第53話 2年間の集大成

2時間ほど商店街を見て回り、買い物を済ませた俺たちは森の中へと移動した。


「さて、まずは魔法からみてみようか」


「は〜い」


そんな気の抜けるような返事をし、アーネは目を閉じる。


森の中へと移動したのは他でもない、アーネの現時点での実力を測るためだ。因みにブレスレットは外してもらっている。そうしないと、ここら一帯に壊滅的な被害が出るだろう。


目を閉じたアーネは集中して魔力を編んでいく。それから数秒後、彼女の横には1匹の青い虎が出現した。


「いっけぇ!!」


彼女がそう言うと虎は素早い動きで森の中を駆け回り、最後には巨大な岩へとトップスピードで突進した。


ドン!


そんな大きな音が響く。

次の瞬間には虎の姿は消えており、岩には大きなクレーターができていた。森の中を走り回るという繊細な操作に加えてこの威力か。


「すごいな...もう魔法については言うことなしだ」


「えへへ、ありがとうございます」


「ちょ、ちょっと待って!?」


俺は素直にアーネを褒める。

それを受けて彼女が照れていると、一部始終を見ていたセインが会話に割り込んできた。


「ア、アーネさんは無詠唱で魔法を使えるの?」


「え、はい。使えます」


「というか、無詠唱じゃなきゃ無理だよな」


「そうですね。詠唱を知らないですし」


「なんなら、俺も無詠唱じゃないと魔法を使えないぞ」


「ええ!?」


あっけらかんと言う俺たちに、セインは驚いたような声を上げる。彼がこんなに驚いているのはなんだか新鮮だな。


「セインさんは知らなかったんですか?」


「あー、セインの前で魔法を使ったことは無かったか」


何を今更無詠唱魔法に驚いているんだとも思ったが、言われてみれば剣術の練習はよく2人でしていたものの、魔法の練習は個人でしていたか。

俺の魔法を見せる機会は無かった気がする。


「ふ、二人ともすごいね...僕は詠唱魔法しか使えないから......あ、そうだ!」


そう言うと、何かを思い付いたような様子のセインは自身の鞄の中へ手を突っ込んだ。数秒で鞄から引き抜かれた手には一冊のノートが握られている。


「これはある人から貰った本の写しなんだ。水属性の詠唱魔法についてまとめてあるんだけど、よかったら貰ってくれないかな?」


セインはそのノートを、そう言ってアーネへ差し出す。


なるほど、詠唱魔法の本を読んでいるセインが何かを書いているのは知っていたが、まとめノートを作っていたのか。

セインがまとめたのであれば、あのノートも原本に負けず劣らず分かりやすく書かれているのだろう。


「そうだな。俺はともかく、アーネには水魔法の才能がある。詠唱魔法についてもある程度学んでおいた方がいいかもしれない」


「流石に原本はあげられないけど、これならあげられるよ」


「そ、そうですか。で、では、貰っておきます...」


俺の後押しもあり、アーネは少し迷う素振りを見せながらもそのノートを受け取った。


著作権的にどうかとも思うが、この世界ではそんなこと関係ないからな。

そういえば、この国に法律などはあるのだろうか。前世の日本ほどではないにしろある程度発展している国ではあるようだし、あってもおかしくないのだが。一応、調べておいてもいいかもしれないな。


「アルトさんはいいんですか?」


「絶対に要らない」


その後、アーネが詠唱魔法の練習をしたいと迫ってきたが、俺はそれをはっきりと断っておいた。





さて、次は剣術の確認だ。

学園へは剣術と魔法のどちらも優れていないと入学することはできない。


「てやぁ!!」


そんな掛け声と共に、木刀を持ったアーネは俺へと切りかかってくる。


そのアーネの一撃を、俺は真っ向から受け止める。意外と重い、いい一撃だ。


「いいね!もっと打ち込んでこようか!」


「はい!」


アーネは間髪入れず、次々に鋭い一撃を放ってくる。数を重ねてもそれらの威力は全く衰えない。なんなら増しているまである。


その攻撃を全て正面から防いでいると、剣を振り下ろすのに合わせ、アーネが何かを言っていることに気がついた。


「———久々に!会えたと!思ったら!他の女の人に!デレデレして!私が!どんな気持ちで!待っていたか!この!鈍感!朴念仁!」


......聞かなかったことにしよう。


彼女がこれほどまでに真剣に俺へと打ち込んできているのには、俺への恨みが原動力になっていたようだ。

少し微妙な気持ちになりながらも、俺は彼女の攻撃を真っ向から受け続ける。剣術に関しても、現時点でこのくらいできるのなら全く問題ないだろう。


「よし、ここまでにしようか。これだけできれば十分だ」


「はい!ありがとうございます!だいぶスッキリしました!」


木刀を振り下ろすのを止めたアーネは、清々しい笑顔をこちらへ向ける。...まあ、ストレス解消になったんならよしとしよう。


「でも汗かいちゃいましたね。シャワー浴びたいです......ってどうかしました?」


「いや、何でもないよ。」


確かにアーネの言う通り、俺も彼女もかなりの量の汗をかいているのだが、その一方で彼女の化粧は全く落ちていない。


それを不思議に思い、顔をまじまじと見ていたら不審に思われてしまったようだ。まあ、彼女はヒロインの1人だ。そんな仕様があってもおかしくないか。


「じゃあ一旦別れようか。アーネは一度家に帰って、シャワーでも浴びててくれ。俺とセインはもう少し立ち合ってからアーネの家に行くよ。それから勉強会をしよう」


汗でベタつく洋服を触り、気持ち悪いとでも言いたげなアーネへそう提案する。

まだ外は明るいので、一人で帰らせても問題ないだろう。まあ、辺りが真っ暗であったとしても彼女なら多分問題ないが。


「分かりました!では、家でお待ちしていますね!」


その案を受け入れだアーネは、そう言って街へ戻っていった。

因みに、俺たちがアーネの家で勉強会をする旨はカイルさんに伝えており許可はとってある。


「とても信頼されているね」


「まあ、ありがたいことではあるな。セインにとっての、孤児院の子達みたいなものだ」


そして早速、俺とセインはそんなことを話しながら剣を交える。セインの剣戟はアーネのそれよりも速く、鋭く、重い。


対する俺は防御に専念するので精一杯だ。何とか、避けたり受け流したりしながらセインの剣を凌ぐ。


アーネのときは攻撃を真正面から受け止めたが、セインの場合はそうはいかない。彼の剣を真正面から受け止めるなど、出来るはずがない。防戦一方の俺は反撃の機会を窺うが、セインはそんな隙を見せる気配がない。


そして剣を交え始めてから10分後、俺の首筋には一振りの木刀が突きつけられていた。


「参った。」


両手を上げて降参すると、セインは木刀を下ろし俺にタオルと飲み物を差し出してくれる。あれだけ動き回ってたというのに、まだそんな余裕があるのか。


「お疲れ様。これどうぞ」


「ありがとう。やっぱセインは強いな。もう敵わないよ」


「いやいや、アルト君の守りを崩すのすごく大変なんだよ?今回は僕が勝てたけど、次はどっちが勝つか分からないよ」


「そう言ってくれるとこっちも救われるな」


セインは嫌味で言っているのではなく、心からそう思って言っている。それが分かっているため、俺はその言葉をありがたく受け取っておく。

まあ実際のところ、何回やったとしてもセインに勝つ未来は見えないが。


「そろそろ行くか。遅くなるとアーネが怒る」


「そうだね。アーネさんを長く待たせるわけにはいかないね」


少し休憩した俺達は一度宿へと戻り、シャワーを浴びてからアーネの自宅へと向かう。


アーネの家へ辿り着く頃には周りは少し暗くなっていて、陽の一部はすでに地平線に沈んでいた。


「あ、いつものアーネだ」


コンコンと扉をノックすると、部屋着姿のアーネが出迎えてくれた。その顔からは化粧がとれている。


「アルトさんは本ッ当に無神経ですね...化粧をしてない私には価値がないとでも言いたいんですか!」


「え?そんなこと言ってないだろ。むしろ、アーネは元から美人だからわざわざ化粧をする必要はないと思うんだが。」


「——ッ!!、そ、そういうのは、心の準備ができているときに言ってください!反応に困ります!」


「は?」


何を言っているんだろうか、この子は。


そんなやり取りがありつつ、顔を仄かに紅くして俺たちを家の中へと招き入れる彼女はどこか機嫌が良かった。

その後、リビングへ移動した俺はアーネにあるものを手渡す。


「これは?」


「俺が筆記試験の対策用に重要問題を組み合わせて作ったものだ。問題は全部で100問。制限時間は1時間。合格点はそうだな、90点にしようか」


「え、これはアルトさんが自分用に作ったものではないんですか?」


「元々はその予定だったけど、俺は賢いからな。そこに載ってる問題はすべて解答まで暗記している。だからそれを使う必要はないと判断した。一応予備もあるんだが、セインもやるか?」


「え?いいの?」


「おう、こっちは元々セイン用に作ったやつだ」


「じゃあ、お言葉に甘えて...」


そんなわけで抜き打ちテストの開催及びセインの参戦も決まり、2人はそれぞれ筆記用具を片手に席に着いた。


「では、始め!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「そこまで!」


「だぁ〜!! 終わったぁ〜!!」


「お疲れ様」


「おつかれさま、お姉ちゃん」


終了の合図と同時、アーネはその身を大きく後方へと反らす。


その様子から分かるように、彼女は制限時間の1時間を目一杯使って回答を終了した。一方のセインは制限時間を10分残して、既に回答を終了している。


因みに二人が問題を解いている間、俺は暇そうにしていたアーネの妹であるリーネちゃんと一緒に遊んでいた。途中からはセインも混ざっておままごとをしていた。


「じゃあ丸付けをするから少し待っててくれ」


俺は2人の解答用紙を受け取って採点を始める。採点は10分程度で終了し、引き続きおままごとをして遊んでいたセインとアーネを呼んだ。


「結果だが、先に解答を終えたセインから...セインは満点だ。流石だな」


「ありがとう。いくつか微妙な問題もあったけど、合っててよかったよ」


セインは基本的な問題は勿論、少し応用的な論述問題まで完璧に回答していた。入試本番でも高得点が期待できるだろう。


「そしてアーネだが......」


俺の言葉を聞くアーネは、祈るように手を組んでこちらを見つめている。


「...91点だ。基本的な問題は良く出来ているが、細かい計算ミスと魔法の理論のところでのミスが響いたな」


アーネは元々感覚派だからなのか、魔法の理論が苦手なようでそこの分野でのミスが非常に多かった。それで7問、計算ミスで2問のミスがあった。

とはいえ試験まで一年半程度残っていることを考えると、上々の出来だと言える。


「じゃあ、アーネは間違えたところの解き直しをしようか。セインはどうする?」


「う〜ん。解き直ししてる間はリーネちゃんが暇になっちゃうから、僕が相手をするよ」


「助かる。よろしく頼んだ」


「頼まれたよ」


その後すぐにカイルさんが家に帰宅し、アーネの解き直しが一通り終わる頃には、俺とセインの分を含めた夕食が完成していた。





「むー」


「そんな顔しても駄目だ」


夕食後、またもや俺たちに泊まっていくよう勧めてきたアーネに対し、それを丁重にお断りすると彼女は頬を膨らませて抗議をしてきた。俺は再度、宿に帰ると念を押しておく。


「それでは、お邪魔しました。明日はよろしくお願いします」


「お邪魔しました。夕食美味しかったです。ありがとうございました」


支度を整えた俺とセインは、わざわざ玄関まで見送りに来てくれたカイルさん達へお礼を言い、そこを後にする。


その見送りの際、始めは笑顔を見せていたアーネだったが、扉が閉まる直前に見えたその表情は酷く悲しそうに見えた。

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