第38話 遺体安置所
「あの、彼は?」
病室に戻ると彼の遺体が消えていた。
「は?」
ベッドの後片付けをしていた准看護師の女性が私を見る。
「彼の遺体はどこに・・」
「ああ、遺体安置所に移しましたよ」
「・・・」
受付の看護師に訊いて辿り着いた遺体安置所は、遺体安置所というにはあまりに粗末な作りのプレハブ小屋だった。
彼の遺体は病院の裏手にある、その粗末なプレハブ小屋の中に捨て置かれるようにして置かれていた。
ぞんざいに、粗末に扱われた命に私はショックで、寒風吹きすさぶその入り口で立ち尽くしていた。
「・・・」
でも、ここでも何もできない自分がいた。私には、社会的になんの力もなく、何もできなかった。
葬儀すらもできず、すぐに火葬場でお骨にしてもらって、とりあえず彼のアパートで、私一人彼の遺灰にお線香をあげた。
お線香のゆらゆらと揺れる細い煙を見つめ、たった一人、彼のアパートの部屋に座っていると、なんとなくもの悲しく、彼が死んだことを実感した。そこには彼のいない彼の部屋だけがあった。
「寂しいね。自分よりも若い子が亡くなるのは本当に寂しいよ」
彼のアパートの一階に住むおばあさんの部屋に彼が死んだことを報告に行くと、おばあさんは本当に悲しそうに言った。
「いい子だったのにね」
「はい」
本当にそうだった。いい人だった。とてもいい人だった。
「・・・」
その帰り、アパート裏の以前ネコの遺骸を埋めた場所に行く。そして、二人で作ったその簡素なお墓の前に立ち、その小石の積み上がった場所を見つめる。
「・・・」
私は正しかったのだろうか。結局、私は何もできなかった――。
「殺してくれないか・・」
そう言った、あの時の彼の姿が浮かぶ。
「・・・」
私は正しかったのだろうか・・。私は何もできなかった。苦しむ彼に何もしてやれなかった。その慙愧にも似た思いだけが、答えのない煩悶として、グルグルと私の頭の中を回っていた。
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