第52話 つーん
次の目的地である商店街へと向かう、その道中。
「つーん。」
「なぁ、セイン。なんでアーネはあんな不機嫌なんだ?」
「さ、さあ。」
前を歩くアーネの機嫌が明らかに悪い。
セインにその原因を聞いてみるが、彼にも分からないようだ。
「つーん、つーん。」
そんな風にこそこそと話していると、アーネの機嫌はどんどん悪くなっていった。
これは直接本人に聞くしかないか...
「ア、アーネさん?ど、どうされたんですか?」
俺は恐る恐る、アーネへと話しかける。
「...んですね」
「へ?」
「仲良いんですね!あのソートさんとかいう受付嬢の方と!」
アーネはフンッとそっぽを向く。
お、おお?急に何を言い出しているんだこの子は。もしかして、ギルドを出る直前のことか?ソートさんはダンジョンの情報をくれた俺にお礼を言いに来ただけだ。
「お、おう。ソートさんと俺はただの職員と客の関係だぞ?アーネも知ってるだろ?何度か素材のやり取りをしているから、ある程度仲良くなるのは仕方なくないか?」
「それは分かってます!でも、私に黙ってたダンジョンの情報を教えたんですよね!?」
こちらを振り返ったアーネは、それが気に食わないとばかりに詰め寄ってくる。
うむ、流石はヒロインの1人、怒ってても可愛い———じゃなくて、それに関しては俺にも言い分がある。
「ああ、彼女に伝えるのが1番楽だったからな。」
「私でも良かったじゃないですか!」
「俺はダンジョンを有効利用して欲しかったんだ。多くの人に利用してもらうなら、ギルドの職員に伝えた方がいいだろう。」
「じゃ、じゃあ、あの人以外の職員の方でも良かったじゃないですか!」
「あのギルドで俺の事情を知っている人は彼女だけだ。彼女以外の人に伝えていたら...色々と面倒だっただろうな。」
ダンジョンの情報を伝えた後に、俺がギルドへ呼び出されることなどは全く無かった。きっと彼女が上手く伝えてくれたのだろう。
彼女へダンジョンの情報を話した理由をそう説明すると、先程までこちらへ詰め寄っていたアーネは黙りこくってしまった。
う〜む、乙女心は難しいな。
アーネが沈黙したことで俺たち3人の間に少し気まずい空気が流れる。
その空気感が継続したまま、目的地である喫茶店にたどり着いた。ここは昼食にとアーネが希望した場所だ。
店内へ入り、無言のまま席へ着く。
喋り出す様子のないアーネは、じっとメニューを眺めている。
「アルト君。アーネさん大丈夫?」
するとその様子を見かねたのか、隣に座るセインがコソコソと話しかけてきた。
「うーむ、正直な話分からん。乙女心については履修してないからな」
「りしゅう...?」
セインは首を傾げるが、それを無視して俺はアーネの様子を見守る。
「...ってください」
「え?」
「奢ってください!私の分を!そうしたら許してあげます!」
メニューを机に叩きつけ、アーネはそう言った。
正直、何を許してもらうのか分からないが、元々食事代は奢るつもりだったし、それで彼女の機嫌が直るのなら安いものだろう。
「分かった。ここでの食事代は全部俺が待とう。何でも食べるといい。セインの分も奢るから、セインも遠慮しないでね」
「え?」
「分かりました!ありがとうございます!店員さ〜ん!」
その要求を承諾すると、セインは戸惑い、アーネは待ってましたと言わんばかりに店員を呼んで注文をし始めた。
それから10分後には、俺とセインの前にはコーヒーのような飲み物とサンドイッチが、アーネの前にはパンケーキやパフェなどのデザートがずらりと並んだ。
「そんなに食べられるのか...?」
「余裕ですよ!甘いものはいくらでも入ります!」
どんどん机に運ばれてくるデザート達に若干引きながら尋ねると、アーネはさも当然のように答えた。
「いただきま〜す!」
「はい、どうぞ」
「アーネさん、ゆっくり食べようね」
元気な挨拶をしたアーネは、目の前に並んだデザート達をどんどんと食べ進めていった。
俺は目の前でみるみると減っていく甘味達を見つめながら、コーヒーのような飲み物を口へと運ぶ。味もさながらコーヒーのように苦い。でも、この苦さがいいんだよな。
そういえば、前世でもよくコーヒーを飲んでいたっけ。特に大学院時代は、エナジードリンクと併せて狂ったように飲んでいたような気がする。この懐かしい味、かつての大学院時代を思い出す———教授に一方的に見放されたこと、助教に人格を否定されたこと、ドクターの先輩に様々なタスクを押し付けられたこと———あれ?いい思い出が一つもないな。
というか、俺は大学院の在籍時に過労で死んでいるのだ。いい思い出なんてあるはずがないか。そんな暗い過去をこのコーヒーは思い出させてくれる————よし、もう飲まないでおこう。
全体の3割ほどを残しコップを置いた俺の隣で、セインはコーヒーもどきに砂糖を追加していた。苦いものは苦手なようだ。
因みにサンドイッチの方は、特に何か俺の前世の思い出を引っ張り出すこともなく普通に美味しかった。
一方のアーネはというと、大量の甘味を食べ始めてから30分後にはそのすべてを自身の胃袋へと収納していた。
「うっぷ... 流石に食べすぎました...」
「そりゃそうだ。なんなら全部食べ切れたことに驚きだよ」
椅子にその全体重を預け、苦しそうなアーネが呻く。その細い体の何処に、あんな大量の食べ物が吸い込まれていったのか。
「こ、このあとは何処へ行くんでしたっけ...」
そんな姿を見て人体の不思議について考えていると、アーネがそう声をかけてきた。
「この商店街で色々見て回って、王都までの道のりで必要そうなものを買うって感じだな。その後はアーネの練習に付き合うよ。まあ、一旦アーネが動けるようになるまで待つか」
「これ、どうぞ?」
相変わらず苦しそうなアーネへ、セインが水を差し出す。
「あ、ありがとうございます。りょ、了解しました...」
水を受け取ったアーネは体力の回復に努めるため、目を閉じて楽な姿勢をとった。
俺とセインが談笑しながら時間を潰していると、10分程度の休憩をしたアーネは目を開けて頷いた。
「もう大丈夫です」
「了解。じゃあそろそろ出て、適当にお店を見て回ろうか」
食事代の会計を済まし喫茶店を後にした俺たちは、商店街へと繰り出した。
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