第41話 遅刻フラグ

「ヌレタ村までの便なら、明日にでも用意出来ますよ」


「そうですか。なら、それでお願いします」


カイルさんへヌレタ村まで帰りたい旨を伝えると、明日にでも便を出すことができるという答えが返ってきた。


「じゃあ先に料金を払っちゃいますね。いくらになりますか?」


「いやいや、恩人であるアルトさんからお金は受け取れませんよ!代金はお支払いして頂かなくて結構です」


送迎の代金を支払おうとすると、彼女はそれを止めた。


「いや、そういう訳には...」


「そんなこと言わずに、私たちの感謝の気持ちとして受け取ってください」


そう言われてしまうと、俺は引き下がるしかない。


「はぁ...分かりました。ありがたくお言葉に甘えさせて頂きます」


「はい、では明日の正午に便が出ますので、また明日ここへいらしてください」


「承知しました」


その後、他のお客さんも居なかったので俺達は少しお喋りをすることにした。話の話題は勿論、アーネについての内容がほとんどだ。


「アーネったらダンジョンから帰ってきてからというもの、学園に入学するんだって言って毎日勉強をしてますよ。あの子があれだけ頑張れているのは貴方のお陰です。この度は色々と本当にありがとうございます」


「いやいや、俺のしたことなんて大したことじゃないですよ。まあ彼女なら間違いなく学園に入ることが出来ますから、見守ってあげててください」


「そうですね……あ!アーネを呼んできましょうか?ここから遠くない場所にいるはずですし、きっとあの子も喜びます」


「いや、大丈夫でしょう。彼女がこんな時間まで一生懸命練習しているのを邪魔をする訳にはいきません」


「そう、ですか...」


俺の返答にカイルさんは少し残念そうにしていた。

しかし、現在の時刻はかなり遅く、既に陽は落ちている。訓練が終わっていたとしても、俺と会っている時間があるのならしっかり体を休めたほうがいいだろう。


そんな会話をしていると、他のお客さんが店内へ入ってきた。


「では、俺はこの辺で。また明日、よろしくお願いします」


「あ、はい。ありがとうございました。お待ちしております」


店を後にした俺は次の目的地へと向かった。




次に向かったのは、アルクターレで最も大きな魔道具店だ。その目的は勿論、魔導書の購入である。

前にヌレタ村で魔導書を見たのは一年以上前であるため、そこにはもう魔導書は既に無くなっているかもしれない。


それなら、帰る前にアルクターレで買っておいた方がいいと思ったのだ。またアルクターレではダンジョンで得られた魔導書を直接仕入れることができるため、送料などが省かれてヌレタ村で買うよりも安いのではないか、という考えもある。


「御免くださ〜い」


いつものように店内へ入ると、店主のお婆さんが声をかけてきた。


「おお、アルトかい。久しぶりだね。今日もポーションを買いにきたのかい?」


「こんばんは、メリーヌさん。今日はポーションじゃなくて魔導書を見に来たのですが...」


ここの店はダンジョンの攻略をしていた際、ポーションを買うのによく利用していた。そのため、店主のメリーヌさんとは既に顔見知りの関係だ。


「ほう、魔導書かい。これは珍しい。金はあるのかい?魔導書は高いぞ?」


「ええ。臨時収入があったので。問題ないと思います」


「そうかそうか。魔導書は右奥の棚に並べて置いてあるから、色々と見てみるといい」


「はい。ありがとうございます」


メリーヌさんに言われた通り、店の右奥にある棚へ向かう。


そこには数十冊の魔導書が並べてあり、その中には威圧や変身などの一般的なものから空間収納などのレアな魔導書も置いてあった。

流石に鑑定や瞬間移動などの魔導書はなかったが、それでもかなりの種類の魔導書がそこにはあった。


そして、肝心のお値段はというと...


「変身が180万Gゴールドで、威圧が90万Gゴールドか。ちょうど一割引だな」


思った通り、ここでの魔導書の値段はヌレタ村でのそれよりも少し安かった。どちらにせよ問題なく購入できる金額であるが、安いことに越したことはないだろう。


更に俺は、興味本位で空間収納の魔導書の値段を見てみる。空間収納は鑑定や隠密、瞬間移動に次いでレアなスキルだ。高いんだろうな〜と思いながら値段を見てみると...


「ご、ごご、5000万Gゴールド!?」


目玉が飛び出るかと思った。

この初心冒険者しかいないアルクターレでこんなもの誰が買うのか。買わせる気ないだろ。

まさか空間収納というスキルにそこまでの価値がつくとは思っていなかった。


キリンさん。こんな貴重な魔導書をくれてありがとう。というか、空間収納で5000万Gゴールドって鑑定とか瞬間移動の魔導書って下手すると1億Gゴールドを超えるんじゃないか?


それらに比べると、威圧や変身がどれだけ良心的な値段で売られているかが分かる。俺は震える手で空間収納の魔導書を棚へ戻した。


「空間収納であの値段だとすると、他のスキルも買えなさそうだな。」


一応、威圧や変身スキルの他にもいくつか使えそうなスキルを見繕っていたのだが、それらはどれも空間収納と同じ、もしくはそれに準ずるランクのスキルばかりだ。


ダンジョン攻略を通して手に入れた財産は1000万Gゴールド弱。一応、これだけでも平民の中ではいわゆるお金持ちの部類に入るのだが、これらのスキルの魔導書を買うには少なすぎる。


魔導書の真の価値を知った俺は、当初の目的の通りに威圧と変身の魔導書を持ってメリーヌさんのいるレジへと向かった。




やるべきことを終えて宿へと戻った俺は、明日に備えて寝ることにしたのだが、ある問題に直面していた。


「目が冴えて寝れん。」


そもそも俺は数時間前まで寝てたのだ。眠いはずがない。最悪このまま寝なくてもいいのだが、休めるときには休んでおきたい。


そこでふと、魔導書の存在を思い出した。


「魔導書を読んだら強い眠気が襲ってくる、か。」


布団に横になったまま、威圧の魔導書を手に取ってその表紙を開く。

すると空間収納の時と同様、威圧について凄まじいほどの情報が脳内へと流れ込んで来た。数分後には魔導書は消え、狙い通り凄まじい眠気が襲ってくる。


「今は午後の9時くらいだから、まあ間に合うだろ」


そんなフラグとしか取れないような発言をして、俺は深い眠りについたのだった。






朝、目の覚めた俺が初めに思ったことは、やったということだった。こういうときはなんとなく感覚でわかる。ほぼ確実にやらかしている。


恐る恐る時計を見る。部屋の時計の差す時刻は11:30。カイルさんとの約束の時間は12:00。つまり、あと30分以内にカイルさんの店へと行かなければならない。


「やっべぇぇぇ!!」


状況を理解した俺は急いでベッドから跳ね起きる。


幸いにも荷造りは前日にやっておいたため、俺は適当に着替えた後に急いで宿を出て、全力疾走でギルドへと向かった。


素材買取の受付へ行くと幸いにも混んでおらず、俺はソートさんの担当する受付へと走った。変装なんてしている時間はない。


「あの、昨日の素材なんですけど...」


「えっと、どちら様ですか?」


仮面と帽子をつけていない俺の顔を見て、彼女は首を傾げる。


「アルトです!少し急いでて、変装をする時間がありませんでした。買取査定の結果をお願いします」


「ええ?ア、アルトさん?いや、確かにその声と体格...... わ、わかりました。ですが、一応冒険者カードの提示をお願いします」


「はい!これで大丈夫ですか?大丈夫だったら確認書をください!さっさと血判を押したいので!」


現在時刻は11:50。あと10分で査定の確認及び、ギルドに預けているお金を下ろさなければならない。一分一秒が惜しい。


「は、はい。確かにアルトさんのようですね。では確認書はこちらになります。下記の内容でよろしければ、血判をお願いします」


「はい!ありがとうございます!」


俺は特に内容を確認せず血判を押す。


「え、内容を確認しなくてよかったんですか?」


「え?ソートさんが査定してくれたんですよね?じゃあ、俺が確認する必要はないでしょう。そんなことより今は時間が惜しいんです」


「......そ、そうですか。あ、ありがとうございます。で、では買取の金額は口座に振り込んでおきますね」


「ありがとうございます!では、失礼します!」


買取金額の確認を終えた俺は、ギルドに預けているお金をおろすため急いで別の場所へ向かおうとする。


「あ、あの、」


口座の窓口へ向かおうとした俺をソートさんが呼び止めた。


「どうかしましたか?ちょっと今、急いでいるので手短にお願いします」


「は、はい。昨日のアルトさんから受け取ったダンジョンの情報は、上層部の方へ報告しました。近く派遣体が出される予定です。貴重な情報ありがとうございました」


そう言って彼女は深くお辞儀をした。

なんだ。そんなことか。


「いえ、昨日も言いましたけど、俺にとって価値がなくなったから伝えただけですよ。気にしないでください」


「いいえ、新しいダンジョンの発見は冒険者の選択肢の拡大に繋がり、更にはアルクターレの発展にも影響するでしょう。本当にありがとうございました。それと———素顔は意外と可愛いんですね♡」


「!?」


「では、アルトさん。この度は素材のご提供ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします」


彼女はそうだけ言うと、礼をして話を締めくくった。彼女の言葉で顔が赤くなっていることを自分で理解した俺は、逃げるようにその場を後にした。




その後、急いでギルドからお金をおろし、俺はカイルさんの店へと向かった。


店へ着いたときの時刻は丁度12:00。なんとか間に合った。

今の俺の顔はきっと赤くなっているが、たくさん走ったからだろう。うん、そうに違いない。


「なんとか間に合った...」


木製の扉を押して店内へ入ると、そこには昨日と同じようにアーネの母親であるカイルさんがいて、さらにその横には、


「お久しぶりですね。アルトさん。」


「ア、アーネ!?、なぜ君がここに...」


どこか怒りのオーラを放ちながらも、その顔には怖いくらいの笑顔を貼り付けたアーネが立っていた。

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