第1章 それぞれの足場固め

第1話 力奪われし冒険者

「ふう、街の非難の嵐は凄まじかったなあ。まあいいや、栄光の道はここから始まるってね。森に道なんてないけど」


 ウィリアムはそう嘆息して原生林ワイトに足を踏み入れる。


――――――


「モンスターの居場所は……あの辺りだな」


 森に入ってしばらく、モンスターに襲いかかっていたウィリアムだが、辺りにいたモンスターはいつの間にかいなくなっていた。

 従ってウィリアムは索敵を行う。目を閉じ、僅かな魔力、モンスターの気配も逃さないように集中する。

 森に入ったのは馬車が入れない近道をし、ついでにモンスター狩りもしようという狙いがある。

 せっかく徒歩での引っ越しなのだ。馬車よりも有意義に旅をするべきである。

 徒歩なのは馬車代を惜しんでのことだ。弱小ギルドながらエースではあったのでそれなりに金も持っているが、出さなくていい金は出さない。

 普段の節約が幸いして引っ越しに持っていく荷物も少ない。

 距離にして三百キロの長旅。徒歩の移動はウィリアムにとって全く問題ではない。


「よし、と。……まあ弱いし、大して良い部分はねえな。核だけ貰って燃やしちゃおう」


 見つけたモンスターに気づかれるよりも前に飛びかかり、手刀で撃破する。これまでとほとんど同じ狩り方、最も自分に合ったやり方だ。

 モンスターは他の生物と異なり、体内に球状の核がある。弱い個体では大して価値はないが一応、とウィリアムは回収しておく。


「他にはどこ……いた。さっきより魔力が多いな。少しは良いものが出るといいな。引っ越し前の景気づけに。まあこんな森だし期待はしてないけど」


 次の獲物を見つけ、再び駆け出す。




「ちっ、全然モンスター出ねえな。ビビってんのか?」


 ウィリアムはモンスターが出ないことに苛立ちを覚える。

 自分の気配がモンスターを寄せ付けないことはわかっているが、ここでは予想以上にモンスターたちがウィリアムの下から離れていた。既に追跡するだけ面倒な距離を取られている。

 元より気配を隠すのは性分に合わないし仕方ないと諦めたところで、近道という最初の目的を忘れ、深くに入ってしまっていたことに気づく。


「もし、旅のお方。私を運んではいただけませんか?」


 戻ろうとしていたときに声をかけられた。

 声の元を見ると、一人の少女が木の下で座っている。非常に整った容姿だ。弱いとはいえモンスターが多い森のど真ん中で動けないこの少女に告げる答えは一つだけ。


「やだ」


「ありがとうございます。それじゃあ背負……今やだって言った?」


「いや、死ねって言った」


「死……? いやいや、言ってないでしょ! こんな美少女が背負ってって言ってるのに何で!?」


「顔なら俺の方が綺麗だ。嫌いな顔だけどな……とそんなことはどうでもいい。お前、メルリーダだろ」


「え? 何でわか……違う! 私は人間。モンスター探知に掛からないための偽装なんてしてない!」


 この少女は人間ではない。メルリーダという、特有の呪いによって生物から生命力を奪って生きるモンスターだ。

 この種族は、森や迷宮などで人間のふりをして助けを求め、油断させてから抵抗する暇もなく呪いを体内に直接撃ち込み、即死させるのが常套手段。

 知能は高く、呪った分だけ強くなるので油断はできない相手だ。この少女は索敵にも引っかからなかった。

 だがどこかこの少女はそんな警戒心を薄れさせるものがある。発言もそうだが、一つ間抜け極まりないところがある。


「服の下、鱗見えてる」


「あ」


 唯一メルリーダが人間の外見と異なるのは、首の下から手首、足首までの体を鱗が覆っている点だ。いくら偽装をしても鱗を見られればわかってしまう。

 この鱗が呪いの本体で、メルリーダはこれを撃ち込み、力を奪うという。


「さて、メルリーダは久しぶりだな。結構お前らはいいものを持っているからな。覚悟しろ」


 低級のメルリーダでも鱗一つで相当な値段がつく。また生命力を奪って自分のものにする性質から、その核はエネルギーに対する柔軟性が高く、様々な機構に応用できる。

 狩り次第、全て冒険者の持ち物になるこの森には弱いモンスターしかいないが、思わぬ大当たりが出た。

 見た目だけは人間に近い存在を殺すことに忌避感がないとは言わないが、そんなモンスターはメルリーダに限ったことではないし、躊躇すれば自分が殺されるのだ。


「……なーんて、見たね? 私の鱗」


「は?」


「私はただのメルリーダにあらず。生まれながらにして高等種レックス・ユニアだから。下等種と違って鱗を見たときからあなたは呪われる」


「メルリーダ・レックス……これは大物だな」


 メルリーダ・レックス。古い資料に言及があり、一度人間の街にも現れたことがあることから確かに存在すると言われているが、詳細は不明なメルリーダの上位種だ。

 そしてメルリーダの中で最も危険だと語られてきた。

 人間の街に現れたときは二日で街を壊滅させ、異変を察知した連邦ギルド協会が派遣した多数の冒険者も全て返り討ちにして行方をくらませた。

 唯一その存在を示したのはたまたま街に設置されていた映像記録の魔道具一つだけ。そこに残っていたのはメルリーダが鱗を飛ばし、刺さった周りの人間が一瞬で骨も残らずに塵になっていく光景だった。

 鱗一つでそれだけの力がある呪いだと恐れられ、ウィリアムもまた、いつかは挑戦して仕留め、名声を上げたいと思っていた。


「でもなんで即死しないんだ? 本当にレックス種か?」


 今のウィリアムは呪いの進行すら感じていない。疑問に思うのは当然だ。


「本当だって! 鱗を見てかかる呪いは弱いし効果出るの遅いんだよ。しくじったときの保険なの!」


「つまり今はしくじってんじゃねーか」


「う、うるさい!」


「……あれ、力が、抜ける?」


 どこか警戒心を緩める相手でも、種族としての呪いは本物だった。

 ようやく呪いの効果が表に出てきて、ウィリアムは崩れる。

 まだ呪いをかけられて間もない今なら反撃はできるのだが、自分の力が奪われたことへの動揺が思いの外激しい。


「あ、あはは、そ、そう、これこそ狙い通り。弱らせて苦しめながら、こ、殺すんだよ。あと三分も経てばあなたは、し、死ぬ」


 しかしこのメルリーダも動揺している。明らかに人を襲うことに慣れていない顔だ。


「ちっ、こっちだって、力奪われていようが使えるもんはあるんだよ!」


「え……痛!?」


 ウィリアムは自他共に認める最強なのだ。相手がこの調子だと、動揺していても対応はできる。氷の魔法を使い、足下から一気に凍らせにかかった。


「ちょっと待った! あなた、このままじゃ死ぬよ?」


 首下と上腕まで凍り付いたところでメルリーダが叫ぶ。


「何?」


「レックス種の鱗を破壊できるのはレックス種以上のメルリーダだけ。あなたには無理。試しにやってみなよ」


 ウィリアムはそう言う彼女の腕の鱗を一つ毟って剣で突き刺したがひびも入らない。魔法をいくつか試したがダメ。

 いくら呪いで弱体化しているとはいえ、今まで遭遇したメルリーダの鱗であれば難なく破壊できる火力だ。この鱗、モンスターの核以上の頑丈さを持っている。


「私たちの呪いの性質くらい、知っているでしょ? 鱗が破壊できなければどうなるかな?」


 メルリーダの厄介な性質は死んでも呪いが持続すること。鱗が生命力を奪い続けるので、たとえ本体を殺しても一度呪われ、発動すればいかに軽くとも鱗を破壊できなければ生命力を奪われ続け、確実に死ぬ運命にある。

 レックス種の鱗がここまで頑丈だとは、とウィリアムは内心で焦る。


「ならとっとと俺の力を返せ。そうしたら見逃してやる」


「死ぬのも返すのも、どっちも嫌」


「ガキかお前!」


 交渉は平行線が続き、時間と共にウィリアムの力が弱まっていく。

 その分だけメルリーダの鱗に力が溜まっていくのだが、凍り付けにされているとそれを取り込むことができないので彼女は弱いままだ。

 限界に思ったウィリアムは、


「……よし、じゃあこうしようぜ。俺はお前の氷を溶かす。お前は俺の呪いを止めて解除する。力は返さなくていい、一、二、三だ」


 こう提案した。


「うん、いいよ。一、二、三!」


「……」


「……」


「てめえ! 嘘つきやがったな!」


「そっちこそ! 提案しといて動かないとかどういうつもり!?」


「はっ、俺の力は俺のもんだ! 誰が譲ってやるもんか」


 ウィリアムは少女を騙そうとしたが、その少女もまた同じ思考のようだ。


「ぐっ、せめて相打ちに……」


 呪いの進行を感じ、ウィリアムは氷を顔まで覆わせようと魔法を進行させた。

 グズグズしている内に力の九割以上を奪われた。

 これ以上呪いが進行すればこのメルリーダを殺すこともできなくなる。どうせ死ぬならメルリーダ・レックスを殺すという実績を立てておこうという冒険者の意地だ。


「ああ、待って待って!」


 だが命の危機を前にして、メルリーダの方が折れた。


「私の鱗、保険として預ける! あなたに鱗の管理権の半分あげるから! そしたらこれ以上呪いは進まない! 契約しよ?」


 ウィリアムに力を返せばいいものを、自らの呪いの要を預けるほど諦められないらしい。

 契約は、人と人が物品の間に直接結ぶことができる書面によらない強制力のある約束だ。モンスターであろうと意思疎通可能な知性体ならば問題ない。


「ほほう、乗った。では氷を部分的に溶かすからそこの鱗を一つもらう」


 同種の物品であれば契約の際に盛り込むことで対象を広げられる。

 まずは己の命が助かる道を選ぶ。そのためならウィリアムはモンスター相手でも契約に躊躇しない。




「ふう、助かったー。」


 無事契約が結ばれてメルリーダは氷から脱した。契約の際にわかったことだが、彼女にはメイ・スウィントンという名前があるという。モンスターなのに名前があることをウィリアムは意外に思ったが、そこはどうでもいいと流した。

 全ての鱗はメイの身体から外れ、纏まって腕輪になり、今はウィリアムの左手首に着いている。


 契約内容は、お互いを害する行為と嘘の禁止(他者への依頼、未必の故意を含み、破れば鱗の管理権を失う)、メイが力を返さない限り全ての鱗はウィリアムに留置され、その管理権は半々とする、等。急ぎなのでだいぶ曖昧な表現になっているのは仕方のないこと。


「それで、落ち着いたところで鱗に収められた力の行方について詰めよう。私、譲らないからね。一時的にあなたに渡るならいいけど、私も使いたいなー」


 現在ウィリアムは力の九割以上をメイの鱗に奪われた。

 管理権が半々なので、契約次第でこの鱗に宿る元自分の力をメイとウィリアム双方に導入することができる。

 力を導入さえできればウィリアムは元通りの力で戦えるため、この話し合いは重要だ。


「どんくらいだ?」


「あなたが一日に一分、私は三時間!」


「は? こっちが五時間でお前なんか三十秒だ!」


 盗っ人猛々しいとはこのことか、そんな短時間が受け入れられるはずもない。


「なんて冗談冗談。私が五分で、あなたが三十分でいいよ」


「どういう風の吹き回しだ? まあいいけど」


「よし! じゃあ早速。力の行使時間に同意し、先に私が力を行使することに同意するか?」


「同……ちょっと待て。お前が先に使うだと? なんでそんなことを決める?」


「……何でだろー」


 ウィリアムはメルリーダからさりげなく提示された契約の一つに疑問を持った。聞けばメイは目をそらしてごまかす。


「おい、言え。ていうかこれ破ったときの罰則規定もしてないよな?」


「……力を一定時間鱗から離して体に留めると、体に定着して鱗に戻れなくなるから、それを利用して力を私のものに」


「このクズ!」


 詳しく聞けば、時間が経つと、自動的に力が宿主の体内に定着してしまい、契約が自動的に不履行になるので、それを狙ったと白状した。

 よくよく考えれば、罰則規定がないことは、この契約自体の有効性をなくしている。

 現時点において、鱗の間で結ばれた契約はあくまで鱗についてのみ。鱗に宿る自分の力については規定していなかった。

 最初の契約の時点で、自分の力は既に鱗の下に収められていた。もはや自分のものではないのだ。

 故にこの力がメイの下に渡ることは、自身に直接害を及ぼすわけでもなければ、嘘も彼女はついていない。こすい詐欺契約でもペナルティは発生しない。


「怪しいと思ったらそういうことか。それで、何分が限界なんだ? それと一度使ったらどれくらい時間を置けばその制限時間はリセットされる? 言わなきゃ契約はできない」


「……制限時間は一人二分三十秒でこれは共有されない。制限時間がリセットされるのは力が鱗に戻ってからきっかり二十四時間経過後。制限時間を残して行使を中断しても、最後の行使から二十四時間経っていないと次は残った制限時間分しか使えないよ」


 しぶしぶといった様子で話し出すメイ。嘘をつくと完全に鱗を失ってしまうのでこれは事実であろう。




「それじゃあ私が力を使うときは言うから、鱗返してね?」


 話し合いの末、お互い二分三十秒ずつ、力を行使することで合意した。一日一回とは規定せず、インターバルが明けたら再度自由なタイミングで使える。

 行使のタイミングが重なった場合の優先権はウィリアムにあり、念のため規定の時間がたったら自動的に力は鱗に戻るように。そして制限時間に達した後のインターバルの間は一切使えないようにされた。

 一方の力の行使を邪魔すれば力の行使権を失うことも罰則として追加した。


 現時点でウィリアムが望むのは完全なる力の奪還、冒険者としての栄光。

 最優先は力の奪還で、それがならないことには栄光の未来はない。 

 しかしメイは決して返そうとはしない。


「死ぬのを待っていると俺が先に死にそうだし……おい、俺に力を返すとしたらどういうときだ?」


「うーん、あなたが死ねば私のものだし返したくないよ。あなたの力、私が出会った中でも飛び抜けて強い力だもん。返すとしたらあなたに返さないと私の命が本当に危ないときとか? あとは……あなたが私を魔王にしてくれたら返してもいい」


「魔王? マジで言ってるの? おとぎ話の存在じゃ……」


 魔王、その存在は伝説とされ、実在は信じられていなかった。物語で圧倒的な魔力で人間と敵対する巨悪として描かれる。

 メイ曰く、メルリーダが他の生命から生命力を奪った末に進化した究極体とのこと。

 メルリーダは力を奪って強くなることを無上の喜びとしている。特に人間の力は彼らと馴染む。だからある程度成長すると人間を襲う。力を奪った先に魔王があるという。


「生命力を奪い続けて強くなり、ユニアが消えた真のレックス、カイザーを経て全てのモンスターの頂点たる魔王になれればもう力を奪う必要はなくなる。私のお母様、魔王カルカリアがそう言ってた」


「お母様ってお前……」


 平然と言い放つがウィリアムは衝撃的な情報が続いて困惑している。

 魔王の実在やレックスよりも強大なメルリーダがいることは確かに驚くべきことだ。

 しかし彼が最も驚愕しているのは、メイがその魔王の娘であること。最強のモンスターからなぜこのようなアホが生まれてしまったのだと。


「あなたの力が手に入れば間違いなく私は魔王の次席であるカイザーまで成長できた。それを超えるだけの貢献を私にしてくれるのなら力、返すよ」


 メルリーダは高い知性を持つため、力をどれだけ奪おうと、その渇きが癒えることがないことを知っており、その終わりを願って皆魔王を目指すらしい。

 メルリーダは生まれてからレッサー、スタンダード、クオリティ、アークの各種を経て成長することは研究で知られている。恐らくレックス種も成長の先にあると推測されていたが、それは正しかった。

 魔王の娘たるメイは、ユニアとはいえ生まれながらにしてレックスの地位にあるのだが、力を求める本能に例外はないようだ。


「私をこの食欲から解放してくれたらあなたの力もいらないし」


「だが魔王になるってことは……」


「私のお母様を殺すことだよ。でもこの同族内の絶対競争こそが魔王として全てのモンスターの頂点に立つために選んだ、メルリーダという種族の定め。お母様も娘の幸せを願って私が魔王になることを望んでいる。もちろん私が軟弱なまま挑めば容赦なく殺されるだろうけど」


「……お前もなかなか大変なんだな」


 ここでウィリアムは


「……いや、何モンスター相手に同情しちゃってんの!? 俺には関係ないことだろうが。いや待て、俺の力を奪っても進化がカイザーだかで止まって、魔王には及ばないってなんかむかつく!」


 と己のつぶやきを内心で罵った。

 明確に誰かより格下と言われるのは癪に障る。


「よっしゃ、倒すぜ、魔王。魔王の強さが俺より下だって証明してやんよ。その上でお前が魔王になれば俺は全てのモンスターより強いって証明になる」


「はあ!? お母様があなたより弱いわけないでしょ! あなたはこれから私の鱗を使ってどんどん力を溜めなくちゃいけないの! 本当は人間が一番成長の餌としては効率がいいんだけど、あなたは嫌だろうからモンスターでいいよ」


 ウィリアムは人間に対しての犯罪はしない。メイもそこは尊重するという、蚊ほどの思いやりを見せた。


「え、でも鱗で力を溜めるっつっても呪いは使えないんだろ?」


「鱗を対象の体に貼り付けて私とあなたで呪えばいい」


 呪いは人間の社会では忌むべき術とされているのでウィリアムは若干の抵抗があったが、力を取り戻すためだと言われれば、元から大して教えを守っていない性格もあってあっさり呪いを使うことを決めた。




「あれ……? もしかしてお前と一緒に行動しなきゃいけないのか? マジでやめてくれ」


 力の返還条件に関する契約を結んだ後になって、全ての元凶と行動を共にしなければならないことにウィリアムは気がついた。


「はあ!? こんな美人についてきてもらえるんだから光栄に思え! 女の子に向かってその態度、モテないよ?」


「大きなお世話だっつの! 第一お前はモンスターであって人間じゃない。そもそも綺麗な顔は鏡で見慣れているんだよ!」


「すごいナルシストだね。まあ確かに綺麗な顔だけど。安心する顔だね」


「だから俺はこの顔が嫌いだっての。お前の顔も正直嫌いだ」


「んん?」


 メイはウィリアムの言っていることが理解できない様子だ。種族として人間を誘惑するメルリーダにとって容姿は重要であろうから無理もない。

 一応嫌いな理由はあるのだが、それは口にしない。ウィリアムはそれを蓋で塞ぎ、鍵をかけている。誰であろうと、話すことはない。


「それと私、呪い以外戦う力ないからちゃんと守ってね?」


「は? ふざんけんな! 俺だってお前のせいで相当弱体化してんだよコラ! 何でお前のために……」


 ウィリアムは、今の実力が客観的に見て駆け出しの冒険者にすら劣ると考えている。この状態で誰かを、それも元凶を守るなどどうしてできようか。


「私が襲われてもあなたが助けなければ未必の故意になるよ」


「いや、べつに俺が悪意を持って見捨てるわけじゃないし拡大解釈だろ」


「ノー、私の死を認容していると見なすのでちゃんと助けなきゃダメ」


「……ああ、突如隕石が落ちてきてこいつの頭に当たんねーかな」


「まあそういうことで一緒に行動はするけどよろしくお願いしない。私としてもあなたが死んでくれた方が魔王への道は近いと思うからさ。とっとと死んでね?」


「はっ、こっちだってお前がさっさと死ねば魔王を倒すなんて面倒なことしないで済むんだからな!」


 ウィリアムは共闘するという約束はしたが、やはりこの少女に死んで欲しいと願わずにはいられない。

 一方が死ねばもう一方は力を完全に手に入れられる。しかしお互い、相手を害せば契約により腕輪と力の一切の支配権は永久に離れてしまうので妙な真似はできない。

 できるだけメイが早く死ぬように祈り、怨念を送り続けるウィリアム。

 栄光への道が突如閉ざされ、憎むべき仇と行動を共にさせられることはなかなか切り替えられることではない。


 ウィリアムはこの一件でメイの鱗の留置権、そして管理権の半分を得た一方、天性の力の九割以上を失った。

 またメイは、ウィリアムから奪った力を一時的に使う権利を得た一方、管理権の半分を残して鱗の支配権を失い、呪いが単独では行使不能になった。

 つまり二人とも大幅に弱体化した痛み分けである。メイが力を返せばいい話なのだが、どうしても譲りたくないようだ。

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