいう僕も学園長と同じく、かなり短い自己紹介になってしまった。正直、自分について話すことがあまりない。
「じゃあ、次は私だね。私はシャーロット=ナイラ、シャーロットって呼んでね。ナイラ公爵家の三女で、隣のエルト公国から留学生って感じで受けに来たの。さっきので分かったと思うけど、思ったことはすぐに口に出ちゃうタイプ。よろしくね」
シャーロットさんがそんな自己紹介を終え、最後に
「エ、エマ=ホワードといいます...。ホワード男爵家の長女です...。よろしくお願いします...。」
と、エマさんが最短の自己紹介を行い、学園長へとバトンが戻った。
「では、後は若いので...と言いたいところだが、流石にそれは厳しそうだな。私が何か話題を探そうか。あ、そういえばセイン。君の友達のアルトという子は来ているのか?」
「あ、はい。来ていますよ。今、選定試験を受けているはずです」
「そうか。突破できるといいな」
「できますよ。彼なら」
「えっと、そのアルト君っていうのは?」
僕と学園長の会話に、シャーロットさんはそう質問をした。
「セインの友達で、セイン曰く、セインよりも強いらしい」
「へぇ〜。セイン君よりも。セイン君ってかなり強いよね?そのアルト君ってどんな子なの?」
「え、えっと、」
シャーロットさんに促され、そこから僕はアルト君についての説明やヌレタ村での生い立ち、学園への入学を目指すきっかけとなったあの事件などについて話した。
その流れでシャーロットさんとエマさんも自身の生い立ちと、学園へ入ろうと思った理由などを話してくれた。
そんなこんなで時間は進んでいき、気がつけば応接室へ入ってから3時間が経過していた。
「お、もうこんな時間か。そろそろ選定試験が終わるはずだ。お楽しみのところ申し訳ないが、移動するとしよう」
そう言って学園長は席を立つ。
僕たちもそれに続き校舎の外へ出ると、そこには怪我をした受験生と医療従事者とで溢れかえっていた。医療従事者達は忙しそうに動き回っていて、人手が足りていないのがすぐに分かった。選定試験はそれほどまでに厳しい試験だったのか。
「君たちは、あそこの受験生たちが待機しているところへ向かってくれ。私は選定試験の結果の報告を受けなければならない。では、本試験での活躍を期待している」
僕たちを校舎の外へと送り届けた学園長は、そう言って再び校舎内へと戻って行った。
...医療従事者の仕事を手伝いたいのは山々だが、なんの知識もない僕が手伝えることなど殆どない。むしろ足を引っ張ってしまうだけだろう。
待機場所へと向かうと、集団に混じり暇そうにしている黒髪の少年——アルト君を見つけた。
「アルト君。お疲れ様」
「おう、セインか。ありがとう」
僕はアルト君の無事そうな姿に一安心する。
「よくこの中から俺を見つけられたな」
「アルト君の黒髪は特徴的だからね」
「ああ、それもそうか」
アルト君を見つけられた理由について、彼は納得したように自身の前髪を弄る。
僕も人のことを言えた立場ではないが、アルト君の髪色はかなり特徴的だ。王都やアルクターレには多くの人がいたが、黒髪の人は1人としていなかった。
「ふ〜ん。君がアルト君ね」
僕とアルト君が喋っているところに、後ろにいたシャーロットさんが割り込んだ。
「お、おう。俺はアルトだ。君は?」
「私はシャーロット=ナイラ。...セイン君。君、人を見る目はないかもね〜」
「は?」
アルト君の顔を見つめたシャーロットさんは、すぐに興味を無くしたように僕へと向き直った。一方のアルト君は疑問の声をあげる。
「まあいいや。じゃあね2人とも!本試験も頑張ろうね!」
しかしシャーロットさんはアルト君には応じず、そう言って人混みの奥へと消えていった。
「では、私も失礼します...本試験で会うことがあれば、よろしくお願いします...」
エマさんもそれに続き、一度礼をした後でシャーロットさんとは反対の方向へと歩いていった。
「なんか、大変そうだな」
「ははは...」
アルト君の呟いた言葉に、僕は苦笑いを返すことしかできなかった。
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