【1000字小説】タクシードライバーとマレフィセント

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【1000字小説】タクシードライバーとマレフィセント

 バレエ『眠れる森の美女』で、オーロラ姫は永い眠りにつく、という魔女・マレフィセントの呪いにかかってしまった。

 一つ言えるのは、眠る呪いなんかよりも、眠れない呪いの方が余程辛いということだ。


 この日の夜明けも俺は一人、仕事で運転しているタクシーを降りて、不眠症で苦しむ体に鞭打ってドライバーとしての労働から帰宅した。


 信じられない話だが、一か月前、魔女―――マレフィセントが、俺の自宅に来た。

 お姫様の暮らすお城とは似ても似つかない、都内のアパートの汚い部屋で一人暮らしの俺の元に、あのマレフィセントが来たのだ。

 どういう人間関係が発端となったのかは知らないが、二十七年前の俺の生まれた日、両親の元にマレフィセントが来てこう言ったらしい。


「二十七歳の誕生日の日没までに、お前の息子を呪いにかけてやろう」


 そして、二十七年後。

 (糸車ではなく)画鋲で指を刺した俺のところにマレフィセントが襲来し、呪いが降りかかったというわけだ。

 

 以来、累計で七二〇時間。

 俺の脳は、一度も睡眠をとることなく活動している。

 仕事中にウトウトすることがないので、ある意味では夜勤がつきもののタクシードライバーとしては助かっている。

 むしろきついのは家にいるときだ。

 大抵仕事で疲れ切った状態で帰宅するので、テレビで見る番組もなく、ネットの海でやることもなく、趣味に走る気力もない。

 なのに寝られない。

 ただベッドに横になって、天井を見上げるだけの時間が七、八時間続く。

 仕事へ行っては横になって天井を見上げ、仕事へ行っては横になって天井を見上げる。

 こんな日々が、もう三十日ほど続いている。


「……疲れた」


 確かオーロラ姫は、フィリップ王子のキスで目覚めるんだったな。

 それならば俺も、キスまでイケるような彼女を作ることで、前のようにしっかり睡眠をとれる生活に戻れるかもしれない。


 そう思ってスマホでマッチングアプリで気の合いそうな女性を探そうと思い、スマホに手を取った。

「……」

 スマホが電池切れだった。充電しないといけない。


「……疲れた」

 眠れなくても疲労はある。今の俺には、充電をする気力すらなかった。

 思い人のキスで解放されようにも、これでは彼女すら作れない。


 くそ……マレフィセントめ。



 一か月後。

 魔女に恨みを募らせた俺は、様子を見に再び俺の元に来た魔女を、無理やり自分の女にすることにして、呪いを打ち消すことになる。

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【1000字小説】タクシードライバーとマレフィセント 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

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